I
王妃のお茶会に招待されてから僅か二日後。マリーはまたしても登城していた。相手はもちろん王妃、今度は私室に招かれたのだ。トゥバルトと結婚する前に勤務していた場所である王城の奥部分には当時の同僚や顔なじみもまだいて、マリーは時折そういった人達から挨拶を受けつつ目的地へ案内された。
「マリー、いらっしゃい。」
「本日はお招きいただき心より御礼申し上げます。王妃様に置かれましてはご機嫌麗しく、お慶び申し上げます。」
「まあ、堅苦しい挨拶はよしてちょうだい。今日は友人として招いたのよ。お茶の用意が終わったらこの者達も下がらせるから、ゆっくりお話ししましょうね。」
にっこり、と。上品さを湛える微笑みの中に嬉しさを滲ませ、王妃はマリーをソファに座らせた。しずしずと侍女達が歓談の場を設けていく。香り高いお茶に良質な茶菓子、王妃の気に入りだと言うそれらを机に並べ終えると侍女達は話し声が届かない壁際で整列した。
「マリー。私、怒っているの。何故だか分かって?」
傾けていた湯気の立つカップを音もたてずに受け皿に置くと、王妃は心なし膨れた顔をマリーへ向けた。親しい間柄にだけ見せる王妃の素の表情にマリーは目を丸くして驚いてみせる。どちらも身分や地位を取り払って友人として接するという合図みたいなものだ。
「…いいえ。申し訳ありませんが、心当たりが全くございません。私、何か失礼なことをしてしまいましたか?」
「まあ!本当になくて?」
「はい。」
「マリー、私はあなたのことを一番の友人と思っているわ。強くて賢い私の近衛。私を理解し寄り添ってくれる優しい友人。王城に上がったばかりの私を守ってくれていた時から、マリーは私の考えていることを何でもお見通しだったわ。それなのに今は分からないと言うの?」
「とても光栄なお言葉ですが…申し訳ありません、本当に何のことを仰っているのか…」
「そう?まあ、いいわ。シュテファンのことよ。」
「シュテファンが何か粗相をしでかしましたか?」
「マリー、あなたはどうしてそうシュテファンに厳しいのかしら。あの子はよくやっていると思うわよ。」
眉を寄せたマリーに、王妃はコロコロと笑ってみせる。そして一つ、可愛らしい装飾が施された皿から茶菓子を摘まんで口へ運んだ。好物に緩む王妃の頬が上がる。『マリーも食べて』と勧められるがまま手を伸ばしたマリーの姿勢が戻るのを待って、王妃は話を続けた。
「シュテファンが結婚すると言うのは本当?」
「え…」
「どうして一昨日のお茶会で教えてくれなかったの?レイから聞いて驚いたわ!」
「…シュテフが結婚する、と?」
「ええ、そうよ!国内の権力争いだとか柵だとかいろいろあるのは理解しているけれど、友人の子供の慶び事よ、マリーの口から聞きたかったわ!」
「…王妃様、私も初耳なのですが。」
「え?」
「シュテファンが結婚すると言ったのですか?相手はどちらの方と?」
「まあ、本当に知らなかったのね!?マリーは私の友人なのに教えてくれないなんてひどいわ、なんて拗ねてしまったわ。ごめんなさいね。」
「いえ、それはもうお気になさらずに。それで、シュテファンが本当に結婚すると言ったのですか?」
「シュテファンから直接は聞いていないわ、レイから聞いたのよ。レイが言うには『彼女は俺の妻になる女だ』と言ったそうよ。ええと、確かカレン嬢とか言ったかしら?トゥバルト殿もご承知だとか。」
マリーはようやく状況を飲み込み、しばしソファの背に凭れた。あの愚息は王太子殿下を相手にいったい何を宣っているのか。次に帰邸した時には厳しく稽古をつけてやらねば、と心秘かに誓う。それからキラキラと目を輝かせている王妃を認めて苦笑した。
「そのカレン嬢なる娘をマリーは知っていて?」
「オストシエドルングにいる闇の聖女です。」
「まあ!上都を断った聖女様ね!どんな方なの?」
「とても慎ましやかな方でして、オストシエドルングでも平民と同じ暮らしをされています。エストマルクの生まれではなく、貴族の出でもないようなので、こちらの常識が通じないこともあります。今はマーラの勉強相手をしていただいています。」
「そういうのはいいのよ!シュテファンが気に入るような娘なの!?」
「…シュテファンが面食いだとは知りませんでした。とても美しい方です。」
「そうなの!?お綺麗なお嬢さんなのね!」
「これまでのお付き合いで知ることができた人柄だけで申せば、王国にはもちろんアッカーベルグ家にも害をなすような方ではないかと。損にも得にもならない平民の娘と捉えております。」
「まあ、まあっ!そんなこと言ってはいけないわ、マリー!シュテファンの心を解かしたお嬢さんなのよ!」
「…ええ、そうですね。」
「あれは…とても辛かったことと察するわ。私にとっても、今でも心が苦しくなる出来事でしたもの。」
「…ありがとうございます。」
「もう四年も前になるのよね…。でも、ようやくシュテファンが動き出すのだわ!これで安心できるわね、マリー。」
「そうだといいのですが。」
「シュテファンはアッカーベルグ家の次期当主ですもの、そう簡単に進められないと思うわ。でも忘れないでいて?私はシュテファンの想いを応援するわ!私はマリーとシュテファンの味方よ!」
「ありがとうございます、王妃様。」
「もう、マリーったら!今は友人として言っているのよ!」
ぷんと頬を膨らましてしまった王妃にマリーは穏やかに微笑む。非公式とは言え、我が子がエストマルク王国の国王妃から後押しをいただいた。喜ばずにはいられない。何の障害もなく想いを通せるほど身軽な立場でないことを本人はしっかりと理解しているだろう。その上でどうするのか、どうしたいのか。子を想う気持ちは夫にとて負けていないと自信を持って言える。全てを協力できないとしても、シュテファンが助力を求めてきたのなら最大限の援護を惜しむつもりはない。マリーは少し冷めてしまったお茶で喉を潤しながら、友人の愛息子を警護しているであろうシュテファンに思いを馳せるのだった。




