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カレンが穢獣討伐に参加して十日が経とうとしていた。スチルドクローテと化しそうな個体は、冒険者達へ依頼することで討伐がほぼ終了したらしい。現に薬品販売所の脇に設置してある掲示板からも討伐依頼書の数は減っていた。今はスチルドクローテ捜索の依頼や薬草採取の依頼などが貼り出されている。スチルドクローテの捜索は見つけてから合図を送るので、現場へ穢獣部隊が到着するまでどうしても時差が出てしまう。その間にスチルドクローテに認識されると危険だ。穢獣は生き物と見るや襲ってくるものだが、逃げるわけにもいかない。穢獣部隊に引き渡して依頼達成となるため、どうにかしてスチルドクローテと同じ場所にいる必要がある。攻撃をよけつつ時に反撃をしながら穢獣部隊の到着を待つ、これは実力のある冒険者にも骨の折れることだ。逆に薬草採取の依頼は、討伐依頼を求めて集まった冒険者達にとっては『やってらんねえ』こと。依頼を受け、達成し、報酬を得ることで冒険者の生活は成り立つ。というわけで、これ以上残っていても意味がないと判断した冒険者達はヴェルスチエデン地区から去っていった。残っているのは腕に覚えのある冒険者達と新しくやってきた採取依頼目的の冒険者達。穢獣部隊員は冒険者のランクが二極化していることを不安視している。腕に覚えがある者は自分の力を過信してしまいがちだし、低ランクの者は危険を予測する経験値が少なく察知できないことが多い。どちらにしても『無茶はしないように』と注意喚起することしかできないが。
「合図が上がったぞ!」
救護所に飛び込んできた一報に、下を向いていたカレンの顔が上がる。向かいに座っていたギュンターも顔を上げ、続きを待つように作業を止めた。垂布の向こうから聞こえてくる声に、調薬室の空気がピリリと鋭くなる。
「色は?」
「緑。」
「…了解した。」
診察室に待機していた衛生組員が低く返事をする。バタバタと足音が騒がしくなった垂布の向こうに刺激されるように、調薬室を取り仕切っているヴェンツェルも声を硬くして指示を出した。
「…怪我人がたくさん出る可能性があるな。外傷薬と回復薬を多めに作っておこう。ヒョーク様、届いている薬草の成分は全て抽出してしまってください。」
「はい。」
「ギュンター、お前は薬草の採取をして来い。危ないところへは行くなよ。」
「分かったよ、爺ちゃん。」
「キーランドさん、ギュンターさんについていってくれませんか?私は救護所から出ませんので。」
「ですが、…」
「お願いします。キーランドさんが戻ってくるまで救護所から出ないと約束しますから。」
「…畏まりました。」
「ありがとうございます、ヒョーク様、キーランド様。すみません、僕のために。」
「いや、外が危ないのは事実だからな。ヒョーク様の仰る通りギュンターだけでは確かに心配だし、俺はここにいてもソワソワして邪魔になるだけだ。その代わり、大量に薬草を摘もう。」
「はい!」
「よし、ではそれぞれの仕事にとりかかってくれ。適宜休憩を取るのを忘れずに。」
冒険者達は穢獣部隊から四色の魔石を渡されている。スチルドクローテに遭遇した時に場所と程度を報せるために上空へ放つのだ。黄魔石は単体、青魔石は複数か巨大化が単体、緑魔石は巨大化が複数、赤魔石は『チェフ』と呼ばれるスチルドクローテ、どこにどれだけ現れたか一目で判断できるようになっている。先ほど報告されたのは『緑』、すなわち巨大化したスチルドクローテを複数討伐するということ。難易度は高い。慌ただしくなる周囲の雰囲気にのまれるように、カレンの気が逸る。抽出作業が雑にならないよう視線の先に集中し、丁寧になるよう自分に言い聞かせながらカレンは薬草から成分を取り出していった。
薬草を採取しに外へ出ていたギュンターが帰ってきて、その薬草から成分を抽出し終わっても討伐に向かった穢獣部隊は戻ってこない。することがなくなったカレンは2階の調理室にいた。これからどうなるか読めない現況なので、休憩は取れる時にした方がいい。その時に食べ物があると少しは気持ちが安らぐのではないだろうか。そう考えたカレンはキーランドを連れて町で食材などを買ってきたのだ。白麦粉、砂糖、乾燥酵母、塩、牛乳、卵、バター、乾燥果実を混ぜ合わせてタネを作り、蠟紙で作った器に半分ほど入れ、水を張った鍋に並べて10分ほど蒸す。手軽にできる蒸しケーキだ。ほんの少しだけ青勇芳から取れる疲労回復成分を入れてある。『何となく元気になったかも』と思ってもらえれば上々、小さめに作ったので手が空いた時につまんでもらえるだろう。
