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G

 領都から届いた封書にマリーは眉を顰めた。差出人は御用達の粧飾店。マリーとシアナの美しさの一端を担っている店の店長からだ。寒季も終わりが見え、暖季がすぐそこまで来ている。これまでの服装や化粧品では時季に合わず、体調を崩してしまったり、肌に不調が出てしまったりするかもしれない。自分の衣替えに合わせて聖女の身の回りを一新するよう、マリーはオストシエドルングにある贔屓店へ手紙を出していた。そのうちの一つから返ってきた内容に最後まで目を通したマリーは嘆息すると夫の下へ向かった。


「トゥバルト様、少しよろしいですか?」

「ん?ああ、もちろんだ。…が、この数枚だけ処理したいから待ってくれ。」


 執務室へ入ってきた愛妻に一度は顔を上げたトゥバルトだったが、すぐに書類へ視線を戻す。数枚ならばそれほど時間はかからないと、マリーは執務机の前に配された応接ソファに座り、お茶の準備を手ずから始めた。少ししてぐっと伸びをしたトゥバルトはマリーの隣に座ると腰を抱き寄せる。白い頬に唇を押し付け、差し出されたカップを摘み上げた。


「待たせたな。」

「いいえ、お疲れ様ですわ。」

「マリーの入れる茶はいつも美味い。後でまた淹れてくれ。それで、話したいこととは?」

「カレン嬢のことですわ。」


 出された名前にトゥバルトの表情がわずかに硬くなる。マリーは夫の変化に小さく息を吐き出した。


「トゥバルト様、カレン嬢に何を言われましたの?貴族の作法を教えた、と以前に仰られていましたけれど。」

「…カレン嬢が何か言ってきたのか?」

「私が先にお聞きしました。」

「…」

「トゥバルト様?」

「…いや、ほら、カレン嬢はとても控えめな性格だろう?豪奢を忌諱するきらいすらある。その考えを否定する気はないが、貴族を相手に見せていいものではない。…と言うことを優しく諭したつもりなんだがなあ。」

「そうでしたの。」

「それで、カレン嬢は何と?」

「いえ、カレン嬢からではなく粧飾店からなのですけれどね。カレン嬢がお持ちの品をそろそろ時期に合ったものへと揃え直すようにお願いしたのですが、どうも断られてしまったようで。」

「ほう…」

「それとフラウ・ウルズラからの手紙にはカレン嬢の細工品を販売し始めたとかで、貴族からの注文が殺到していると。すでにいくつかお作りしたらしいわ。カレン嬢は我が家から…もしかしたらオストシエドルングから出て行ってしまうのではないかと不安に思いましたの。」

「…ほう…」


 トゥバルトは顎を撫でるように手を当てて考え込む。貴族相手の商売は難しい。言葉を一つでも選び間違えてしまえば目を覆いたくなるほどの損失が出てしまう。しかし、フラウ・ウルズラと組んだのなら取引は貴族商売に慣れている彼女に任せておけば問題ないだろう。カレンは作ることに集中できる。どちらから申し出たのか分からないが、カレンにとって損にはならない協力者であろう。

 カレンが望んでいるのは自立だ。トゥバルトにはそれがどうしても理解できない。対価を求めたことは一度もなく、何もせずとも苦労なく生きていける環境を用意すると言っているのに、なぜ『自分の力で生きる』ことにこだわるのか。オストシエドルングの平民の暮らしはエストマルク王国の中でも比較的裕福なのは知っているが、それでも準爵と比べても劣ってしまうのは間違いない。自ら苦労を買って出て、平民の暮らしから何を得ると言うのか。何をしたってトゥバルトが用意するものには一つとして敵わないだろうに。

 カレンを引き留めているのは闇の聖女だからだ。しかもカレンは光の聖獣を従え、自然魔力の4聖獣をも近くに置いている。あれだけ聖獣に愛されている聖女は他にはいないだろう。そして闇の聖女の存在も、トゥバルトは生まれてこのかた耳にしたことはない。聖獣が棲む地は豊かな証拠、離れてしまえば衰退してしまう。この世界のはるか昔からの言い伝えだ。知らない者はいない。オストシエドルングを領する者として、闇の聖女も聖獣も他の土地に渡すことはできない。しかし、それだけでカレンを留めているわけではない。愛する妻が、子供達が、そしてトゥバルト自身もカレン・ヒョークと言う人間を好意的に受け止めている。困っているのなら手を差し伸べたいと思う。楽しく暮らせるようにいろいろと用立ててあげるのも躊躇わない。そこにあるのは純粋な厚意なのだ。

 トゥバルトは目を眇める。おそらく、カレンは着実に収入を得ているだろう。カレンが冒険者登録したとヨーゼフから報告が入っているし、魔石店に卸している平民向けの細工品も人気が爆発していると聞いている。纏まった金銭を手にしたカレンがどう動くか予想はできない。現にカレンは、マーラの相手をする仕事の満期終了とヘイリゲルワルド調査の任期終了日をトゥバルトの口から引き出しているのだ。


「…やっかいだな。」

「私はカレン嬢のこと、好ましく思っていますよ。慎み深く、思慮深く、控えめでお美しい。平民でいさせる方がおかしいくらいですわ。シュテフも気に入っているようですし、さっさと娶ればいいのです。あの愚か者は何を暢気に構えているのだか。トゥバルト様、シュテフの執着が強いのは知っていますでしょう?たとえトゥバルト様が相手でも引くことは決してありませんよ。」

「…知ってる…やっかいだな…」

「嫡子に嫌われることにならないよう、お気を付けください。」

「…マリーは俺の味方ではないのか?」

「まあっ!私の気持ちをお疑いですの?」

「いや!そうじゃない!!愛しているとも!!」

「トゥバルト様、家族に嫌われるほど悲しいことはありませんよ。お気を付けくださいませ。」


 嫣然と微笑むマリーにトゥバルトの口から深く長い息が漏れる。最愛の妻にそっぽを向かれてしまうほど遣る瀬無いことはない。自分はただ、カレン嬢には何の心配もせず快適に自領で過ごしてほしいと願っているだけなのに。捩じれ伝わってしまっている現状がどうにももどかしい。トゥバルトはまた大きな溜息をつくとマリーの肩口に頭を預け、グリグリと擦りつけるのだった。

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