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「手当てをしますので、組合カードを見せてもらっても?」

「…あんたは?」

「カレン・ヒョークと申します。ここでは調薬のお手伝いをしています。」

「…横にいるのは?」

「光の聖獣と水の聖獣です。害意を向けない限りおとなしくしていますので、ご安心を。組合カードをお見せいただけますか?」


 冷静に、落ち着いて、と意識して話すカレンに、冒険者も胡散臭げながら組合カードを提示する。名前を雑紙に記すと、カレンは青色の粒魔石を取り出した。傷口を出してもらい、そこに翳す。『シャワー』と念じると同時に手を離せば、細い水流となって傷口を洗い流した。


「…すげえ。」

「ありがとうございます。傷は…少し深いですね、中級を使用してもいいでしょうか?」

「あ、ああ。それよりあんた、水属性か?青瞳には見えねえが…」

「水属性ではありません。では、止血薬から使っていきますね。」

「…非属性魔法なのにあんだけ調整できるって…あんた、いったい何者だ?いや、待て…あんた、さっきこいつらを聖獣と言ったよな。…もしかして、あんた…聖女様?領都にいる闇の聖女様、か?」

「…そう呼ばれることもありますけど、立場的にはあなたと同じ冒険者ですよ。」


 カレンの正体を知った冒険者は腕を取られたまま、わたわたと姿勢を正した。それを気にしている時間がもったいない。カレンは清潔になった傷口へ、吸液管と呼ばれるスポイトのような物で止血薬を吸い上げてかける。次に外傷薬を同じようにかければ、浅いながらも抉れていた傷口はなくなった。


「…おしまいです。ご協力ありがとうございました。」

「いやっ、こっちこそっ…」


 やっぱり魔法ってすごい。こんな簡単に傷が治るなんて…。カレンは傷口がなくなって綺麗になった腕を、青粒魔石を使って洗浄した。濡れたままなのは申し訳ないが、負傷人はまだまだいる。カレンの治療を受け終わっても半ば呆然としている冒険者に『すみませんが、腕はご自分で拭いてください』と会釈をすると、次の人へと場所を移動する。そうして何人も治療を進めるが、二陣、三陣、と討伐に向かっていた者達が戻ってきて休む暇はなかった。入れ替わるように薬品販売所で治療を待つ冒険者達の間をクルクル動くカレンの耳に、『最後の奴らが帰ってきたぞ!』と報せが飛び込んでくる。外から聞こえてきた大声につられるように玄関に視線を向ければ、明るかった空は明度を落としていて人の顔が遠目には判別できないほどだった。救護所に向かってくる人影がこれまでより少ないことに安心しつつ、カレンが治療に集中しようと顔の向きを戻そうとした時。カレンの瞳がふらつく男とそれを支えて歩く男を捉えた。


「っ!ジェイっ!ケルビーっ!」

「…ああ、カレン。ただいま。」

「ただいまじゃないっ!どうしたの!?」


 どうしたの、と聞く必要がないほど苦痛の表情をジェイは浮かべていた。ケルビーの肩に腕を回して体重を預け、どうにか立てている状態だ。もう片方の手で脇腹を押さえているが、その手は赤黒く汚れている。


「見せて!」


 有無を言わせずジェイの手をどけたカレンの表情が即座に険しくなった。等間隔で深く抉られた傷が3本、流れてはいないもののいまだに血を滲ませている。


「ひど…」

「…スチルドクローテにやられたんだ。よけきれなかった。」

「薬は?持っていかなかったの?」

「使って、これ。何とか戻って来れた。」

「…ケル、宿に戻るぞ。」

「なに言ってんだ!治療をしてからだ!」

「そんな金ねえだろ…」

「せめて下級薬だけでも!」

「何本使うか分かりゃしねえ…。無駄だ…」


 苦しそうな声でそう言うと、ジェイはカレンの手をはじくように退かして脇腹を押さえる。体勢を整えようとケルビーの肩に置いた腕に力を入れ、激痛に顔を歪めた。


「…止血薬分ぐらいならある?」

「え…?」

「お金!中級止血薬1本分なら買える!?」

「あ、ああ…それくらいなら…」


 ケルビーの返事に、カレンは剣帯につけた鞄から小瓶を取り出した。中身は疲労回復薬で、カレンが冒険者となった初期の頃に装備と合わせて揃えたものだ。だいぶ前のことだが、封栓を開けない限り劣化しないらしいので問題ないだろう。


