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18 魔女の答え




 足元が見えない程の霧。

 方角までも分からなくなりそうな道を剣に手を掛けた男二人が進んでいた。


「やっぱり引き返しましょうよ。魔女と対決するなら何が起こるか分かりません。人を呼んだ方が良いんじゃないですか? 俺、すごい怖いんですけど」

「なら、シリル。お前だけが引き返せ。大体対決するんじゃない。魔法を解いてもらえるよう頼むんだ」

「断られたらどうするんですか」

「⋯⋯吐かせるしか無いな」


 やっぱり戦うんじゃないですか、と。シリルは言いたい気持ちを飲み込んだ。

 目に見えて焦りを浮かべるエドウィンが一人で屋敷を出発しようとしていたところを、シリルが見つけ、急いで追いかけた結果、二人で東の森に踏みいることになった。


 しかし、霧の所為で自分達がどこにいるのかも分からない状況だ。

 エドウィンが周囲を一瞥して眉をしかめた。


「⋯⋯どうやら歓迎されていないらしい」


 持ってきた魔法石がちかちかと光っている。

 纏わり付くような濃い霧は魔法によって作られた物のようだ。


「どうします?」

「どうもしない」


 歩きだしたエドウィンにシリルが顔をひきつらせる。そうやってもう数時間歩き続けていた。


 歩いて、歩いて。

 エドウィンの頭の中にはアイリスのことしか無かった。足の疲れなど全く感じていなかったのだ。




 一方向に歩いているのであれば、とうに森を抜けて国境を越えたであろう頃。


「⋯⋯しつこいわね。それだけ思いが強いということかしら」


 突然視界が晴れて、それが目の前に現れた。


 澄んだ声と共にそれの赤い目が細められた。不機嫌さを隠さない女は簡素なフード付きのコートに身を包んでいながらも人ならざる美しさを持っていた。


「⋯⋯東の森の魔女、だな」

「はぁ、そんなにその名が広まっているの? この国の王子と関わったからかしら」


 そろそろこの国も出た方が良いわね、と。独り言を呟いてから、女がエドウィンに向き直った。


「で、貴方たちはなんなの?」

「俺の妻にかけた魔法を解いてもらう為に来た」

「妻?」


 女は怪訝そうな表情をして、ふわりと宙へ浮き上がった。

 エドウィンの目の前まで来てじっと瞳を見つめる。エドウィンの瞳に何を見たのか、しばらくして、ああ、と声を出した。


「金色の瞳の女ね。記憶には新しい方だわ」


 それだけ言うと、エドウィンに、シリルに視線を移して深いため息を吐いた。


「魔法を解くって貴方が言っているのは、動かない足のことでしょう? あれはもう永遠に戻らないわ」

「俺の何をくれてやっても良い!」

「エドウィン様!?」


 響きの違った二人の叫びだ。

 女は宙に浮いたまま少しだけ距離をとって次の言葉を吐いた。


「⋯⋯人間って本当に──。何でこんなことになるのかしら」


 エドウィンが銀の睫毛に縁取られた赤い瞳を覗き込むと、冷たい輝きの中に少しの憐れみが混ざっている気がした。


「彼女の足は願いの対価。彼女自身が選んだのよ」

「は? 魔女は人を誘い出して、気まぐれに魔法をかける存在だろう?」

「⋯⋯人の中でどんな噂になっているか知らないけれど、私は人間が覚悟を持って望んだ願いを叶えてやっているだけ。対価と引き換えにね」


 エドウィンは言葉を返せない。その様子を見て女は苛立ったように口を開いた。


「彼女の願いを知りたい? 夫の、貴方の両親を生き返らせて欲しいそうよ。だけど、私にだってそんなことできない。断ったらせめて、記憶を消して欲しいと懇願してきた」


 ──父と、母を生き返らせて欲しいと魔女に頼んだ? 

 誰が。彼女が。

 彼女の存在を無いもののように接していたのに、彼女は俺の為にそんな願いをしたのか。


 エドウィンは魔女の言葉を懸命に咀嚼する。



「なんで⋯⋯」


 発したのは普段からは考えられない頼りない声だ。


「⋯⋯貴方のことを好いているからよ。本当に、なぜこんな男が良いのか分からないけど。──貴方の憎しみの感情を取り除きたい。それが無理なら自分の恋情など苦しいだけ。恋心と共に記憶も消して欲しい。⋯⋯利己的な願いだけれど本心だったでしょう」


 エドウィンは聞こえた言葉を信じることができなかった。

 だが、女の言葉は淡々と、身体の中まで入り込んでくる。


 アイリスが自分を好いていたらしいことにじわりと心臓が温かくなる感覚と、同時に苦しんできた彼女を思って泣きたいような気分に晒された。


「⋯⋯⋯⋯とにかく! 仮に私を殺したとしても彼女の足は戻らないし、私に元に戻すことはできないわ。そういう魔法なの」


 女が背を向ける。


「魔女よ、教えていただき感謝します」


 エドウィンは後ろ姿に声をかけると。霧の晴れた森の中を屋敷に戻るために駆け出した。

 ──一刻も早く、思いを伝えるべきだと思った。




────



 森の最深部。

 誰にも知られていない場所で、魔女と呼ばれた女は木に背中を預けて座り込んだ。


「⋯⋯だから魔女じゃ無いって」


 銀髪を手で梳いてみる。珍しい銀の髪と赤い瞳、強大な魔法の力のせいで、追われる人生を送ってきた。

 全く人に関わらなければ目立つことも無いが、切実な思いを持った人間の願いを、魔力回路──そこに含まれた魔力を対価に叶え続けている。


「人間は弱くて愚かな生き物だけど⋯⋯目が離せないのは何故かしら」


 疑問を声に出して、首を振った。

 長年考えても答えが出ない問いだ。考えるのをやめた女はぱちんと指を鳴らす。


 一瞬にして姿を消した女はもう、この国には戻らなかった。




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