調薬室にいる人数分のお茶を入れ、深皿に入れた蒸しケーキと一緒に階下へ運ぼうと用意していると、下がにわかに騒めき立った。
「戻ってきたぞ!」
「手の空いてる奴は手伝ってくれ!」
怒鳴る声にドクンと心臓が重く反応する。不安に駆られながらも階段を下りれば、廊下には何人もの穢獣部隊員が壁に寄りかかって座っていた。そこを縫うようにして診察室へ入ると、神官がベッドに寝かせられた隊員に魔法をかけている。ひどく顔色の悪い隊員は苦しそうに魘されていて、彼の周りには澱んでいるようにもやもやとしていた。スチルドクローテの穢れが移ってしまったのだ。診察室へいきなり入ってしまったことを目礼で詫びながら、カレンは奥の垂布をくぐって調薬室へ向かう。いつもより厳しい表情で薬を作っているヴェンツェルの手が止まるのを待って、カレンは自分のすべきことを尋ねた。
「成分抽出をしようにも薬草がないんです。これからギュンターにまた取りに行かせますが…」
「それなら向こうでお手伝いができないか聞いてきます。キーランドさん、またギュンターさんについてもらえますか?」
「畏まりました。」
「ありがとうございます。ギュンターさんもキーランドさんもお気を付けて。お茶と軽くつまめるものを作ってきたので、よかったら食べてください。こっちの机に置いておきますね。」
慌ただしい確認を終えると、カレンは調薬室を出た。その際、垂布の向こう側から叫ばれた薬を運ぶ。薬品販売所側の診察室では衛生組員が負傷者の治療をしていた。
「聖女様!?」
「薬を持ってきました。」
「え!?あ、ありがとうございます!」
「他に私ができることはありますか?」
「…助けていただけるのなら薬品販売所にいる奴らの手伝いをお願いします。こんな状況ですから薬の販売は停止していて、冒険者達は自分で手当てできません。隊員を優先しているので、冒険者への処置が遅れがちになってしまって。」
「分かりました。薬品販売所にいる方に聞いてきます。」
「ありがとうございます。よろしくお願いします。」
廊下から薬品販売所へ回れば、同じように何人もの冒険者が座り込んでいた。いつもは賑やかな場所が重い空気を漂わせていて、カレンの喉が小さな音を立てて動く。そこにいる衛生組員は二人だけ。カレンは意を決するよう手に力を籠めると二人に近づいた。
「私に手伝えることはありますか?」
「あ!?うるせえ、順番をまっ…聖女様っ!失礼いたしました!!」
あちこちに座っている冒険者達から治療を急かされて苛立っているのだろう。隠そうともせずに声を荒げながら振り返った衛生隊員は、カレンの姿を認めて焦ったように立ち上がった。一生懸命に何かをしている時に急かされてイライラしてしまうのは、カレンもよく理解できる。だから謝罪を重ねようとする衛生隊員の言葉を遮るようにもう一度聞いた。
「こちらこそ治療中にすみません。私でも手伝えることはありますか?」
カレンの言葉を、瞳を丸くしてポカンと聞いていた衛生組員は声が出なかった。行っていた治療も止まったまま、驚いたように目を大きくする。
「…聖女様に手助けしていただく?」
「はい。そうは言っても私は詳しくないので、傷口を洗浄したり軽傷者に薬をかけたりするくらいですけれど。怪我の具合を見てどんな薬が必要か判断することもできません。そんな私でもできそうなことはありますか?」
「聖女様が…俺達を助けてくれる、の…ですか?」
「できる範囲で、ですけれど。今は成分抽出できる薬草もなく、薬を作れない私は調合室にいてもどうしようもありません。こちらで出来ることがあればと思ったのですが…」
「あ…ありがとうございます!では、そっちにいる奴らを見てもらえますか?切創や咬傷なんかの単純な創傷なので、止血薬と外傷薬をぶっかければ治ります。薬の等級は傷の程度を見て決めていただければ。お願いできますか?」
「もちろんです。」
「誰に何をどれくらい使用したか、走り書きで構いませんので控えておいてください。後ほど報酬から差し引きますので。」
「分かりました。」
驚いていた衛生組員の表情が明るくなる。これを使ってくれ、と渡されたペンと雑紙を受け取ると、カレンはいったん調薬室へ戻った。ヴェンツェルに表で治療の手伝いをする旨を伝え、止血薬と外傷薬を持って座り込んでいる冒険者のそばへ行く。冒険者達は疲れからか怠そうに壁に寄りかかっていたが、カレンが近づくと警戒を露わにして身構えた。カレンの左右では聖獣が行動を共にしているので、穢獣を討伐してきた後では気が立ってしまうようだ。一人の冒険者の前に膝をつくと、カレンはコウとスイにも座るよう言う。そしてお疲れ様ですと挨拶をした。




