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 部隊長がカレンへ責めるような険しい視線を投げる。非難が多分に含まれた鋭さにカレンは溜息をつきたくなった。一庶民に重責を担わせないでほしい。


「聖女様は漁業区域を救ってくれないのか!俺達を見捨てると言うのかっ…!?」


 部隊長が声を荒げた瞬間、カレンの前にコウが立ちはだかった。従者の大きさに戻り、牙を剥き出しに、グルルと低く唸りを上げる。次に部隊長がカレンを否定しようものなら、コウは迷わず部隊長を襲うだろう。カレンは慌てて立ち上がりコウの首に抱き着いた。『大丈夫だから』と顎下を宥めるように撫でる。それでもなお言葉を重ねようとする部隊長が口を開きかけた時、団長が大きな声で部下を制した。


「ティル!」


 名前を呼ばれて姿勢を正す部隊長を一瞥すると、団長はコウに視線を向けた。


「光の聖獣よ、すまなかった。我々に聖女様を愚弄する気は塵ほどもない。部下が大変失礼をした。」

「…」

「聖女様にも謝罪いたします。大変失礼いたしました。」

「…いえ、お気になさらず。」

「団長…っ!」

「…お前は下がっていろ。部屋の前で待て。」

「しかしっ…!」

「命令だ。」

「…は。」


 不本意だと硬い表情で示しながら部隊長は渋々と席を外した。扉が乱暴だと感じられるような音で閉められ、団長は顔を顰める。そして気持ちを落ち着かせるように息を吐き出し、カレンに視線を向けた。


「…部隊長が失礼いたしました。あれは隊長級の中でも若く、少々直情的なところがありまして。それに漁業区域の出身でして、今回の任務に気持ちが入ってしまっているのです。」

「それは…」

「だからと言って聖女様に対して取るような態度ではありませんでした。改めてお詫びいたします。」

「…いえ、先ほど謝罪は受け取りましたのでお気になさらず。」

「しかし、勝手ながらティルの気持ちも理解できるのです。俺も漁業区域の出身ですので。」


 多少表情を緩めた団長が困ったように口角を上げる。カレンは団長の言葉に引っかかりを覚えた。話の前にされた自己紹介の時からカレンの脳内で何かが引っ掛かっている。何だろう?名前…漁業区域…?


「ご実家が漁業区域におありなのですか?」

「はい。実家と言っても今は甥が当主なのでたまに足を運ぶ程度なのですが。」

「…失礼ですけれど、団長さんのお名前をもう一度お伺いしてもいいでしょうか。」

「ボリス・エドレル・ヴォン・フィスチェレイと申します。実家は漁業区域の管理を任されています。」


 あ、とカレンの目が大きくなる。


「もしかしてキーランドさんのご親戚ですか?ご当主様は確か…グリシャ・フレイヘッル・ヴォン・フィスチェレイ様でしたよね。」

「はい。キーランドは大甥にあたります。」

「そうでしたか。えぇと、フィスチェレイ家は代々漁業区域を管理されているとか。」

「アッカーベルグ家の方々には我が一族の誠意を汲んでいただいています。」

「それは…その、今回の一件はかなり心配ですね…」

「はい。ですからティルの気持ちも理解できるのです。」


 あぁ、とカレンは急激に気が重くなった。これは断りづらい。気付かなければよかった…。表情を暗くしたカレンに、団長は苦笑する。


「俺は準爵ですし、フィスチェレイの本家から外れています。準爵位も騎兵団の団長になった時に先代のご領主様から頂いたものです。それまでは先代男爵の弟、つまり平民と変わりません。フィスチェレイの名で聖女様にお願いすることはないので安心してください。」

「…オストシエドルングの役に立てるのならお手伝いしたいと言う気持ちはあるのです。けれど討伐に関しては足手纏いにしかなりませんし、治療に関しても専門ではないので何かあった時に責任は取れませんし…。」


 カレンは感謝している。まったく無知の状態で放り出された場所がオストシエドルングだったことに。領主に保護されたことに、友人ができたことに、知識を教えてもらえたことに、一介の冒険者として受け入れられたことに。だからオストシエドルングの役に立ちたい。…ただし聖女などと言う崇高な人間ではないので、『自分に負担がかからない範囲で』と言う安全圏内でだが。


