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 こうしてみると、コウと初めて会った時は手加減されていたのだと分かる。あの時も恐ろしいと思ったが、今ほどではない。この穢獣はカレンに対して害意しか持っていないのだ。カレンから視線を離さずじっと見つめて狙いを定め、カレンが一瞬でも隙を見せたら襲い掛かるつもりだろう。グルルと不気味に唸りながら頭は低い位置にあり、腰を高くして前足に力を入れていつでも攻撃できるような体勢を取っている穢獣に、スイも同じ姿勢で威嚇している。どうすればいい?どうすればスイも自分も無事にこの状況を脱出できる?カレンはいっこうに働かない脳に焦った。穢獣か、スイか、どちらかが動いてしまえば誰かの血を見ることになるかもしれない。


「と…とりあえず、スイにも、バリアを…」

「われはいらぬ!カレンのみをまもれ!」

「で…でもっ…」


 カレンの方を振り返らずに咆えるように答えたスイは一層前足に力を込める。にらみ合っている穢獣も同じように身を低くした。一触即発の状態が継続していてなお、カレンの頭には『怪我をしないように』『無事に』と場外れ的な考えしか思い浮かばない。スイにバリアを掛けるべきかいまだに迷っているカレンがもう一度聞こうとした時、穢獣の後ろからカレンの名が叫ばれた。


「カレンっ!!」

「カレン、そこにいなさい!動かないで!!」


 動くも何も、目の前が白い長毛に覆われた。


「コウっ!?」

「…どこもやられておらぬな?」

「うん。大丈夫、スイが守ってくれていたから。」

「そうか。」

「スイ、カレンをまもった!」


 ちらりとカレンを振り返ったコウの目は険しかったが、安堵も含まれている。カレンはようやく立ち上がってコウの首辺りに腕を回して抱き着いた。自分のことも褒めろと言うように、スイがすぐ横まで来て鼻先でカレンの腕を解こうとする。その顎下をわしゃわしゃと撫でれば、スイは満足そうに目を細めた。元の大きさのコウとスイに挟まれるように立つカレンは穢獣の方を見る。そこにはナイフを片手に穢獣とやり合っている女が二人いた。


「ミラ、ミリ…どうして…」

「我が連れてきた。カレンの石が急に熱くなってな。カレンの身に何かあったのだと分かったのだ。」

「え…」

「ちょうどあの二人がフッテへ参ったから、引っ張ってきた。案の定、カレンは穢獣に狙われていた。」

「私の石って…もしかしてコウにあげた、これ?」


 真っ白い長毛に隠れている伝統細工を手で探り当てて一撫ですれば、コウは肯首した。そうしている間にもミラとミリは穢獣を追い詰めていく。流れるような連携で交互にナイフを振るい、何回か刃が閃線を描けば、穢獣はどさりと雪の上に倒れた。赤く染められていく雪にカレンの眉間が険しくなる。上下した喉の音がいやに大きく耳に入ってきた。


「カレン、怪我は?」


 穢獣を見下ろしていたミラが駆け寄ってくる。雪が積もっているのにそれを感じさせない足運びに、カレンは『すごいな』と変なところに感心した。


「…私は大丈夫。ありがとう。それより、ミラとミリは?怪我してない?どこか痛めてない?」

「無傷よ、何の心配もない。」

「そう…よかった…」

「少し待ってくれる?穢獣を処理しちゃうから。」

「…穢魔石は私が綺麗にするよ。」

「助かるわ、持ってくるからここで待ってて。」


 穢獣のところに戻っていったミラはミリに話しかける。先に穢獣の処理をしていたミリは、離れた場所にいるカレンに手を振るとミラに穢魔石を渡して処理作業に戻った。ミリに緩く手を振り返し、ミラが持ってくるのをぼんやりと眺めながら、カレンはコウに疑問をぶつける。


