062
「乾杯!」
食卓の中央にポコポコと泡を立てるチーズの鍋、周りには具となる肉や野菜、手元には酒。ミラとミリはビエルを、カレンは白ビエルを注いでいる。赤ビエルの雑味がどうにも苦手なのだ。チーズの鍋には赤魔砂で『保温』をかけているので、食事が終えるまでアツアツトロトロのチーズが楽しめる。コップを目の高さに持ち上げ、互いに目を合わせて一口飲めば、楽しい時間の始まりである。
「っあー!おいしいっ!!」
「ねえミリ、だからその飲み方は何とかならないのって毎回言ってるわよね?」
「だって一仕事した後のお酒は美味しいから仕方ないじゃない!それにミラとカレンしかいないし!」
「それはそうだけど。」
「大丈夫!男の前じゃ可愛く飲んでるから!」
「そういう問題じゃないって…」
あっという間にコップを空にしたミリはすぐさま次の一杯を注ぐ。豪快に盛り上がる泡に『おっと』と慌ててコップに口をつけるのはどの世界でも同じなのだろうか。カレンは空笑いを零しながら木串でパンを刺すとチーズに潜した。一口大に四角く切ったパンは表面をバターで揚げ焼いている。パンを回転させてとろりと伸びるチーズを切り、口の中に放り込む。猫舌の辛さは覚悟の上だ。涙目になりながらもチーズの塩味とパンのカリカリ具合をはふはふと堪能しているカレンに、ミラは話を切り出した。そんなミラの木串にはブロッコリーが刺さっている。
「それで?冒険者になったって言ったけど、どういう経緯で?」
「ミラ達にあげたそれ、売ることになって。」
次の具を物色しながらカレンはミラの手首を指す。そこには刺繍糸で作られた組紐が結ばれていた。
「ああ、幸運のお守り?」
「についているソレ。」
「カレンの国の伝統細工?」
「そう。基本の単純なものをね。勢いで決まっちゃったところが大きいんだけど、マジスさんのお店で取り扱ってくれることになって。そしたら必然的に金銭のやり取りをするでしょ。諸々の保証のためにも冒険者登録しておいた方がいい、ってなって。」
「なるほどー。だから町の中でも結構見かけたのね。」
「おかげさまで、好評いただいてるみたい。」
オストシエドルングに住む人々は、その身にカレンの細工品をつけている割合が多くなった。髪飾り、首飾り、耳飾り、腕飾り、鞄やエプロン紐に飾っている人も。男性も襟や胸、持ち物に着けていた。お手軽と言う点で5ゲルドのものをつけている人が多いが、お洒落に関心の高い若年層には8ゲルドや10ゲルドの品が人気だ。さらに言うならばマジスチェルステインの店に卸すようになって以降、バザーの時は通常よりも凝ったものを寄付するようにしているのだが、平民にはやや高価な価格にも関わらずあっという間に売り切れてしまう。それらを身に着けている人を見かけるに、どうやら富裕層平民のようだ。『おかげさまで食事の量が増やせるようになりました』と院長から感謝されている。フラウ・ウルズラと提携している貴族向けも順調に注文が入ってきているので、カレンはすでに平民と言えど富裕層に入っていた。いや、もしかしたら準爵よりも男爵よりも…。
「それで、伝統細工を作るのにグレンズワルドに入る必要があるの?」
「そっちは別の依頼。クララさんやドロゲンさんから薬草の成分抽出依頼を受けるようになって。さっきもそれで森に入ってたの。」
「聖女様のご加護がありそうね。」
「ないない!でもドロゲンさんが上手だって褒めてくれて、褒めてくれると嬉しいでしょ。私、褒められて伸びる子なのよ。」
「じょうずでちゅねー!カレンはおりこうさんでちゅねー!」
「ミリっ!ミリは食べちゃダメ!!」
「カレン様、申し訳ありませんでした!」
にやりと意地悪く笑いながら揶揄ってきたミリの前から、カレンが具材を乗せた木皿を遠ざける。即座に謝ったミリに『いいわ、許しましょう』と大仰に言ってひとしきり笑った後、カレンは冷箱から追加の酒を出した。ミラとミリに注ぎながら今度はカレンが二人に質問する。
「ミラとミリはどうしてオストシエドルングへ?シアナ様について王都へ行っていたのよね?皆様でお戻りになったの?」
「違うわよ。社交時季はまだまだ続くけど、私達は奥様から別の仕事を言い付かってこっちへ来たの。」
「寒さもだいぶ緩くなってきたでしょ。カレンの暖季の支度を手伝うようにって。化粧品とか服とか。」
「それと、マーラ様と若旦那様からお手紙を預かっているわ。」
「あー…」
