6 黄金色の月
月が高く登り、静寂に包まれた夜。
エドウィンは物音を立てないように私室から続く扉を開けた。慣れたもので暗闇の中でも自然と通る道は覚えている。
アイリスの記憶が失くなるずっと前からの習慣だが、エドウィン自身以外にこの行動を知る者はいない。
ベッドの側まで歩みより、エドウィンはアイリスの穏やかな寝顔を盗み見た。
月明かりに照らされた栗色の長い髪が白いシーツに広がっている。
「⋯⋯」
エドウィンの手が髪を掬い、そのまま上へ伸びていく。
「⋯⋯本当に、似ているな」
今閉じられているアイリスの瞳は金色。オーウェン伯爵家の血を濃く受け継いだらしいアイリスの容姿は彼女の父親によく似ていた。唯一、髪の色だけが母親の色だ。
アイリスの金色の瞳を見るたび、父親似の整った容姿を見るたび、黒い感情が胸の中に渦巻く。
──憎いとずっと自分に言い聞かせるしかなかった。いつか必ず復讐してやるとエドウィンは母に誓ったのだ。
手が細い首に触れる。少し力をかければ簡単に殺せるだろう。
「ん⋯⋯」
「──!」
寝息が聞こえてさっと手を離す。
殺せる訳がない。
憎いと思い続けていなければ、自分の意義を失ってしまうような気がしているだけだ。
アイリスがどんなに優しくて、清らかで怖がりなのかを知っている。溢れる恋情に復讐の決意など流されてしまいそうで冷たい態度をとっているだけだった。
「あ、れ⋯⋯エドウィン、様⋯⋯?」
エドウィンははっとしてアイリスを見たが、彼女の微睡むような表情から、まだ夢現にいるのだと安心する。
アイリスがエドウィンを名前で呼ぶことなど、以前も今も無いのだから。
「⋯⋯」
「ふふ」
無言で見つめるエドウィンにアイリスは見たこともない幸せそうな顔で微笑んだ。
目元がゆるりと緩められ、薄桃色の唇が弧を描く。
「っ」
心臓を素手で捕まれたような心地になり、息を呑む。エドウィンがもう一度アイリスの顔を盗み見ると、もう小さく寝息を立てていた。
エドウィンはそっとその場を離れる。
熱くなった頬を冷ますために早く夜風に当たりたかった。




