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『入れ』と許可された室内には組長、部隊長、団長、と上司が勢揃いしていた。伸びていた背筋をさらに引っ張り上げ、ヘッルは直立不動の姿勢を取る。
「ここへ。」
「は。」
張り付きそうな喉をむりやり開いて返答し、普段は部隊長が座っている執務机の前へ足を進める。鷹揚と腰を掛けているのはオストシエドルング騎兵団長のボリス、執務机の手前左側には穢獣部隊長のティルが、右側には先鋒組長のニクラウスが威圧たっぷりに直立していた。三方を上司に囲まれた形のヘッルは自分が何をやらかしてしまったかと頭から血が下がるのを感じながら、それでも大急ぎで記憶を遡る。確かに強制的に入団させられた当初の態度は悪かった。誰とも話さず、一人で不貞腐れ、聖獣を恨み、騎兵団を憎んだ。けれど『聖女の降臨』を目の当たりにして自分の愚かしさに気づいた。規則を守り、同室のニクラウスと話すようになり、先鋒組員とも話すようになり、自由時間も修練に充てた。罪を贖うべく心を入れ替え、励んできたつもりだ。
「調子はどうだ。」
「は、問題ありません。ご心配いただきありがとうございます。迷惑をかけてしまい申し訳ありませんでした。」
ティルの問いかけに、ヘッルは体を半直角に向き変えて端的に答える。その返答振りにニクラウスは頬を緩く吊り上げた。ヘッルが入団して約半年、あのやさぐれていた言動はともすれば他の組員の手本にもなりそうなほどにすっかり変化している。…まだ先鋒組に打ち解けているとは言い難いが。もうひと息なんだよな、と心の中で苦笑しつつニクラウスは黙ってその場で見守ることにした。
「この度の討伐において、貴様の働きは称賛されるものだった。よって、褒賞金を与える。」
続けられた言葉にヘッルの思考が固まった。…褒賞金がもらえる?この俺が…?言葉の意味を飲み込めなくて部隊長を凝視する。それからひどく緩慢な動きで直属の上司の方へ体を回転させた。見えた顔は肯定的な表情で、ティルの言葉が冗談でないことは理解する。けれどまだ飲み込めなくて声を出せなかった。
「よかったな。先鋒組に入って初の褒賞だぞ。」
「…」
「ありがたく受け取れよ。」
「…は。」
ニクラウスがヘッルに声をかけていると、この場で最上位のボリスがおもむろに立ち上がる。ヘッルが反射的に体の向きを直して姿勢を正せば、小さな革袋が手渡された。
「これからも励め。」
「は!」
「以上だ、下がれ。」
「は。」
革袋を押し戴き、深々と敬礼して部隊長室を辞したが、ヘッルの頭はまだ理解が追い付いていない。自室のベッドに座り呆然としていると、そんなに時間をあけずにニクラウスが戻ってきた。
「何をぼんやりとしてるんだ?」
「いや…これ…」
「よかったじゃないか。」
「…いや、俺は貰える立場じゃ…」
「それはお前の働きに対する正当な褒賞だ。素直に貰っとけ。」
「なぜ、俺に…」
「お前が先鋒組の先鋒を何度も務めたからだ。誰がどのくらいの勇気を示したか、組長の俺が知らないでどうする。」
「でも…俺はまだ…」
「ああそうだ。お前はまだ赦されていない。だが、それとこれとは別の話だ。体を張って手柄を上げたのだから、堂々と貰え。」
「…」
「聖女様だって救護所にいたお前を看病してくれたんだろ?」
…そうだ。そうだった。穢れを身に受けてしまい体調を崩して救護所の2階で寝ていた時、何がどうしたのか聖女様が食事を運んで来たのだった。衛生組の奴らが運んでくると思っていたからぎょっとしてしまった。合わせる顔がなく、話す言葉もなく、視線が泳いでしまっていたにもかかわらず、聖女様は枕元まで届けてくださった。あまつさえ、『食べられますか?お手伝いしましょうか?』と優しく聞かれたのだった。
「…聖女様はどうして俺なんかに…」
「だから聖女様も団長も同じお考えってことだ。聖獣を従えている聖女様がお前に手を差し伸べられたんだから、お前が褒賞を貰うことにいちゃもんをつける奴は誰もいない。いい加減、納得しろ。それでもできないって言うんなら、納得できるまで手柄を立て続けろ。」
話は終わりと言わんばかりに肩を竦めたニクラウスからはこれ以上何ももらえないだろう。ヘッルは革袋をグッと握りしめながら瞼を閉じて自問した。罪と働きは別物だと評価してもらえたのはとても嬉しい。しかし自分は、褒賞を貰えるような価値ある人間ではない。団長より直々に手渡されたこれは、もうどうすることもできずにヘッルのものだ。ならば…。
「…ヘッル?」
「…俺に外出許可は下りるだろうか。」
「何をするつもりだ?」
「うまい酒を買って…そうしたら、ニクラウス…付き合ってくれるか?」
「ああ、喜んで。」
「残りは神殿へ寄付をする。商業地区と神殿へ行きたい。外出許可をくれ。」
「よし、買い物から付き合うぞ。うまい酒を教えてやる。」
納得できないならば、できるまで手柄を立て続ければいい。それまではこうして酒を飲んで、神殿へ寄付をして…罪が赦されるその日まで、少しの褒美と残りの贖いと。ヘッルのすっきりとした表情に、ニクラウスは満足そうに鼻を鳴らした。




