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2 曇天の心




 広い屋敷の一室で当主である男は書類と向き合っていた。

 いつもなら素早くペンを走らせる手は、緩慢な動作で焦げ茶色(ダークブラウン)の髪を掻き上げた。口からは何度目か分からないため息が零れる。


「エドウィン様ー、ため息吐かないでくださーい」


 かけられた言葉にエドウィンは声の主を睨み付けた。


「わぁ恐い。苛立っているからってこっちに当たらないでくださいよ」


 飄々と嘯く男はウォーズリー伯爵家の騎士で、エドウィンの幼馴染みと言っても良い。剣の腕を切磋琢磨し、時には酒を交わすこともある仲だ。気兼ねしない関係が楽だが、その飾らない言葉はエドウィンの苛立ちをさらに増した。



 ──アイリスが目覚めて三日。記憶が抜け、歩けなくなった彼女は、実家のオーウェン伯爵家から連れ添った侍女と共に自室で過ごしている。

 アイリスの足の模様は、傷が次第に薄くなるように今では赤茶色になっていた。


「⋯⋯まだ報告は来ないのか?」

「それを聞かれるのはもう五回目ですけど。早くても今日って話でしたから、時間がかかってもおかしくありませんよ」


 アイリスの足に傷がついているとシャロンから聞くと、エドウィンはすぐに東の森に騎士を向かわせた。


『東の森には魔女が住んでいる。魔法をかけられた人間は身体に蔦の模様が表れるのだ』


 他人の噂など信じていなかったが、彼女の足を見たらその噂しか思い当たらなかった。


「通信魔法でも送って、急ぐように伝えろ」

「すでに全力でこっちに向かってると思いますが⋯⋯」


 呆れた目を向ける騎士に、エドウィンは魔法の核となる宝石を放って寄越す。


「⋯⋯分かりましたよ。城の魔法士に渡して来ます」


 鈍く光る宝石を手に、騎士は頭をがしがしと掻きながら部屋から出ていった。




 一人になった部屋の中でエドウィンは目を覆うと唇を噛んだ。気づくと視線が向いているのは、アイリスのいる部屋の方向だ。


 記憶の無い彼女も以前と同じ彼女だった。

 部屋の窓から階下の庭を見つめて、侍女の他愛もない話に笑顔を溢す。誰に対しても礼を言う姿だって何一つ変わっていなかった。

 しかし、以前の彼女の笑顔を思い浮かべようとすると、随分前のことのように思える。彼女の金色の瞳と目が合ったのも──。


 エドウィンはぼんやりと宙を見つめながら記憶を思い起こそうとする。

 そうして笑顔よりも先に、目覚めた彼女の戸惑った顔が浮かんで、掻き消すのだ。


 ここ数日はその繰り返しだった。



「⋯⋯アイリス」


 口に出した響きは重い。

 憎しみと恋情、捌け口の見つからない思いは身体をゆっくり壊していくようだ。



 魔法の鳥が東に飛び立った。

 空は曇天。

 エドウィンの心を表すように、今にも雨が降りそうな暗い空だった。




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