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074

 レイナードから無言の許可をもぎ取ったシュテファンは、すぐにオストシエドルングへ向かった。突然の帰郷にも関わらず、城館での出迎えは完璧だった。それはそのはず、事前に伝達してあったからだ。シュテファンが欲しい情報も用意してあり、帰ってすぐ資料に目を通したシュテファンはその足でヴェルスチエデン地区へと向かった。供は穢獣部隊長のボリス、休憩を取ることなく一気に道を駆け抜けた。


「ご嫡子様、わざわざのお越し、恐縮でございます。」

「余計な挨拶はいらない。現況を教えてくれ。」

「畏まりました。」


 落ち着きない雰囲気のスチルドクローテ討伐設営地で出迎えたティルは、指揮天幕へとシュテファンを案内する。これまでの経過を簡単に説明し、現在の状況を手短に話す。ちょうどジェイとケルビーが合図を送ったスチルドクローテ複数匹を討伐するために、穢獣部隊員は忙しく動き回っているところだった。間が悪かったか、あるいは逆か。『失礼します』と断って顔を覗かせた隊員がシュテファンを認めた途端に慌てて礼を取ろうとするのを手で制すると、シュテファンは席を立った。


「危急時に手間を取らせた。俺に構わず、スチルドクローテを討伐してくれ。」

「ティル、今日確認できた分は今日中に討伐しろ。長引いてもいいことはない。」

「は、承知しました!」


 作戦会議をするだろうからと天幕を出たシュテファンは湖へ足を向ける。受けた説明のみだけでなく、自分の目で現場を確かめようと言うのだ。あまりいい表情をしていないボリスをつき添わせ、シュテファンは馬を走らせた。


「ご嫡子様、あまり深入りをされない方が…」

「そう言うな、ボリス。スチルドクローテだけでなく、湖の状況も見ておきたい。」

「一領民としてお心遣いは大変嬉しく思いますが…伯爵様に何かあれば、私はご領主様に顔向けができなくなります。」

「その時は俺が判断したと真実を突き付ければいい。何か起きてしまうのなら、それは俺が未熟だったまでのこと。」


 意に介さないシュテファンにボリスは心の内で溜息を吐き出した。トゥバルトと言い、シュテファンと言い、どうしてこうも剛胆なのか。若き日のトゥバルトを思い出し、よく似た面影のシュテファンを仰ぎ見て、ボリスは必ず守り抜くと気を引き締め直した。

 湖を視察し、ほとりにあるフィスチェレイ邸を訪ね、シュテファンが穢獣部隊の設営地に戻ってきたのは日がとっぷりと暮れた後だった。明かり取りのために赤魔石がそこかしこに設置されている中、隊員達が数人ずつで行動している。装備の手入れをしている者、スチルドクローテを捌いている者、報告するために駆けずり回っている者。それから、負傷人を救護所へ運ぶ者。救護所には穢獣部隊の依頼を受けたカレンがいる、らしい。シュテファンはそわりと逸る気持ちを抑えながら救護所へ向かった。


「若旦那様。」


 ボリスが衛生組員を使ってキーランドを呼び出す。すぐに調薬室にいたキーランドが垂布から顔を覗かせ、主人を受け入れた。


「お出迎えができずに申し訳ありません。ご無事で何よりです。」

「ああ、気にするな。ボリス、ご苦労だった。」

「大叔父上、お久し振りでございます。若旦那様の護衛をしていただき、どうもありがとうございました。」

「キーランドも聖女様の護衛をしていると聞いています。ご苦労様。」

「ありがとうございます。」

「困られている様子などはありますか?」

「特にはお見受けしておりません。毎日大量の成分を抽出してくださっています。」

「おお、それは感謝を申し上げなければ。聖女様はどちらに?」

「薬品販売所で負傷した冒険者の治療をされていると伺っています。お呼びしてまいりましょう。」

「いえ、負傷者の手当てが優先事項です。邪魔をするのも申し訳ない。感謝申し上げるのは後日にして、私はこれで失礼します。ご嫡子様、私はティルの天幕にいますので、何かありましたらお呼びください。」

