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076

 外は賑やかだった。慰労宴には隊員だけでなく、冒険者や町の人も参加している。名付穢獣を討伐した達成感から、どの顔にも笑顔が浮かんでいた。この時間は当番から外れている衛生組員があちらこちらで料理をしていて、広い鉄板で野菜や肉を炒めていたり、豪快に串刺した魚を炙っていたり、大きな鍋でスープを作っていたり。巨大な箱の中には氷水が張られ、ビエルが大量に冷やされている。穢獣部隊の設営地には気持ちが高揚するような匂いが漂っていた。


「さかな!」


 興奮したスイが高く咆える。近くにいた隊員達が瞬時に反応し、柄を握り抜刀の体勢に入った。慌ててスイを窘めるカレンを庇うように前へ出たシュテファンに、今度は隊員達の方が焦った表情で片膝をついて礼を示す。


「いい反応だった。」

「大変失礼いたしました、ご嫡子様、聖女様。」

「少し邪魔をする。俺達のことは気にせず、おのおの心身を休めるといい。」

「ありがとうございます。」

「カレン嬢、水の聖獣は何と?」

「魚の丸焼きを食べたいようです。お騒がせして申し訳ありません。」

「いや。貰ってこよう。カレン嬢は何を食べる?」

「では、野菜炒めをいただきます。シュテファン様はどうされます?」

「俺は肉の串焼きだな。ビエルも貰ってこよう。」

「それならビエルは私が。赤でよろしいでしょうか?」

「いや、ここで待っていてくれ。」

「ですが、手分けした方が早くいただけますよ?あの量くらいでしたら運べますし。シュテファン様、赤ビエルでよろしいでしょうか?」

「…黒があれば、それを。」

「はい。コウ、スイ、静かに行こうね。」


 二体を従えて揚々と調達に臨んだカレンは無事にビエルを分けてもらい、シュテファンを探してきょろりと周辺を見回した。


「カレン嬢、こちらへ。」


 そう言うシュテファンの足元にはレジャーシートよろしく大きめの布が敷かれている。シュテファンの後ろに控えているキーランドが用意したのだろう。カレンは二人に礼を述べてありがたく座らせてもらった。


「机も椅子もなくてすまないが。」

「とんでもありません、ありがとうございます。地べたでもよかったですのに。ああ、そうするとシュテファン様の服が汚れてしまいますね…。」

「俺はどうでもいいのだが、女性を地面に直接座らせるわけにはいかないだろう?」

「でも他の方は座っていますよ?」

「あの者らは冒険者だ。」

「私も冒険者です。」


 シュテファンから料理を受け取り、二人でビエルを目の高さに掲げる。


「乾杯。」


 キンキンに冷えたビエルが喉を通り過ぎ、シュテファンとカレンは小さく笑い合った。


「…それにしても、カレン嬢が冒険者になるとは驚いた。」

「下世話な話ですけれど、生活していく上でお金は絶対に必要ですから。家族でもない人に生活を保障してもらうのは…その、心苦しく感じてしまうのです。」


 万が一の時に身動きが取れなくなる。アッカーベルグ家を信用していない、とも捉えられかねない本音は胸にしまい、カレンはシュテファンから視線を外してコウ達の方を見た。串から外した魚を頬張っている二体に『おいしい?』と声をかければ、咀嚼したまま頷きが返ってくる。カレンも肉野菜炒めに口をつけてみた。


「…おいしい。」


 大味だが、外で食べていると言う状況が感覚を変化させている。大雑把な味付けは、これはこれでありだ。


「それはよかった。」

「シュテファン様のはいかがです?」

「簡素な味付けだが悪くない。野営の味だな。」

「それです!自然の味がしておいしいです!こちらでは亀肉がよく料理として出てきました。私、人生で初めて亀を食べたのですが、いただいたものはいろいろな味付けをされていて。こうやって素材を生かされて出されると、例えるなら鶏肉みたいで食べやすいです。」


