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067

 ある晴れた朝一、漁業区域へと続く道。荷馬車がゴトゴト、聖女を乗せていく。頭の中ではかわいい仔牛がこちらを悲しそうな瞳をして見ている。『知ってるか?お前も仲間なんだぜ』と言わんばかりの強い視線で。


「乗せてもらえてよかったですね。」

「はい、本当に。歩いていくとなると倍ぐらいの時間がかかってしまいますし、途中で挫けてしまうかもしれませんから。あまり苦労なく目的地まで行けそうで運がよかったです。」

「今回の依頼、ヒョーク様が一緒で心強いです。初めはそうでなくても、だんだんと必要数が増えるでしょうから、無理せず頑張りましょうね。」

「はい。」


 今回の討伐場所は領都から歩いて二日、馬車でなら一日かかる。漁業区域の中でも領都に近い湖のほとりらしい。荷馬車の幌の中でギュンターに説明を聞きながら、カレンは今更ながらの情報収集に当たっていた。


「これから行くところは領都に一番近い湖なんですよ。漁業男爵様の直轄地区で、ここの魚は新鮮な状態で商業区画まで運ばれるそうです。だからここが穢獣にやられてしまうと、ただでさえ高い魚がもっと高くなるって母さんが零していました。」

「なるほど…、魚が高くなるのは痛いですね…。」

「そのまま被害が領都まで拡大するのも困ります。」

「あぁ…その心配もありますね。」


 はるか後方にはすでに見えなくなった領都がある。揺られるたびに遠ざかっていく領都の方へ視線を向けてカレンは小さく息を吐き出した。


「こういったことは初めてなので緊張しています。」

「スチルドクローテを直接討伐することはないと思いますけれど、穢獣相手は何が起きるか分かりませんからね。」

「討伐依頼されてもできないですけど。」

「はは、僕も同じです。僕達は救護所にこもりっきりだと思いますよ。病人は神官様、怪我人は穢獣部隊の衛生組にお任せで、爺ちゃんが上級薬、父さんと伯母さんが中、下級薬を作ります。ヒョーク様と僕は基本的に抽出作業を行っていればいいと聞いています。」

「重病人や重傷人が出ないといいのですが…。」

「まあ救護所が使われないなんてことはないでしょうけど、僕達が暇を持て余せるのが一番ですね。」

「私もそう思います。」


 ゴトゴト、ゴトゴト。車輪から響いてくる道の凹凸は地味に腰とお尻へ負担をかけてくる。カレンは防御魔法の中に風魔法を入れてクッションを作ると、もぞもぞと座り直した。透明なクッションのおかげで負担は少なくなったのだが、ギュンターから見ればカレンに疲れが出たように感じたのだろう。自分も姿勢を変えてから、ギュンターはカレンに声をかけた。


「大丈夫ですか?」

「はい。ギュンターさんは?」

「僕も大丈夫です。まだまだかかるでしょうから、辛くなったらすぐに言ってください。」

「ありがとうございます。」


 二人のやり取りが聞こえたのか、荷馬車と並行していた馬が後ろについた。乗馬しているのはキーランドで、心配そうな目をカレンに向ける。


「ヒョーク様、少し休まれますか?」

「いいえ、大丈夫です。私は座っているだけですから。キーランドさんは大丈夫ですか?」

「私も問題ありません。ご心配ありがとうございます。」

「御者の方は大丈夫そうですか?」


 この荷馬車は、『領都から漁業区域へ戻る際には、討伐依頼を受けた冒険者を乗せるように』とキーランドの実家であるフィスチェレイ家が出した通達に従った区域民が御している。カレンが討伐に参加すると知ったフィスチェレイ家は、カレンに直接依頼をした。内容は討伐が完了した後、スチルドクローテがいた湖や周辺に異常がないか確認してほしいとのこと。もし穢れ等が残存しているのなら払ってほしい、とも頼んだ。産業の中心である湖は当然だが、そのほとりには町もフィスチェレイ家の邸宅もあり、人々が生活を営んでいる。そこの正常に守るのが管理者としての役目というもの。キーランドの父親であるフィスチェレイ男爵の言葉は尤もであり、カレンは承諾した。

 穢獣部隊が出動するにあたって、フィスチェレイ家はいくつかの協力を申し出ている。その一環でキーランドはカレンの護衛に就くことになった。これはオストシエドルングを領するアッカーベルグ家の意向も含まれている。アッカーベルグ家に仕える者として、フィスチェレイ家の一員として、キーランドも異議を唱える必要もなく、こうして荷馬車の横についていた。この荷馬車は領都と漁業区域を結ぶ定期便で、厚意によってカレンとギュンターは乗せてもらっている。湖のほとりで暮らす人達も、自分達の生活を守るために動いている穢獣部隊や冒険者達へ積極的に協力をしていた。


