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カレンに対しては丁寧に話していた組合長の張り上げた声と話し方に、カレンは驚いて立ち止まった。わらわらと集まる冒険者達に場所を譲って掲示板の前からどいた組合長は、視線の先にカレンを見つけると思案顔になる。組合長に続いて掲示板から離れた騎兵団の二人もカレンに気が付いた。
「…聖女様、少しお時間をいただいてもよろしいでしょうか?お願いしたいことがあります。」
黄瞳黄髪の騎兵団員の言葉に、カレンはビクリと身を竦ませる。このタイミングで『話がある』とは、おそらく討伐依頼に関してだろう。カレンは受けるつもりはないので話を振られても困るのだが、騎兵団員の言葉には断れない力強さがあった。少し間をおいてカレンは了承する。『さっきの部屋で』と先導する組合長に続いて騎兵団員達が、その後ろについてカレンは二階へ上がった。奥の一室へ入ると、応接ソファに座るよう勧められる。カレンが座った横に組合長、前に騎兵団の二人、体格の良い男3人に囲まれるような配置にカレンは内心で苦笑した。窮屈さも威圧感もビシビシと肌に刺さる。自分の意思を通すことはできるだろうか…。
「まずはご挨拶を。」
何も考えずにソファに腰を掛けたカレンだったが、騎兵団の二人が立ったままで言うものだから慌てて立ち上がる。オストシエドルングで暮らすようになって数か月。良くも悪くものんびりと過ごしていたせいか、社会人の基本が頭から抜けてしまっていた。初対面の人とは名刺交換から始まるのに。自己紹介を含めた挨拶は立ってするのが基本だと新人の頃に教わったのに。カレンは苦々しい思いを抱えながら、表面上はにこやかに笑ってみせた。うん、営業スマイルは大丈夫そう。
「失礼致しました。カレン・ヒョークと申します。」
「聖女様に先を越されてしまったか…。俺はボリス・エドレル・ヴォン・フィスチェレイです。オストシエドルング騎兵団の団長を務めています。横にいるのは穢獣部隊長のティルです。」
黄瞳黄髪の団長と赤瞳赤髪の部隊長。思いがけず高位に就いている二人にカレンは急いで頭を下げた。あの依頼は難しい討伐になるのだろうな、と片隅で考えながら。
「どうぞ楽になさってください。俺達は聖女様に頭を下げられるような立場ではありません。座って話しましょう。」
団長の言葉にカレンは横に立つ組合長に視線で窺い、小さく頷いた彼を見てから再び腰を下ろした。カレンが座ったのを見て騎兵団の二人も座る。言葉通り、カレンを自分の上に見ての行為だ。カレンも社会人になって受けたマナー講習やイリーネからの教えで団長と部隊長の考えは正確に読み取れた。聖女効果…とカレンは呼んでいるが、久し振りにそのような接し方をされてとてもむず痒い。しかし噯にも出さず、社交的な微笑みを浮かべ続けた。団長が準爵位であることが判明したので、カレンから話し出すのは作法に反する。まあ、話があると接触してきたのは団長側だし。
「早速で申し訳ないのですが、聖女様にお願いがあります。さきほど出された依頼についてです。」
「…はい。」
「内容をご覧になっていないと思います。簡単な説明になりますが、オストシエドルング騎兵団穢獣部隊が討伐依頼を組合に出しました。内容はスチルドクローテを討伐するにあたっての協力願いです。」
「あの…不勉強で申し訳ありませんが、スチルドクローテは穢獣ですよね?どのようなものなのですか?」
「…スチルドクローテは大亀の穢獣です。水陸両棲種で速く走り、泳ぐのも速く、30分は平気で潜る。討伐するには厄介な穢獣です。」
「亀なのに足が速いのですか?」
「大亀の穢獣ならばそこまで速くないのですが、スチルドクローテに分類されるものは多量の魔力を保持しているために人間で言う身体能力が上がってしまうのです。」
「それは他の種類の穢獣に関しても同じなのですか?」
「はい。聖女様もどうぞ気を付けてください。」