「…どうして魔石が熱くなったの?」

「カレンの石ゆえ。」

「分からないんだけど。」

「この石はカレンの魔力だけでできている。そして我はカレンを加護すると決めた。カレンの身が危うい時は離れていても察することができる。」

「そんなものなの?」

「ああ。そなたが泉下の者になるまで、カレンを加護するは我ぞ。」

「ふふ、頼もしい。ありがとう。」


 結局よく分からないが、カレンの魔力が込められた石がコウをここへ呼び寄せたらしい。理解しきれないことを突き詰めたところで疲れるだけだ。カレンにとって魔力や魔法は超常現象のようなものだから、深く考えない方が吉だろう。ミラから受け取った穢魔石はまだ生温い血がついていて、カレンはミラとミリに処理されている穢獣にその場でそっと両手を合わせた。血は積もった雪で擦るようにして落とす。穢魔石も持っている手も綺麗にしてから、カレンは穢れを払った。黒魔石となったそれが雪の白さを鈍く映す。ミラとミリの方へしっかりとした視線を向けることはできなかった。


「カレン、終わったからこっちに来ても大丈夫よ。」


 カレンの心情を知らない二人がカレンを呼ぶ。仕方なく、極力足元を見ないようにしてカレンはミラとミリの近くへ行った。視界の端には毛皮、爪、肉などが見事に解体されて置かれている。売り物にならない部分は自然に返されたようだ。ここまでバラバラになってしまえば店頭に並んでいるものと大して変わりない。実に都合の良い気持ちだが、それだけでもカレンの心にあった痞えるものは少し取り除かれたように感じた。


「ミラ、ミリ、助けてくれてありがとう。本当に怪我してない?」

「大丈夫よ!掠り傷一つだってないんだから!」

「強かったね。驚いちゃった。」

「これが穢獣の中でも弱い方だっただけ。それで、ここにあるのなんだけど。」

「あ、うん。そうだミラ、穢魔石も。穢れ、払ってあるから。」

「わっ、黒魔石になってる!ありがとう、カレン。特殊魔石は自然魔石より高く売れるんだよねー!」

「ミリ、ちょっと待ちなさいって。ちゃんと話し合って分配しないと。」

「それは分かってるけど、黒魔石なんて久し振りだったから!カレンはどれが欲しい?」

「私?私はいいよ。助けてもらったんだし、何か手伝ったわけでもないし、二人で分けて。」

「穢れを払ったでしょうに。」

「それはマジスさんのところでもしていることだから。ちなみに、大猫って売れるの?」

「大猫の毛皮は人気商品よ、特に寒季の毛は!爪は武器の素材になるの。これは闇属性だから平均より高く売れるわよ!肉は調理するのに手間がかかるからそこまで高くは売れないけど、味は豚に近いのよ。」

「…そう、なんだ。…うん、やっぱり私はいいよ。二人で分けて。」


 カレンの言葉にミラとミリは顔を合わせる。そして仕方ないと小さく溜息をついた。


「…分かった、カレン。ミリと折半させてもらうわ。ところで、これから何か予定ある?」

「特にないけど。」

「そう。久し振りにカレンが作ったご飯を食べたいんだけど、フッテへお邪魔してもいいかしら?」

「うん、もちろん。」

「あ、はいはい!それなら夜ご飯は前に作ってくれたチーズ鍋がいいでっす!ミラ、いいでしょ!?」

「そしたらこの素材を売ってから夕飯の材料を買ってフッテに行く流れでいいわね?」

「パンでしょ、ソーセージでしょ、ベーコンでしょ、エビでしょ、ジャガイモ、ニンジン、ブロッコリー、キノコ…」

「店に行ってから決めるわよ。」

「ビエルにウェイン!」

「当然!カレン、麻袋を持ってたら貸してちょうだい。これ運ばなきゃ。」

「はい、どうぞ。そうだ、私、依頼の途中で。クララさんの…三番路の化粧店へ寄りたいんだけど。」

「依頼?カレン、冒険者になったの?」

「そうなの。それで今、生産依頼を受けてて。」

「え、なにそれ!?ちょっとその辺を詳しく話しなさいな!」

「そう言えば、ミラとミリはどうしてオストシエドルングにいるの?アッカーベルグ家の皆様も戻ってきたの?」

「そのこともフッテで。」

「ほら、さっさと帰るわよ!」


 手早く麻袋に戦利品をしまったミラとミリは、カレンを先導するように町の方へ歩き出す。カレンは遅れないように気をつけながら導紐を回収しつつ二人の後を追った。

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