…なるほど、とカレンは気持ちが落ちていくのを感じた。墓穴を掘ってしまったかもしれない。汚れないように布でくるまれた封書を受け取りながら、無意識のうちに小さく息を吐き出した。おそらくフラウ・ウルズラと粧飾店からマリーに報告が上がっているのだろう。マリーは辺境伯夫人である。すなわち、オストシエドルングにいる女性の中での最高峰であり、エストマルク王国全体で見ても影響力のある存在なのだ。二人が辺境伯夫人と昵懇である関係性を見れば報告があっても何ら不思議なことはない。しかしながら、個人情報だよ、プライバシー問題だよ、と詰め寄りたい気持ちも当然ある。そして、カレンはミラとミリを友人だと思っているのだが…。カレンの気持ちが目に見えて萎んだことにミラとミリは視線を交わし、そっと聞いた。
「…どうかした?」
「あー…うん、あのね、マリー様が気を遣ってくださるのはとても嬉しいんだけど、さすがに頼り過ぎてるなって反省したところで。服も化粧品も自分で用意してあるの。」
「え!ええっ!?私の楽しみがー!!」
「私、もういい大人だもん。自活できるところはしなくちゃ。大丈夫、明るい色も買ったから。」
「カレンは未成年でしょう?甘えられるところは甘えていいと思うけど。奥様だって頼られて嬉しいのではないかしら?」
「私が嫌なの。フッテを借りているだけで十分甘えてるって。」
「そんなことどうでもいいから!化粧品は!?ちゃんと肌に合うものを選んだでしょうね!?」
「うん。クララさんに相談して肌に合うものを作ってもらったよ。」
「ミリと同じ店じゃない。」
「そうなんだ。ミラは違うの?」
「私はあまり興味がないからもう少し安めのものを使っているわ。」
「…クララさんの腕なら信用できるけどー…今回の楽しみが…」
「ミラとミリは私に付き合うために帰ってきたってことは、もう帰らなきゃいけないの?」
「そうね。私達の本来の仕事はシアナ様のおそば仕えだから、ここでの仕事がないなら帰るわ。」
「それって今日中?」
「いいえ。さすがに今日は城館に泊まるつもりよ。帰るのは明日でしょうね。」
「…そっか。ミラとミリに時間があるならお手紙の返事を預けようと思ったんだけど。そしたらいつも通り郵便で送ることにする。」
「ミラ、待たないと!マーラ様からも若旦那様からもカレンの手紙を持ち帰るように言われたじゃない!」
「それはそうだけど…。でも奥様から言い付かったお仕事がなくなったんだから…」
「待つべきだって!奥様も『カレン嬢の支度が終わるまでお付き合いなさい』っておっしゃってたじゃない!」
「…都合のいい解釈ね。」
「カレン!手紙は心を込めて書くものよ!時間かけていいからね!」
キラキラ、と言うよりもギラギラと目を輝かせたミリが木串をくるくると振り回しながら力説する。休む時間が中々なさそうな二人をすぐに王都へ戻してしまうのは忍びなく、カレンはミリの提案に乗ったことを頷いて示した。木串を振り回すミリに危ないわよと注意しながら、ミラが残り少ない具からニンジンを選んでチーズをつける。おかわりは?と聞けば、それはいらないらしい。チーズフォンデュが終わったら、ケルビーから教えてもらった橙黄橘の砂糖煮をデザートに出そう。
「あとでカレンが揃えた暖季用の化粧品を見せてよ。カレンが選ぶ色、興味があるなー。」
「そんなにたくさんあるわけじゃないけど。」
「明日は私の買い物に付き合ってね。クララさんのところで私も暖季用の化粧品を揃えるつもりなんだ。」
「うん、喜んで。ミラはどうする予定?」
「そうねえ…。私は騎兵団の女性部隊にいる知り合いに会いに行こうかしら。」
「じゃあ後風時に野菜屋に集合で。明日は薄皮巻きが食べたいなー!」
「クレープね?」
「カレンの料理はおいしいから楽しみー!」
「…明日もいいの?カレン?」
「もちろん。二人と過ごすの楽しいもん。ジェイとケルビーにも声をかけなくていいの?」
「なっ…かけなくていいっ!」
「カレン、いいこと言った!けど、あの二人の家遠いからなあ…。商業区画でうまく会えるといいんだけど。」
「冒険者組合に寄ってみる?」
「あ、いいねー!そうしましょ!」
「星霜祭はとっくに終わっちゃったけど、ジェイがミラに陽慕花をあげるところ生で見れるかな?」
「カレンっ!」
まるで湯気が出るようにミラの頬がカアっと色づく。分かりやすい表情の変化に、ミリとカレンは声を上げて笑った。