つまり、凶悪化した穢獣には個別名があると言うことだ。それが30体ほど確認された。そのうちの10体はさらに巨大化している。冒険者だけでも、穢獣部隊だけでも、単独では討伐しきれない。だからこそ穢獣部隊は冒険者組合に協力要請の依頼を出した。
「…このままでは漁業区域に甚大な被害が出る恐れがある、と言うことでしょうか。」
「仰る通りです。ですから聖女様にも直接依頼をお受けいただきたいのです。」
厳しい表情で依頼を口にする団長に、カレンは心臓が痛くなった。協力できることならしたい。けれどカレンは討伐依頼を受けるだけの覚悟はなく、実力から言っても足を引っ張るだけになるだろう。どう考えても負荷にしかならない。
「依頼内容をお聞きする前に申し上げておきますが、私は討伐依頼を受けたことがありません。また、生き物を殺したこともありません。獲物を捌けませんし、野営したこともありません。スチルド…あー、申し訳ありません、先ほど説明いただいた穢獣の名もまだ覚えられないほど穢獣に対して無知です。…そんな私に依頼をされますか?」
笑顔を消したカレンの断りに団長と部隊長が眉をきつく寄せる。聞いただけで討伐部隊の役に立ちそうもないと理解したのだ。特に部隊長は依頼しなくていいとばかりに団長の方へ顔を向けて視線を送った。カレンもそうして欲しいので、同じ思いを込めて団長を見る。しばらくの間、二階の個室は誰も言葉を発しない無音の空間となった。階下から聞こえる喧騒に意味もなくドキドキと胸を鳴らしているカレンへ、考えを纏めた団長がようやく口を開く。
「…討伐未経験であることは承知しました。失礼を申し上げますが、そのような方が前線にいても荷物になるだけです。」
「はい、その通りだと思います。ですから…」
「初めは穢獣部隊に加わり討伐に参加いただきたいと依頼する予定でしたが、変更いたします。どうか怪我人や病人の世話をしていただけないでしょうか。」
「…野営したことがない、と申し上げたはずです。一日、二日ならともかく、何日も天幕で生活するのは無理です。」
「聖女様には護衛をお付けいたします。簡易ですが生活ができる救護所を作る予定ですので、野営を心配される必要はありません。神殿の方にも神官の派遣要請を出しますし、医薬店にも人員募集をかけます。ですので、聖女様にも我々を助けていただきたく。」
「専門職の手を借りられるのならば、その方々で固めた方がいいのではないでしょうか。とにかく私は何に関しても経験不足ですので、今回のような危険を伴う依頼には同行しない方がお互いのためだと思います。」
「しかしあなたは聖女様だ!」
団長の強い言葉にカレンは瞠目する。言った団長本人もハッとしたように目を丸くした。シン、と部屋の中がひやりと冷える。気まずい雰囲気が漂う中、カレンは静かに息を吐き出した。
「…『聖女』はあなた方がそう呼んでいるだけであって、職業でも身分でもありません。また、私は神職に就いているわけでも医療従事者でもなく、命を預かる重責には耐えられません。」
「…」
「穢獣部隊の方々は穢獣を討伐するのがお仕事なのですよね?本来ならあなた方だけで討伐するものなのでは?」
「…」
「その専門であるあなた方の手に余るような規模だから冒険者組合に協力を依頼されたと言う認識で間違いないでしょうか?」
「…はい、その通りです。」
「私は冒険者登録をしていますが、依頼を受けるか受けないかは私が決めていいはずだったと記憶しています。そうでしたよね、組合長さん?」
「はい。登録時に説明した通り、本組合は独立組織です。国王陛下からのご依頼とて、断ることは可能です。また、依頼を受けた冒険者は王国の騎士団や各領地の騎兵団と対等な立場です。」
「…と言うことですので、ご依頼はお断りいたします。」
貴族相手に遠慮をするのは下策だ。体裁を虚仮にされたといらぬ恨みを買うこともある。そう教えたのはトゥバルトである。きっぱりと断ったカレンに、騎兵団の二人は苦々しい表情を浮かべた。それを見て『まだ他に思惑があるのでは』とカレンは感じる。
「…お話は以上でしょうか。」
ともすれば冷たく聞こえるようなカレンの言葉に、騎兵団の二人はぎゅっと唇を引き結んだ。




