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009

「こちらに手を翳していただけますか?」


 祭壇の上に準備されたのは、片手に余るほどの大きさの水晶のようなものだった。いや、多少だがカット加工をされているのでダイヤモンドだろうか。そう考えて、花恋は思い当たった。


「…魔石、でしょうか?」

「そうでございます。初めてご覧になりますか?」

「あ、いえ…。オストシエドルング辺境伯様のところにもあったものですよね?」

「ああ。城館にもルヘゾネにも、いたる所にあるな。」

「魔石はいくつか種類があるのですが、こちらは透魔石ですね。この国では学園に入学する年に魔力を測定することになっているのです。オストシエドルング領の子供達はみな、この透魔石で自分の魔力を知ります。」


 透明な魔石は頭上にある大きなバラ窓の光を反射して色とりどりに幻想的に輝いている。神秘的な雰囲気を醸し出すそれに、花恋は手を近づけることを躊躇してしまう。すると、大神官は手本を見せるように自分の手を翳した。水の中へインクを垂らすようにゆらゆらと色がついていく。透明だった魔石が青く変化した。大神官は青瞳青髪の青年だ。


「透魔石は無属性の魔石ですので、このように自分の魔力を視ることができます。私は瞳と髪を見れば分かると思いますが水属性です。ですから青く変化しました。魔力が多ければ多いほど色濃く属性色に変わります。」

「どれ、私も翳してみよう。」


 そう言ってオストシエドルング辺境伯も透魔石に手を翳す。赤瞳赤髪が示すように透魔石は赤く変化した。大神官と比べて変化するまでが速く、透明さが深いように見えるのは、オストシエドルング辺境伯の魔力の方が多いからだろうか。花恋が疑問をぶつければ、大神官は肯首した。


「聖女様のお考えの通りです。さすがはご領主様。これだけ透過率が濃い人は王国中を探してもそれほどいません。いや、羨ましいことでございます。」

「さあ、ヒョーク様の番だぞ。」


 場所を譲ったオストシエドルング辺境伯が花恋の肩にそっと手を添える。二人がしたのと同じように透魔石へ手を翳してみると、一瞬で黒塊化した。


「えっ!?」

「おお…」

「これは素晴らしい…」


 壊してしまったのではないかと慌てて手を外しても透明に戻らず、花恋は困惑して大神官に助けを求めた。バクバクと暴れる心臓に泣き出したくなる。一人で感情と戦っている花恋をよそに、オストシエドルング辺境伯と大神官は驚嘆に目を丸くしていた。


「これ、大丈夫ですか!?壊していませんか!?」

「…大丈夫ですよ、どうぞ落ち着いてください。」

「でも、元に戻らないっ…」

「それだけヒョーク様の魔力があると言うことだ。やはり君は聖女様なのだな。」

「ちがっ…!」

「しばらくすれば元に戻りますので、ご安心を。それにしてもここまで見事に変化するとは…。もしかしたら聖女様は王国一の魔力の持ち主かもしれません。」

「でもっ!私、魔力なんて…魔法なんか…っ!」

「魔法を使ったことがないと言われていましたね。」

「…はい。」

「では、どのような魔法が使えるか調べてみませんか?」


 おろおろと視線を二人の間で彷徨わせている花恋に、大神官が提案をする。この世界は魔力をエネルギー源としている。生を受けた時から魔力は備わっており、成長するとともに自然と各魔法を身につけていく。学園でも魔法学の授業はあるが、それは職業に関連する魔法を学ぶことを目的としている。毎日の暮らしの中で使用する魔法、この世界の人々が生活魔法と呼んでいるものは教わる必要がないのだ。ところが、花恋はこの生活魔法すら使ったことがないと言うではないか。これでは日々の営みさえ難しい。


「とは言うものの、大抵は魔石を組み込んだ道具があります。魔石には作動情報が記されていて、触れて魔力を通せば作動します。属性は関係なく誰でも使えるように透魔石を使用していますので、心配することはありません。」