「聖女様、『オストシエドルングの役に立ちたい』と言うお言葉は本心でしょうか。」

「はい、もちろんです。」


 それまで黙していた組合長の質問に、手前勝手な考えを胸にしまってカレンは頷く。オストシエドルングの役に立ちたいのは本心だ。


「ではフィスチェレイ様、救護所の手伝いをしていただくのはどうでしょう。聖女様は薬品店から生産依頼を直接受けています。あのドロゲンヴェルカウフからです。なんでも聖女様が薬草から抽出された成分は非常に品質が良いのだとか。」

「おお、まさにこれから直接依頼に行こうとしていたところです!あそこは冒険者がよく通う店ですからな、現地にいてくれるだけで心強い。そこに聖女様もいるとなると効果は相乗するでしょう!」

「…あの、私は…」

「聖女様、改めてお願いいたします。簡易ではありますが独立した救護所を作り、個室をご用意いたします。どうか現地で成分抽出をしていただきたい!」

「…身の安全はお約束くださいますか?」

「騎兵隊女性部隊から護衛をお付けします。救護所は後方に設置いたします。聖女様が前線へ出ることはありません。」

「…ここで作って漁業区域に送る方法もあると思いますが?」

「聖女様のお姿が現地にあってこそ、穢獣部隊も冒険者達も安心してスチルドクローテを討伐できると思います。そうですよね、フィスチェレイ様。」

「組合長殿の言われる通りです。ぜひとも現地で成分抽出をお願いしたく!」


 成分抽出の技術が役に立つのなら手伝うのは吝かではない。しかし何も現地でなくてもいいのではないだろうか。自分が現地へ行かなくてもいいのに、と言う思いがどうしてもカレンにはある。けれど、組合長や団長が言うことも理解できた。肯定的な答えを期待している二人の前で悩んだ挙句、カレンは条件を付けて依頼を受けることにした。


「ドロゲンさんのお店が穢獣部隊さんからの直接依頼を受けたのなら、私も現地へ同行します。」

「おお、ありがたい!」


 ようやく表情を緩めた団長は深々と頭を下げて礼を述べる。


「ではさっそく、ドロゲンヴェルカウフのところへ依頼してまいります。聖女様とは明日にでも詳細を詰めたいところですが構いませんか?」

「…ドロゲンさんのところで強要や脅迫をなさいませんよう、お願いいたします。」

「もちろんです。」

「ご心配には及びません、聖女様。ドロゲンヴェルカウフは荒くれの冒険者相手に商売をしているのです。騎兵団長様相手でも及び腰になることはないでしょう。」


 そう請け負った組合長は『明日の前水時、この部屋をお使いください』と、まるで直接依頼が決まったような口振りだった。団長と言い、組合長と言い、まだ決定でないのに…。半分諦めながらもカレンのしがない反抗心はむくむくと芽生えた。




「先日は失礼いたしました。聖女様のお考えを無下にしてしまったこと、どうぞお許しください。」


 翌日、カレンが冒険者組合に行くと二人はすでに待っていると言われた。前水時になる前にカレンは到着したはずなのに、それでは騎兵団の二人は一体いつからいるのか。慌てて昨日の部屋へ向かえば、穢獣部隊の隊長から深く謝罪される。『聖女様のお考え』とは何のことだろう?ただただ自分にいいようにしか考えていなかったはずなのだが。カレンは訝しげに団長を見る。したり顔で頷いている団長にますます意味が分からなかったカレンだが、これ以上の謝罪は意味がないとばかりに丁寧に受け取って終わらせた。


「ドロゲンヴェルカウフから快諾をいただきました。救護所にて薬の提供をしてもらいます。聖女様にはそちらへのお力添えを願います。」


 部隊長が提示した内容は、用意された薬草から成分を抽出すること。及び、救護所での活動の補助。具体的には軽傷者の手当てや病人が出た場合に神官の補助をするなど、カレンにもできそうなものだった。そして危険手当に該当するのだろうか、報酬はいつもより多めに設定されている。それならばとカレンも承諾し、早急に準備を整えて漁業区域へ向かうこととなった。

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