「それにしてもヒョーク様、そういう恰好は初めて見ました。」


 遠慮がちに、だがしっかりとギュンターの視線がカレンの体をなぞる。ギュンターの言う『その恰好』とは女性冒険者が来ている服装のことだ。なるべく素肌を晒さないための立襟のシャツと長ズボンは、蜜穴熊の毛と麻繊維の撚糸で作られた丈夫な布地でできている。その上から着ている膝上丈の鮫革製ワンピースは鎧代わりで、上部は体にぴたりとくっついているが、スカート部分は動きやすいようにひらひらと広がるようになっている。さらに鮫革製の膝丈ブーツ、豚革製のフード付きマント、剣帯を着けたカレンの見た目は一端の冒険者だった。


「この際だから、と一式揃えてみました。そう言うギュンターさんもナイフやマントを着けているじゃないですか。」

「いちおう穢獣討伐の一員ですからね。万が一に備えての恰好です。」

「私も同じです。」

「着慣れないのでそわそわしますが。」

「きっと数日で慣れますよ。私も慣れなきゃ。」

「お似合いですよ。」


 ゴトゴト、ゴトゴト。青い空、そよぐ風、幌から見える天には鳥が飛び交う。荷馬車が漁業区域へ、聖女を乗せて行く。もしも翼があったとしてもここまで来て領都へ戻ろうとは思わないが、できれば無傷で依頼を終わらせたい。カレンは悲しい瞳の仔牛と共に、荷馬車に揺られ続けた。




 漁業区域には湖がいくつかあり、湖を中心に集落が作られ、人々は自然の恩恵を受けたり養殖したりしながら暮らしている。カレン達がたどり着いたのはヴェルスチエデン湖を中心にしている、『ヴェルスチエデン地区』と呼ばれる場所だった。湖には多種類の魚がいて、領都の台所の彩りを担う大切な湖の一つである。区域管理者が住んでいるので中心地区とも呼ばれ、道なりに漁業区域の中で最大の町がある。そこを通り抜けると草原の広がる足元になり道が二つに分かれ、左側の道の先にヴェルスチエデン湖はある。二又に分かれた場所から湖までの間に漁業組合の建物がいくつかあり、魚介類の買取や加工を行っていた。町の人々の大抵がこの漁業組合で働いている。


「聖女様、お待ちしておりました。」


 道が二又に分かれる部分で荷馬車が止まる。キーランドから到着したと告げられ、カレンはマントのフードを被った。ミニマム化していたコウとスイが従者の大きさに戻りカレンの両脇に寄り添う。キーランドの手を借りて荷馬車から降りたカレンを待ちかねていたように、出迎えで立っていた穢獣部隊長が声をかけた。


「…遅くなりました。よろしくお願いします。」

「来ていただき感謝いたします。さっそくですが、救護所へ案内いたします。着いてきてください。」


 乗せてもらった荷馬車に礼を言い、カレンは部隊長の後に続く。荷物はキーランドが持っているので楽なものだ。二又に分かれたところから湖までの草原は穢獣部隊の設営地になったらしく、救護所はその中でも町寄りに設けられていた。土魔法を得意とする穢獣部隊支援隊設営組員が作ったらしい。カレンの世界で言うプレハブ棟みたいなものだ。中は一階が診察室と薬品販売室と調薬室、二階が入院室と食事関連、三階が水回りとカレン達の個室となっている。


「狭くて申し訳ないです。どうかお許しを。」


 そう通された部屋は一番奥にあった。簡素なベッドと机と椅子のみが置かれている。ここでしばらく寝起きすることになるのかとカレンはさっと部屋を見回した。


「問題ありません。お気遣いどうもありがとうございます。」

「食事の支度や掃除、洗濯などは部隊の衛生組がします。ご不便なことがありましたらすぐに仰ってください。」

「ありがとうございます。お世話になります。」

「いいえ、俺達の方こそ聖女様が来てくださったことに感謝いたします。よろしくお願いいたします。」


 荷馬車でも丸一日かかる移動距離は、既に日がすっかり沈んで屋外は暗くなってしまっている。今日はもう何もできないだろう。抽出作業は明日からということになった。隣はキーランドが寝泊まりするらしい。カレンの荷物を丁重にベッド脇に置いて部屋を出て行った。


「…移動するだけで疲れた。」

「今日はもう休め。」

「そうする。コウもスイも休んでね。」

「スイ、つかれてない!」

「そうなの?でもこの部屋にいてくれると安心できるから、お願い。」

「わかった!」


 しゅるりとミニマム化したコウとスイがパタパタとベッドの上を飛ぶ。カレンもベッドに腰かけながらシュミーズ姿になった。もそもそと寝転がれば思った以上のフカフカさにとろんと瞼が重くなる。


「浄化、殺菌…施錠。」

「スイがいる!」

「うん、頼りにしてる。おやすみ、コウ、スイ。」

「おやすみ。」


 もにゃもにゃと呟いて魔法を発動させたカレンに、スイが寄り添うようにカレンの腕の中へ潜り込み、コウがゆったりと返事をして天井に視線を向ける。暗くなった室内に、ほどなくして静かな寝息が聞こえた。

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