14 愚かな願い
馬車を乗り継ぎ、辿り着いたのは国の東にある森だ。
ここまで来たのは魔女に会うためだった。噂に聞いただけの魔女に縋るなんて、私の頭はとても混乱していたんだと思う。
屋敷から飛び出して、遠い森まで一人で行くなんて、自分のことながらこんなに行動力があったのかと驚いた。
道の無い森の中を当てもなく彷徨う。
所詮鍛えていない貴族の足だ。すぐに身体が音を上げた。
靴が脱げ、転んで、足の裏や膝に傷ができたけれど、私は構わず歩き続けた。
どのくらい時間が経っただろう。
噂は噂にしか過ぎないと思った頃、ごう、と強い風が吹いた。
「──私に何か用なのかしら」
風が去った後に目を開けると目の前に人がいた。
人、なのだろうか。
天使と見間ごう美しさを持った少女がそこにいた。
銀髪に細められた赤い目。
不機嫌そうに髪を掻き上げた彼女は私を鋭い瞳で射貫いた。
「は、はい。貴女が東の森の魔女でしょうか?」
「私からそう名乗ったことは一度も無いわ。勝手に呼ばれているだけよ」
「高等魔法を使うことができる方だと聞きました」
「そうね」
私は勇気を振り絞る。頭を下げて精一杯姿勢を低くした。
「⋯⋯どうか、私の願いを叶えていただきたいのです」
「⋯⋯ふぅん?」
彼女は指を形の良い顎に乗せて、ふわりと浮き上がった。後退りしたくなるような圧が急に襲ってくる。私は負けじと足に力を入れた。
獣は人よりも魔力に敏感だ。森に入ってから獣一匹見かけなかったのは、彼女がいたからだと今さら気がついた。
「見たところ貴族の令嬢のようだけど。貴女は何を望むの?」
手を組んで懇願する。あの人の憂いが晴れるよう。
「ある人を生き返らせたいのです。できるでしょうか」
彼の両親を。
しかし、彼女からもたらされた答えは否、だった。
「私は神では無いの。死んだ者を再び生き返らせることはできないわ。ずっと前に死んだのなら、魂すら、この世界には残っていない筈」
「そう、なのね」
ならば、せめて。
私からの恋情など、彼にとって迷惑なだけだ。
これ以上彼の苦しみにならないよう──
「では、私の記憶を、彼への恋心を消してください」
赤の瞳が私を覗き込んで、私は心の内側までさらけ出している気分になった。
私の心に色があるなら、灰暗い、濁った色なのだろう。
結局の所、彼の両親を生き返らせたいのだって、彼への贖罪と、そうすることで私への憎しみも晴れるのではないか──いずれ私を愛してくれるのではないかという打算だ。
つくづく私自身に呆れる。
恋情を消したいという願いも、言い訳をしておきながら、苦しみたくない、私のための願いなのだから。
「記憶は人の繊細な部分だから、全てと言うならともかく、貴女の自我を保ったまま、選択的に消すのは難しいわね」
「⋯⋯では、この願いも⋯⋯」
「出来ないとは言ってないわ。ただ⋯⋯そうね。今からかける魔法は、貴女の意思で記憶に蓋をした上にかけるもの。貴女の『記憶を消したい』という思いが前提にある。本当に思い出したいと願えば、魔法は解けるでしょう」
お前が憎い、と幻聴が聞こえる。
彼の声で。この先愛されることは無いと何度も心が告げてくる。
どうしても彼の記憶を消したいの。これ以上、苦しみたくない。
銀髪の彼女は淡々と次の言葉を吐いた。
「貴女は必ず後悔するわ。聞いても尚、望むのね?」
私の瞳から涙が落ちた。ゆっくりと頷く。
さよなら。
始まって間もない私の恋に別れを告げた。
脳裏に光が走って、私の意識が薄れていく。
足の先から鋭い痛みが大腿の辺りまでうねるように走った。
澄んだ、少女の声が聞こえる。
「本当に愚かね。想いなんてまた積み重なるに決まっているのに。⋯⋯⋯⋯これは対価。残念だったわね。この世に対価無しで叶う願いは無いの。足の魔力回路は貰っていくわ」