 亀と言えば『ゆっくり、のんびり』と形容されることが多いので柔らかい身だと思われがちだが、意外にも筋肉質である。穢獣やスチルドクローテはなおさらそうなのかもしれない。獣肉とも魚肉とも違う肉質だけれど、淡白な味は違和感を覚えるほどではない。『亀を食べる』ことにも抵抗がなくなってきている。もう少し食べ慣れたら料理に使ってみるのもいいかもしれないなと考えつつ、カレンは口の中の肉をよく噛んだ。


「シュテファン様はチェフを討伐されたのですよね?大きかったですか?」

「ああ、今回のスチルドクローテ中で最も危険だと認識された名付穢獣だったからな。大きいだけでなく、凶暴だった。」

「そんなに危ない穢獣だったのですか…。お怪我がなくて本当に安心しました。あの、どれくらい大きかったかお聞きしてもいいですか?」

「そうだな…、聖獣二体ほどの長さで、高さは俺と同じくらいだった。」

「コウとスイを合わせたくらいですか!?それで走る速さはシュテファン様と同じくらいなのですよね?うわぁ…」

「それなりに苦労はしたが、甲羅以外は剣が通用するからな。甲羅の中に引っ込まれなければ何とかなる。」

「甲羅はやっぱり硬いのですか?」

「剣が当たれば簡単に欠けるな。場合によっては折れることも。爪も同じくらい硬いから武具の素材として重宝されているんだ。カレン嬢の腰にもナイフがあるようだが…。」

「はい。採取に特化したナイフです。今のところ討伐依頼を受けるつもりはないので。」

「…ああ、それがいい。わざわざ進んで危険な目に遭う必要もないさ。俺としては冒険者も退いてほしいぐらいなのだが、カレン嬢にその気はないのだろう?」

「ええ。」


 これ以上は繰り返しになってしまう。先を読んだシュテファンとカレンがそれぞれ口を閉じたので、二人の間に沈黙が流れる。


「…そうだ。チェフから取れた素材を見に行かないか?」

「素材でございますか?」

「ああ、保管所に運ばれているはずだ。甲羅、爪、骨…肉はいま食べているこれらだろうな。加工される前の状態の物はあまり見ることがないだろうし、どうだろうか?」

「…では、少しだけ。」


 カレンの返事にシュテファンは頬を緩やかに引き上げ、手を差し出す。それを支えにカレンが立ち上がり、二人は設営地の奥に設けられた保管所へと移動した。穢獣部隊はその名の通り穢獣を討伐するための軍部隊だ。基本的に穢獣は拓けた場所にはいない。つまり、必然的に穢獣部隊は野営をすることが多くなる。運搬組はそのための道具や予備武具などを運ぶのが主な仕事である。討伐に成功すれば素材が手に入るので、その保管も仕事のうちだ。土魔法で作られた救護所の半分程度の平建物が保管所として使用されており、その入り口には見張りの組員が二人立っている。彼らはシュテファンとカレンを認めてなお、停止を求めた。実に職務に忠実である。


「ご嫡子様、聖女様、申し訳ありませんが隊長の許可は取られていらっしゃるでしょうか?」

「…いや。」

「…申し訳ありませんが、許可のない方をお入れすることはできません。」


 双方ともに渋い表情で言葉を交わし合う。シュテファンはカレンを誘っておきながら断られると言う情けない姿を晒してしまったこと、運搬組員は領主の嫡子を断らなければいけないという重圧、どちらも他人に見せたくない。気まずい空気が流れているのを察したカレンは言葉を探した。


「…偉い立場の方にも規則を都合の良いように歪曲せず、きちんと適応させていてオストシエドルングの騎兵団の方々は素晴らしいですね。アッカーベルグ家の皆様を見ているようです。」