「ああ。」


 武張りながらも貴族の出だと分かる仕草で頭を下げると、ボリスは救護所を後にする。その背中を見送ると、シュテファンはあからさまにソワソワし出した。


「…それで、カレン嬢は?」

「薬品販売所にて治療中と申し上げました。お呼びしてまいりますか?」

「いや、俺も行こう。負傷者の手当てが優先なのは確かだからな。」


 取ってつけたように正論をかざすシュテファンに半眼しそうな思いを静かに抑え込み、キーランドは『こちらです』と案内した。しかし、そこにカレンの姿はなく。その場にいた衛生組員に聞けば自室に戻っているとのことで、キーランドは三階最奥のカレンの部屋までシュテファンを連れた。二度ほど扉を叩くと落ち着いた声音で返事が来る。


「キーランドです。」

「はい、どうぞ。」


 許可された入室にシュテファンの気持ちも高まる。しばらく会うことのできなかったカレンがそこにいるのだ。普段と変わらないはずのキーランドの行動がゆっくりと感じ、早くしろと内心でせっつく。シュテファンにとってようやく開いた扉の中には…二人の男がいた。しかもそのうちの一人は半裸という状態で。さらに目を覆いたくなることに、半裸の男の陰からカレンがひょこりと顔を覗かせたのだ。シュテファンの唇は震え、言葉が出てこない。キーランドは優秀な家令見習いで、シュテファンの数十年来の友人だ。自分の後ろにいる主の様子を背中で感じ取り、まず確かめなければならないことを口にした。


「…失礼ですが、そちらの方々は?」

「私の友人で冒険者です。先ほどまでのスチルドクローテ討伐に参加していました。」

「重ねて失礼ですが、その格好は?」

「怪我してしまったので、手当てをしていました。結構深かったのですが、例の薬が有効のようで。」

「例の?」

「私が指を切ってしまった時の…」

「ああ、あの時のですか。」


 とげとげしかった後ろの空気が明らかに緩んでいる。キーランドはゆっくりとカレンの自室へ入ると、脇へとずれた。続いて足を踏み入れたシュテファンの様子を横目で窺うと、すでに表情を平常に戻している。


「…カレン、あの人達は?」


 今度は自分達の番だと言わんばかりに質問をぶつけてくるジェイとケルビーに、カレンは困ったように笑いながら返事をする。


「シュテファン様とキーランドさん。キーランドさんには護衛をしてもらっているんだけど…シュテファン様、お久し振りでございます。いらしていたのですね。」

「ああ、つい先ほどな。」

「アッカーベルグ家の皆様もご一緒でございますか?」

「いや、俺だけだ。」

「そうですか…。では、シュテファン様もスチルドクローテの討伐に?」


 ジェイのそばを離れ、シュテファンの正面に立って淑女の礼を取るカレンを見て、二人もようやく正体を知る。急いで立ち上がり頭を下げるジェイとケルビーに、シュテファンは鋭い視線を向けた。カレンは聖女なので基本的に敬称をつけて呼ばれている。この二人は友人らしいが、名前を呼び捨てにできるほどなのであろうか。そうであるとしたら面白くない。彼女のことを『カレン』と最初に呼ぶのは自分だと思っていたし、彼女から一番初めに許されたいと望んでいた。それなのに、知らない間にほかの男が…。半裸の男の脇腹にはどう見ても似つかわしくない布があるので、治療をしていたのは確かなのだろう。しかし面白くない。


「…治療は終わっただろうか。」

「え?あ、はい。」

「そこの二人はスチルドクローテを討伐したのか?そうだとすれば、少し話を聞きたいのだが。」

「では、隣が私の部屋ですのでお使いください。ヒョーク様、ギュンターが新しい薬草を採取してきましたので、よろしければ成分抽出を。」

「わ、すぐに向かいます。ジェイ、ケルビー、失礼のないようにね。」

「…分かってる。」


 一分でも早くカレンの部屋から自分以外の男を追い出したく、シュテファンはジェイとケルビーを誘う。領主嫡子の言葉に逆らえる者などそうそういない。仕事ができたと急ぐカレンにつられるように全員がカレンの部屋を出て、それぞれの目的へ分かれた。

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