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7 突然の来訪




 季節の変わり目が過ぎ、この国に暖かい季節がやって来た。


 相変わらず裾の長い私の衣装も軽い素材の物に変わり、暑くないようシャロンが調整してくれる。

 変わったことと言えば以前より少しだけエドウィンとの会話が増えたことだろうか。挨拶を交わせばニ、三言短い会話をするようになってきた。

 まだ自然な会話ではないが、徐々に接していけたら良いと思う。夫婦の時間はこの先長いから。


 屋敷の人間の私に対する不自然な扱いについて、特に騎士たちの私への態度については──


「フェラー卿!」

「お、奥様ー⋯⋯」

「こんにちは」


 シャロンに連れ出してもらった私はシリルを見つけて手を振る。シリルは挙動不審に辺りを見回して何かを確認すると、申し訳なさそうに苦笑いを浮かべた。


「これからお仕事かしら」

「あ、はい。申し訳ありませんが少し急いでいて、失礼します」

「⋯⋯ええ。お疲れ様」


 一礼すると速足で去っていく。



「避けられているみたい⋯⋯」

 私が眉を下げて手を頬に当てると、シャロンがシリルの去っていった方向を睨んだ。


「本当に失礼ですね。でも、アイリス様、気にされないでください。フェラー卿なんて少し経てば『奥様ー、探したんですよー』なんてけろっと姿を現すようになりますよ」

「そうかしら」


 あまり嬉しくなさそうに言うシャロンは、まだシリルのことが嫌いなようだ。それでも私を元気付けようと軽い調子で真似をする様子に、思わずくすりと笑いが零れる。


 シリルに聞きたいのに、避けられているようで私はまともに会話をすることができなかった。

 シャロンに聞くという手もあるけれど、彼女は私にこの事について触れてほしくない様子だった。ただでさえ私の世話で疲れているだろう彼女に無理やり聞き出すことはしたくない。


 心の底に燻る疑問は見ぬふりをして庭園と図書室、そして私室を往復する毎日を送っていた。



「え⋯⋯王子殿下がいらっしゃるのですか?」


 エドウィンが部屋を尋ねてきて何事だろうと思ったら、開口一番私を驚かせた。


「ええと、いついらっしゃるの? 何の用かしら」


 私の単純な疑問にエドウィンの眉間に皺が寄った。答えはあからさまに不機嫌な声色だ。


「時間は今夜。北西のオルブライト領に行く途中にこの屋敷で休むと言われている」

「今夜⋯⋯!? いくらなんでも早すぎでは」


 王族を迎えるとなれば様々な準備が必要となる。通常であれば一週間は前に伝えるのが礼儀だ。

 どうしようと視線をさ迷わせる私に対してエドウィンは落ち着いているように見える。ちらりと視線を上げて様子を窺うと、いつもは大人しく下ろされている手が不機嫌を表す様に、こつこつと組んだ二の腕を叩いていた。