「疲労回復薬。飲んで!」


 ジェイに断らせないように強い口調で言い、封栓を開け、彼の口元に持っていく。カレンの勢いに押されるように開いた口内に流し込むと、青粒魔石で小瓶を洗浄して中級止血薬を入れた。それをケルビーに握らせる。


「私の部屋で待っていて。ここにいる人達の手当てが終わったらすぐに行く。ベッドあるから、辛かったら横になってていいし。スイ、案内お願い。二人についててくれる?」

「まかされた。」

「ありがとう。ケルビー、スイが案内するからついてって。それと、ジェイの傷口を綺麗に洗える?」

「うん。」

「じゃあ、綺麗にした後でその止血薬をかけといて。血が止まれば、少しは楽になると思うから。」

「…悪いね。」

「何も悪くないでしょ。できるだけ早く行くようにする。ジェイ、少し我慢しててね。」

「ああ…」


 カレンのそばを離れたスイがジェイとケルビーを促すようにして救護所の奥へと進んでいく。その後を追う二人の背中を見送って、カレンは治療に戻る。最後の集団に冒険者はそれほど多くなかった。穢獣部隊が責任を持ってしんがりを務めたのだろう。一人一人の傷は深かったが、カレンはこれまで以上に集中して次々と治療を終わらせる。自分が治療できる人が残っていないのを確かめると、カレンは衛生組員に報告をして3階に上がった。


「お待たせ!」


 飛び込むようにして部屋に戻ったカレンは真っ直ぐにジェイのそばへ寄った。よくよく見れば、ベッドの上で背を壁に凭せ掛けているジェイは戻ってきた時よりさらに顔色が悪くなっている。だいぶ血を流してしまったようだ。


「気分は?」

「…いいとは言えねえな。」

「だろうね…。血の気が失せているもん。上、脱げる?」

「ああ…」


 のんびり話している場合ではない。動くのも辛そうにのったりと服に手をかけたジェイを助け、カレンは彼の上半身から服を剥いだ。新鮮で肉々しい色をのぞかせる傷口は思った以上に深く抉れていて、平和に暮らしてきたカレンにとって悪刺激が過ぎた。一瞬、目の前がクラリと揺れる。


「…お前こそ大丈夫か?」

「…ごめん、大丈夫。ここまでひどいの見たことなくて、変にドキドキしてる。効くといいんだけど…」

「カレン、それは?」

「あぁ、ケルビー。洗浄と止血、ありがとう。これは膏薬だよ。2、3日前に指を切っちゃってね、その時に私が作ったものだから正規の薬じゃないの。どれくらい効くか分からないけど、何もしないで治るのを待つよりはマシだと思って。…ジェイ、塗っていい?」

「…おう。」


 どれくらいの効き目があるか分からないが、配合的には上級薬と同等だとヴェンツェルは言っていた。人体に影響もなさそうだとのこと。カレンは指で膏薬をたっぷり掬うと、祈る気持ちでジェイの抉れた脇腹へ塗っていった。まず他人の脇腹の中に自分の指が入っている絵面がおかしい。感触も生々しくて背中にゾワゾワとしたものが走る。眉間の皴が深くなる一方のまま、カレンは傷の表面を覆うように掬った膏薬を滑らせていった。


「…痛みが…消え、た?」

「鎮痛成分が入っているから。てことは、薬自体は効いてるってことね。よかった…。修復成分と止膿成分も入ってるから、このまま効いてくれるといいんだけど…。」


 緊張がほぐれた声のカレンに、彼女の後ろに立つケルビーからも安堵の息が零れる。カレンはケルビーに膏薬を渡すと重ねて塗るように頼み、自分の荷物から蠟紙と封布を引っ張り出した。先ほど、ケーキの材料と合わせて購入した物だ。それを適当な大きさに切り、ジェイのところへ戻る。塗り終えたケルビーと場所を代わり、蠟紙、封布の順に傷口を塞ぐように乗せた。


