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19 思いを交わす




 エドウィンが帰ってきた翌日の午後。


 私は庭園に用意した椅子に座っていた。

 体調が悪いと言い出した私を、部屋に閉じ籠っているからではないかと考えたシャロンが連れ出したのだ。

 眩しい日差しが注ぐ昼だが木陰の中なら心地よい。

 ぼんやりと景色を見ながら膝の上の本を撫でていた。


 ──遠くから、私を呼ぶ声が聞こえる。


「アイリス⋯⋯アイリス!」

「え⋯⋯?」


 声の方へ振り向く前に、私は後ろから抱き締められていた。


 全力疾走してきたのだろうか。エドウィンのこんな姿は初めて見る。

 離さないと言葉に出す代わりのようにぎゅうと手を回されて、触れられた肌の熱さに驚いた。


「アイリス」

「は、はい」

「アイリス」

「⋯⋯どうされたの?」


 そっと離れたエドウィンの顔は今にも泣き出しそうに歪んでいた。


「⋯⋯⋯⋯聞いて欲しいんだ」


 目の前で幼子が震えているようで、思わず私は彼の手を握っていた。

 エドウィンが手を力強く握り返してくる。


「⋯⋯俺は、君の父親を深く恨んでいた。俺の父は君の父に殺され、母はその事で心を壊した。母は死ぬ間際まで君の父親を憎んでいたし、俺に仇を取るよう何度も願って逝った。君の父も、君のことも両親の仇だと思っていたんだ」


 始まった言葉に私は心臓を糸で縛り付けられているようだった。ぐっと唇を噛んで耐える。


「⋯⋯当然です」

「いや、違ったんだ。俺の父は君の父親と、小さな子供を守って死んだ。⋯⋯その事を知ったのは先日の任務で俺と、君の父を知る人に会ったからだ。冷静に考えれば分かることだった。俺の憧れたオーウェン伯爵は自分の私欲の為に動く人じゃない」


 何か理由があったのかもしれないと考えたことが無いわけではない。


「でも! でも、ウォーズリー伯爵を殺したのかって私の問いは否定しなかったわ⋯⋯!」

「目の前で死んだ俺の父親を自分の責任だと考えているんだろう」

「本当に⋯⋯?」

「ああ」


 四年、四年だ。ずっと心に巣食っていた父への怒り、失望、ウォーズリー伯爵家への罪悪感がどろりと溶けていった。

 力が抜けた指先を、エドウィンがぐっと引き寄せる。


「仮に父親が罪人だったとしても君は君だ。名ばかりの結婚をして、君の様子を見て、優しい人だとすぐに分かった。俺はすぐに君に惹かれていったんだ。⋯⋯君の父親への憎しみと君への想いの狭間でどうしようもなくなって、ずっと冷たい態度をとっていた。謝っても到底許されることでは無いと思うが、今、心から詫びる」


 すまなかった、と。エドウィンが頭を深く下げた。

 地に膝をついて身を低くする。私の手と繋がれたままの彼の手は細かく震えていた。

 私は気付けば涙を流していた。恋心を忘れようと決意して以来初めての涙だ。

 頬に伝った雫がぽた、ぽたと間隔を刻んで開いた本へと落ちていく。

 しばらく時間が立ってもエドウィンは跪いたままだった。

 私は口を開けて、閉じて、繰り返してようやく声を出す。


「顔を上げて」


 私の声も涙に濡れていた。

 ゆっくりと頭を上げたエドウィンは泣いている私を見てひどく驚いたようだった。おろおろと視線を彷徨わせている。その様子が可愛らしくて私はくすりと笑ってしまった。


「私⋯⋯何て言ったらいいか分からないわ」


 エドウィンの灰色の瞳が真っ直ぐ私を見つめる。


 それから長い間、私の言葉を待っていた。


「⋯⋯ずっと罪人の娘だと思っていたの。貴方が私を隙がないくらい嫌っていたら、こんな感情は持たなかったでしょうね。だけど、貴方が中途半端に優しくするから貴方に恋をしてしまったの」


 瞬きをすると瞳の中の雫が落ちた。


「ねえ、私⋯⋯まだ貴方のことが好きみたい」


 エドウィンはぐっと唇を引き結んで、私を抱き締めた。彼の腕の中で私は目を閉じる。


「こんなどうしようも無い奴を許すと言うのか」

「私だって思い違いをしていたわ。お父様に失望して、貴方とのことも諦めてた。屋敷での最低限の生活は貴方と、シャロンが守ってくれた」

「⋯⋯本当にすまなかった。アイリス、君の足も⋯⋯魔女にも元に戻せないそうだ」

「あ⋯⋯」


 動かない足に視線をやる。

 思い出した今ならはっきりと分かる。これは私の願いの対価だ。治ることが無いの覚悟している。

 それでも彼が罪悪感を感じるのなら。


「⋯⋯貴方が運んでくれればいいわ、ね?」


 至近距離で見つめればエドウィンは顔を赤くして微笑んだ。


「ああ、勿論だ」






 彼の腕に抱かれて思う。

 一際耳に残っている魔女の言葉だ。


 ──貴方は必ず後悔する。


「私たち、もっと早く言葉を交わしていたら良かったかしら」


 そうしたら、互いのすれ違いと奥にある想いに気付けただろうか。


「後悔をしていない訳じゃないわ。けど⋯⋯」



 今、二人が一緒にいて、笑っている。

 私にはそれで十分な気がした。







閲覧ありがとうございます


ブクマ、いいね、評価、誤字報告等本当にありがとうございます!

このお話も本編残り一話となりました

よろしくお願いします

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