「夜は晩餐会とする。迎えに来るから準備しておいてくれ」

「あ、はい⋯⋯」


 慌てて頷いたが途端に心配になった。彼とは前より言葉を交わすようになったとはいえ、付き添い(エスコート)されるどころか一緒に食事を取ったこともない。


「⋯⋯大丈夫かしら」


 不安しかない。エドウィンと入れ替わるように勢いよく扉が開いてシャロンが飛び込んできた。


「アイリス様!!」

「シャロン、走ると危ないわよ」

「お気遣いありがとうございます。でも今はアイリス様の方が優先です! 晩餐会までもう少しの時間しかありませんから急ぎませんと」


 言われて時計を見ると、時間はお昼を過ぎた頃。

 まだ何時間もある。シャロンの真剣な表情を見て、私はそんな言葉をかけるのをやめた。


「分かったわ。お願いね」

「はい。お任せください」


 急いで衣装を探しに行くシャロンの後ろ姿を他人事のように見つめた。

 皇太子に会うための最低限の服は必要だが、それ以上に着飾る意味はあるのだろうか。誰も私を見てはいないだろう。

 それにこの足のことは何と言うのだろう。妻がこんな身体になったのだと、いずれは露呈するだろうが、なるべくなら隠しておきたい筈だ。


「アイリス様、クリーム色の地のものと、深い青のものと、夕日色のものと、薄桃色のものとどれになさいますか?」


 選択肢が多い。


「随分多いのね」

「他にもありますよ? 今お伝えしたのは私が選ばさせていただきましたがその他十着程あります」

「ええ? 正式なドレス、よね。こんなに誰が⋯⋯」


 まさか記憶の無い間の私は随分な浪費家だったのだろうか。想像して顔をしかめる。


「旦那様です。少しずつ買い足されたようですね」

「⋯⋯⋯⋯」


 本当に、彼が私のことをどう思っているのか分からない。


 ドレスは与えるから余分なことはするな、という警告だろうか。お飾りの妻としての役目を果たせ、と。


「もしかしてあの人には外に想いを寄せる方がいらっしゃるのかしら⋯⋯?」

「⋯⋯そんな話は聞いたことがありません。どこからその考えに至ったのですか?」


 シャロンに不思議そうな顔をされて私は言葉を濁して、話を変えようと適当な言葉を選んだ。


「⋯⋯ええと、ドレスはクリーム色のものにしようかしら。装具もあまり派手でなくて良いわ」


 幸いなことにシャロンからそれ以上追及されることはなかった。


「む、目一杯飾って差し上げたいですが、そう仰るならアイリス様自信の魅力で勝負しましょう」

「誰と勝負するのよ⋯⋯初めての社交界(デビュタント)でもないのに」


 張り切るシャロンに私は苦笑いだ。


「アイリス様は勿論そのままでも美しいですがドレスを纏えば誰もが息を飲むほど美しいということを屋敷の人に知ってもらいたいんです」

「言い過ぎだわ」


 そんな会話をしている間にもシャロンはくるくるとよく動き、身支度の準備を進めていった。


「さあ、アイリス様。先に湯浴みをしましょうか」


 石鹸とタオルを手に微笑む彼女に、私はついに白旗を上げた。



 鏡の前には絵本に出てくる妖精のような女がいた。自分で自分のことをそんな風に言うのもおかしいが、今の私の姿を形容するならそんな言葉だろう。シャロンの腕前に私は感嘆の声を漏らした。まるで別人を見ているようだ。


「ありがとう。足が不自由だから着せにくくさせちゃったわね」

「とんでもないです。こうやって飾らせていただくのが私の夢でしたから。⋯⋯花嫁衣装を見ているようです」


 最後に付け加えられた言葉に微かに頭が痛んだ気がしたけれど、頭を振って払った。

 裾の長いレースの生地は確かに色が純白だったら花嫁衣装に近いかもしれない。姉の結婚式を想像すると鏡の私の姿に重なった。ヴェールまで着けたら完璧だっただろう。


 コン、コン、とノックの音が聞こえた。


「⋯⋯きっとお迎えですね」


 シャロンが着くよりも早く、扉は外側から開かれた。


「支度は済んでいるか?」

「はい」


 シャロンに連れられて近づいてきたエドウィンは、鏡の前に座る私を見て動きを止めた。

 グレーの瞳が落ちそうな程、目を見張っているのは珍しい。無言で立ち尽くすエドウィンに、私は曖昧な笑みと首を傾げることで思考を戻すよう促した。


「⋯⋯ドレスを変えろと言いたいぐらいだが、時間が無いな」


 無表情で呟いた声は私の耳にもしっかり届いた。

 シャロンが一生懸命用意してくれて私も気に入っていたが彼の気には召さなかったらしい。彼が用意したドレスで、着せ方も問題ないとなると、気に入らないのは私だろうか。

 期待をしていた訳じゃないと、言い訳しつつ、その実心の底では小さな期待があった。冷たい物言いに、顔は自然と俯いてしまう。


 呆然とするシャロンの横を通り、エドウィンが私のすぐ側まで来た。


「行くぞ。⋯⋯少しだけ我慢していろ」


 彼の身体が近づいてきて私の身体を軽々と抱えた。彼に抱えられるのは二度目だ。

 車輪付きの椅子で移動する、と声に出す前に私を抱えたエドウィンはもう部屋を出ていた。

 以前とは違って長い距離を歩くと、頭の中が落ち着いてきたのかぴたりと密着している彼の身体を意識してしまう。

 騎士らしい鍛えた腕と胸。人一人抱えているのに涼しい顔で歩いている。


 私ったら何を考えているの。


 急に男性らしさを意識してしまい顔に火が点るのを感じる。恥ずかしさから身を身動(みじろ)ぎすると、エドウィンはそれを咎めるようにさらに私を抱き寄せた。




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