「絆創膏。」


 蝋紙はつるつるとした紙で傷口にくっつきにくい。封布は封栓の布版で、魔力を込めて密着させれば、封布内は劣化しない。本来は作ったケーキを保管するために買ったのだが…。ふと思いついた使用法が成功した。そっと手を離したカレンは深く息を吐き出した。


「…ジェイの腹が面白いことになった。」

「…うるせ。」

「…ふふ、ごめん。その封布しかなくて。」


 鍛えられた体に淡色の縞模様が可愛らしい布が張り付いている。どう見てもちぐはぐな様に、張りつめていた雰囲気にのまれてそれぞれが言葉を発するのに時間を要した後、緩むのに合わせて力の入らない情けない笑いが三人から漏れた。ジェイとケルビーから緊迫感が抜けたのを感じ、カレンは二人の顔を交互に見る。


「何があったの?」

「スチルドクローテが何匹かいたんだよ。合図を出して穢獣部隊が来るまで様子を見てたんだけど、そのうちの一匹に見つかっちゃって。」

「あの合図、二人だったんだ。長い時間かかったね…。」

「近くにいた冒険者も集まったはいいが、なかなかスチルドクローテを仕留められなくてな。一度標的にされるとしつけえんだよ。」

「他の奴らも、手を出そうにも中途半端になりそうでね。結局、俺ら二人でその一匹を討伐するような形になって。で、このざま。」

「よく無事で…いや、大怪我しちゃってるんだけど…死ななくてよかった。」

「カレンのおかげだよ。」

「え?」

「カレンがくれた加護細工。あれがあったから討伐できたんだ。ごめん、威力増幅のために使っちゃった。」

「それで合ってるんだって。躊躇なく使ってほしいんだから。あんなのでよければ、いくらでも作る!」

「はは、頼もしいね。なあ、ジェイ。」

「ああ…助かった。」

「うぅん、ほんとジェイが死ななくてよかった。二人はもう依頼達成したんでしょ?これ以上無理しないでね!」

「だね。スチルドクローテを討伐したから、報酬貰ったら領都へ帰るつもり。発見報酬と討伐報酬で予定より稼げたし。」

「あ、さっき使った中級止血薬分は差し引かれるのは知ってる?」

「そういう方式なんだ。」

「なんか予測以上に負傷人が多くて、販売だと混乱しちゃう可能性があったから治療対応することにしたみたい。」

「それでカレンも駆り出されてたってわけ?」

「救護所のお手伝いが私への依頼だもん、できることはしなくちゃ。」

「この薬代は?」

「それは私用だから売り物じゃないよ。ちゃんと効くかも分からないし、値段はつけられない。ほかの人の前で使うのもどうかと思ったから部屋で待っててもらったの。」

「すっごく助かった。あの傷、手持ちの薬だけじゃどうしようもなかったから。」

「ジェイ、鎮痛成分が効いてて痛くないだけなんだから無茶しちゃダメだよ!」

「分かってる。あと2日分の宿代は払ってあるから、宿で過ごす。」

「じゃあ、帰る前にここに寄ってくれる?傷の治り具合を見たいから。」

「ああ。」

「今日はお風呂に入る?入るならそこに防水魔法かけるけど。」

「シャワーぐらいは浴びてえな。」

「了解。」


 防水魔法、というよりは防御魔法をかけよう。防御魔法とは『何かを防ぐ』魔法だとカレンは考えているので、意外と応用が利く。なぜなら魔法はイメージするものを具現化するものだから、想像できるものは何でもござれだ。魔法って便利!カレンはジェイの脇腹に密着させた封布へ手を翳した。


「バリア。」


 防水も、防汚も、防菌も、傷に障るようなものは全てシャットアウトしてくれ。そう願いながら防御魔法をかけた封布を一撫でする。


「…くすぐってえ。」

「感覚あるのは生きてる証拠。私のところに伝わるおまじない、かけてあげる。ちちんぷいぷい、いたいの、いたいの、とんでいけー!」


 最後は思いきり揶揄った。確実に理解できないはずなのに見上げたジェイの顔は嫌そうに顰められていて、カレンの唇が弧を描く。もう一摩りとカレンが手を動かそうとした時、扉から剥啄が聞こえた。

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