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17 すれ違い




 ──騒々しい音がする。


 私は下ろしていた瞼をゆっくりと開いた。膝には開いたままの本がある。ただ何となく開いただけだ。内容の一つも思い出せなかった。


 今日も図書室で借りてきた本を部屋に持って帰って、天気が良いからとシャロンに窓際に座らせてもらった。

 本を読んでいる振りをすれば、シャロンは私の邪魔にならないようにと部屋から出ていってくれる。

 私は一人になりたくて、意味もなく本を開くのだ。


 廊下から足音が近づいてきて、勢いのまま開けられるかと思ったら、扉の前で音が止まった。



 躊躇いがちに扉が開かれる。


「⋯⋯アイリス」


 記憶を無くして初めての朝とは似ているようで違う。

 囁いた男の方に私が顔を向けると、エドウィンが微かに息を飲んだ。


「お帰りなさい。旦那様」


 口許を微笑ませれば、彼は反対に泣きそうな顔をする。

 おかしい。

 彼はこんなにも感情豊かな人だっただろうか。


「⋯⋯記憶が戻ったと聞いた」

「ええ。迷惑をかけて申し訳ありませんでした。もう、全て思い出せるわ」


 エドウィンが口を開いて、閉じる。

 言葉を躊躇っているようだ。


「⋯⋯君に、話したいことがあるんだ」


 耳に入った瞬間、嫌だ、と感じた。

 聞きたくない。

 彼への想いを押し殺して、何も感じずに過ごしていたいのに。

 これ以上、何を言われるというの。



「⋯⋯嫌」


 私はエドウィンの顔を見ることができなかった。


「⋯⋯少し頭痛がするの。今は休ませてもらえないかしら」


 苦し紛れのような嘘。

 けれどエドウィンは顔色を変えて、私に休むように伝えてきた。罪悪感でちり、と心が痛んだ気がしたけれど、構っていられない。


 部屋を出ていったエドウィンの後ろ姿を見て、ほっと息を吐いた。




 帰ってきたエドウィンの顔色はあまり良くないように見えた。無事で帰ってきたことは喜ばしいが、体調を崩しているのかもしれない。

 食事や睡眠はとっていただろうか。怪我は無かっただろうか──。


「私、駄目みたいね」


 押し殺したと思った想いはエドウィンに会って呆気なく浮かんできた。

 彼の前で取り繕っているだけ。


 本を胸に抱いて身体を丸める。


 話したいこととは何だろうか。

 歩けない、仇の娘など、とうとう屋敷に置いておけなくなったか。

 私の頭の中には悪い想像しか思い浮かばない。

 体調が悪いと言った私に対して、追い詰める言葉は言えないのだろう。


 やっぱり優しい人だ。



 頭痛がすることを、エドウィンがシャロンに伝えたらしい。心配そうなシャロンが駆け付けて、休む準備を整えてくれた。私はそれに甘えて、ベッドに横になる。


 頭痛はしないが、身体が重い。

 ゆっくりと水の中に沈んでいくようだった。




────



 夜の執務室に魔法士が飛び込んできた。


 ──魔女の手がかりが見つかった、と。

 エドウィンはそれを聞いてペンを放り外套を羽織った。


「旦那様!?」


 驚く侍従を無視して、剣を手に取り部屋を後にする。


 そのまま屋敷を出発しようとしたエドウィンは廊下に出て、足を止めた。

 うつむき悩んだのは数秒も無い時間だっただろう。

 すぐさま玄関とは反対に足を向けた。



 微かな音がして、アイリスの私室への続き扉が開かれた。

 エドウィンは暗い部屋の中をアイリスの元まで躊躇い無く進む。

 部屋の主の感情を映しているかのように、萎えて下を向いた花が花瓶に生けてあった。

 目を閉じたアイリスはエドウィンの方を向いていない。


 エドウィンは背を向けたアイリスへ語りかけた。

 その声は無様にも震えている。


「アイリス」


 エドウィンが一度深い息を吐く。


「アイリス⋯⋯君には随分と辛い思いをさせた。俺の所為だ。今からの行動で償えるとは思っていないが⋯⋯君の足を取り戻しに行く」


 アイリスは目を閉じて何も言わない。穏やかな寝息がエドウィンにも聞こえていた。


「君は⋯⋯待ってなどいないかもしれないが⋯⋯。待っていてくれ。もう一度、話し合いたいんだ」


 エドウィンはアイリスの手の甲に触れない口づけを落として、立ち上がった。


 目指すのは東の森の最深部だ。




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