 そう言って大神官は神殿の壁に組み込まれた透魔石に触れる。ルヘゾネでもあちこちで見かけた、花恋がダイヤモンドと勘違いしていたのと同じものだ。すると神殿内が明るくなった。壁際に等間隔で設置された照明が灯ったのだ。もう一度大神官が透魔石を触れば、照明が消える。さあやってみろ、と促された花恋が恐る恐る透魔石に触れる。


「…点き、ました。」

「もう一度どうぞ。」

「…消えました。」


 何ということだ。花恋は呆然として自分の指先を見つめる。大神官と同じことができてしまった。すなわち、花恋も魔力を持っていることが証明された。


「日常生活は問題なさそうですね。では、聖女様がどの魔法を使えるか調べましょう。」


 魔法を発動させるには詠唱するのが一般的だ。だが、本質は発動させたい魔法のイメージをいかに具現化できるかである。脳内でイメージしたものを魔法に乗せることができるのなら無詠唱でも問題ない。大神官がそう説いても花恋にはさっぱりだった。まずそもそもの話、花恋は詠唱を知らない。それなら無詠唱で、となるのだが…。魔法なんてものは非現実すぎて真剣に考えたこともなかった花恋なりに、精一杯イメージを膨らませながらそれっぽいことをしてみる。

 攻撃魔法は使えなかった。争いごとと縁遠い生活を送ってきたので、想像できなくても仕方ない。その代わり、防御魔法は使えた。小学生の頃によく遊んだ鬼ごっこの時、タッチされる寸前に胸の前で腕をクロスさせるアレ。バリアが有効だなんて驚きだ。時空魔法、時間に関しては使えなかったが空間の方は使えた。青い子守ロボットのポケット的存在を思い浮かべてみたところ、ものを出没させることができてしまった。どこに『しまっている』かは定かでない。だって魔法だもの。防御魔法にしろ、時空魔法にしろ、低年齢期の経験が25歳にもなって活かされるとは思いもしなかった。乾いた笑いが花恋の脳内にこだまする。聖女が駆使できるはずの回復魔法は何の反応も示さなかった。回復魔法は主に光属性が発動できる魔法だ。花恋は闇属性だからこれも仕方ない。では逆に、闇属性の大多数ができる破壊魔法が使えるかと言えばそうでもなかった。何かを意図して壊す行為は悪いことだと認識しているのだから、発動できるわけがない。


「…こちらが聖女様の測定結果となります。使用できる魔法は限度を調べておかれるといいでしょう。それとどう使えるかいろいろと試しておかれるとよろしいかと。」


 透魔石で魔力を調べる時から大神官はメモらしきものを取っていた。その紙を渡された花恋が紙面に釘付けになる。いくつも並ぶ項目にチェックが入っていたり、スペースに手書きがあったりしたが…。


「…オストシエドルング辺境伯様。」

「うん?どうした?」

「どうしましょう…。私、この国の文字…読めません。」


 この国の人達と話せていたので思いつきもしなかった。頭からすっぽり抜けていた。国が…世界が違えば、言語も表記も至極当然のように違う。今日だけで何度目になるか分からないが、またもや呆然としてしまう。動きの止まった花恋の言葉にポカンとした後、一拍おいてオストシエドルング辺境伯は愉快な声を上げた。


「ははっ!そうかそうか、文字が読めないか!」


 決して馬鹿にしているわけではない。出会った時から年齢を勘違いさせるほどの立ち居振る舞いを見せていた花恋が、初歩的なことを見落としていたのだ。何とも可愛らしいことではないか。そして、無意識のうちに『聖女』と言う色眼鏡で花恋を見ていたオストシエドルング辺境伯自身がおかしかったのだ。花恋は25歳、エストマルク王国ではようやく学園を卒業する年齢だ。成人するにはまだ5年もある。その上、花恋はこの国の人間ではない。言葉は悪いが、すっかり騙されていた。


「ではまず、文字を覚えることから始めてはどうかな?」


文字が読めないと働き口の選択がぐっと狭まってしまう。働く以前の問題だった。クックッと腹を抱えて笑う辺境伯を、花恋はバツが悪そうな表情をしながら苦く睨んだ。


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