「…手間を取らせてしまったな。すまないカレン嬢、慰労宴へ戻ろう。お前達も手間をかけた。」

「とんでもございません!」


 恐縮する組員に片手を軽く上げたシュテファンが踵を返そうとしたところで、保管所の扉が開いた。


「ご嫡子様、聖女様。」

「…ティルか。丁度いいところにいた。中に入りたいのだが、構わないか?」

「もちろんです。どうぞお入りください。」


 中から出ようとしていたティルは保管所内へ体を戻してシュテファンとカレンに道を譲る。中には討伐して得た素材がおおよその種類ごとに分けられておかれていた。その中の一角には大亀の甲羅がいくつも置かれていて、その大きさにカレンは驚く。パッと見ただけでもカレンの腰ほどの高さがあることが分かり、持っていた亀の概念が崩れた。


「…想像よりも大きくて驚いています。これが全速力で追いかけてくるのですよね?うわ…こわ…」

「もう討伐は済んだから心配はない。そうだな、ティル。」

「は。」

「ところでティルはここから出るのではなかったのか?」

「は、実は団長に相談がありまして…。」

「そうか、行くといい。…待て、あれは何をしているのだ。」


 シュテファンの視線の先には数人の組員が何かを囲んでいる。一様に顔色が優れず、表情も硬く、ある一点を見つめていた。そこから不快な気配を感じ取り、カレンは顔を険しくする。彼女の後ろをついていたコウとスイが素早く前に飛び出た。


「…穢魔石でしょうか?」

「はい、チェフから採れた穢魔石です。あの通り魔法に長けた組員達が交代で抑えているのですが、穢れが強いらしく、このまま抑え続けられるか…。」

「ボリスへの相談とはこのことだな。早く呼んで来い。」

「は、すぐにでも。」

「キーランド。」

「畏まりました。」

「カレン嬢は俺の後ろへ。」


 手短に指示を出したシュテファンはカレンを守るように前へ立ち、穢魔石へ近寄る。すでにキーランドが運搬組員に代わって穢魔石を水魔法で覆って抑えていた。休憩を取るように、と組員達は保管所の外へ出す。


「どうだ?」


 シュテファンの問いにキーランドは眉を寄せて答えた。


「…討伐した時よりも魔力が濃くなっているように感じます。それで穢れも強くなってしまっているのではないかと。」

「ボリスが来るまで抑えられるな。」

「お任せください。」

「カレン嬢、ここにいては危険が及ぶかもしれないから…」

「シュテファン様、この穢魔石はどうする予定なのでしょうか。」

「どうする、とは?」

「魔石店へ売るのでしょうか、それとも穢獣部隊が使用する何かに加工するのでしょうか。これだけ大きな穢魔石ですもの、穢れがないならアッカーベルグ家へ献上されるかもしれませんね。そう言った意味でどうなると思われます?」

「…俺の一存ではどうともできない。だが、俺が団長の立場なら…そうだな、魔石店へ売るな。オストシエドルングで穢魔石を扱えるのは大神官様だけだ。加工するにもどこかへ献上するにも、いずれにせよ穢れを祓わなければどうしようもない。ならば、金に換えて装備に充てる。」

「ボリス様もそう考えられると思いますか?」

「おそらくは。…ああ、本人に聞いてみればいい。ボリス、この穢魔石をどうするつもりだ?」

「魔石店へ売る予定です。これだけ大きく濃いのですから、穢魔石でも確かな値で買い取られるでしょう。得た金は騎兵団設備の見直しに使います。穢獣部隊を真っ先にしてやらねばいけないでしょうな。」

「だ、そうだ。」

「…ボリス様。私がこの穢れを祓ったとして、これに関しては神殿の魔石店で穢魔石の値段でお売りくださると約束いただけますか?」

「聖女様がそう望まれるのでしたら。安全に持ち帰れるだけでも、こちらとしては十分にありがたいことですので。」


 ボリスの返答を聞いてカレンは穢魔石のそばに立つ。シュテファンが止める間もなく、カレンはキーランドの水魔法ごと穢魔石を両手で持った。驚くキーランドに魔法を解かせると同時に、白色の四角い紙が連なったお祓い棒を脳内でバッサバッサと音を立てて振る。途端、不快感は霧散した。

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