15 消えてくれない恋心
薄目を開けると天井が見えた。
見慣れた天井。見慣れた風景。時間は、昼前くらいだろうか。
全てを思い出した私は、ベッドの上で一人、丸くなった。泣きたくなる。
記憶を失くしても、期待して、傷ついて。
何より自分自身に失望したのは、またエドウィンに想いを寄せていることだった。
あの人がほんの少しだけ優しいのは、きっと妻への最低限の接し方なのだろう。
それを愛してくれるかもだなんて思い違いをして。
「本当に馬鹿ね⋯⋯」
「失礼します、アイリス様」
「シャロン、ええ、入って」
部屋に入ってきたシャロンに言葉を返せば、それだけで私の様子が違うことに気がついたのだろう、彼女の表情が曇った。
聡い子だ。
シャロンにも随分迷惑をかけてしまった。
「シャロン⋯⋯。ごめんなさい。たくさん心配かけて。ずっと、迷惑をかけて」
シャロンが駆け寄ってくる。
「もしかして、思い出されたのですか?」
「ええ」
魔女に縋ってかけてもらった魔法もすっかり解け、振り出しに戻ってしまった。両足という対価を払って。
無償で叶う願いなんて無いことは知っている。
足が動かなくなったことを悲しむつもりは無い。
ただ、この身体で迷惑をかけるようになった、周囲の人に申し訳なかった。
「こちらこそ申し訳ありません。アイリス様が思い出さなければ良いと、勝手に思っていました。⋯⋯ここの環境はアイリス様には酷ですから」
「良いの。私は望んで記憶を手放したのよ」
気まぐれな魔女だと聞いていたけれど、私の願いを聞いてくれた。
「⋯⋯自ら記憶を失くしたい程辛かったのですね」
もう一度シャロンが頭を下げて謝罪の言葉を口にした。ぎゅう、と握っている私の手は、また遠くに行ってしまわないよう繋いでいるみたいだった。
でも私は、諦めがついたのか、身体の重りが外されたような気分だった。
命の危機がある訳ではない。これからは心を殺して生きていけば良いだけだ。
ここから逃げ出せば、名目だけの妻でいるという私の最後の役目も失い、彼に迷惑がかかるだけ。魔女に頼んで逃げることも出来たのに、そうしなかったのは今と変わらず彼に迷惑をかけたくないという気持ちからだったのだから。
「シャロン、今日も図書室に行こうと思うの。準備してくれるかしら?」
私は唇だけで微笑んで明るい声を出した。




