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 ドロゲンヴェルカウフやクララからの直接依頼はカレンにとって思ってもみなかった収入源になった。ドロゲンヴェルカウフの店では純度五割を基本給としているのだが、完全純度で抽出できる者はそういないらしく、カレンが抽出したものは基本給の3倍の値段で買い取ってくれることになっている。気合も入るというものであろう。特にクララはカレンと知り合ってから化粧品の開発に一層のめり込んだようで、陽慕花の成分をはじめ各美容成分の抽出をカレンへ頻繁に依頼している。これまでは一日のほとんどを伝統細工だけに充てていたが、昼間は抽出作業、夜は細工製作とカレンの時間の使い方は変化した。必然的に細工品は品薄となり、ますます店頭に並べた瞬間に売り切れの状態だ。不定期の入荷状況にマジスチェルステインの店は来客数がぐんと増え、付随して魔石の売り上げも伸びたのでカレンはとても感謝されている。呼び水と言う役割を果たせているようで、カレンは安心した。

 伝統細工と言えば、カレンが作った魔石はコウの首元に飾られている。白と黒のシルク地を使い、大きさの違う花びらを夜空に煌めく星のように組み合わせてさがりを二筋つけたものは、黒魔石を中心に重厚感たっぷりに仕上がっている。コウの真っ白な体によく映え、勲章のようにも見えた。ミニマム化しているときは存在感ばっちりな首飾りも、本来の大きさに戻った時はコウのフワフワな長毛に覆われて隠れてしまう。コウは残念がっているが仕方のないことで、カレンはそこまで気に入ってくれたことを嬉しく思った。

 雪が降っている日はいつもに増して外出するのに対策が必要になる。肌着兼寝間着のシュミーズの上にシャツ、コルセット、ミドル丈ペチコート。寒季になってからはウール地のロングスカート、厚手の木綿エプロン、上半身はコルセットの上にウール地の立襟片前ジャケット。腰に鞄とナイフを通した剣帯をつけ、踝近くまで裾がある寒季仕様の外套、さらにその上から胸下ほどの短丈ウール地ケープを羽織る。これは外套のフードを被ってしまうと聖獣の定位置がなくなってしまうためだ。聖獣達はカレンのフードにいることが好きらしく、フードをかぶることが多くなった頃に要求された。一見すればケープ付き外套に見えるだろうから、おそらく変な目では見られていないだろう。足元は防水仕様の雪用ブーツだ。靴裏に天然ゴムが使用されているので滑りにくく、雪道を歩くときに最適なのである。雪が降り始めた当初、何も考えずに普段の靴で出かけて早々に転んだのは苦い思い出だ。誰も見ていない場所でよかったと心の底から思ったものだ。


「カレン、きょうはどこへいく?」

「グレンズワルド。陽慕花と炎刺実から成分抽出するの。」


 今日はクララから陽慕花の美肌成分と炎刺実の美白成分の抽出依頼を受けている。炎刺実は枝に小さな棘がたくさんあって真っ赤な小さな実を枝が撓むくらいたくさんつける、寒季の代表的な木の一つだ。色が少ない寒季の森でよく目立つ真っ赤な実からは美白成分が取れる。


「スイ、カレンを頼むぞ。」

「まかされた!」

「エンもたまには一緒に行く?」

「…エンはいい。あたたかくなってから。」


 カレンが玄関からリビングにいるエンに声をかければ、おっとりとした返事が眠そうな声で戻ってきた。ブーツの中に魔砂を少しだけ入れ温かくする。外套のフードを被り、ケープのフードにスイが入り、カレンは全身を包むように防御魔法を張った。紫外線防止と雪や泥濘による汚れ防止だ。魔法って便利。


「行ってきます。」

「気をつけよ。」

「はぁい。」


 コウの見送りを背に、カレンはスイとグレンズワルドへ向かった。雪が降っている日はスイが供をすることになっている。コウは体が純白なので雪に紛れて見失ってしまうからだ。フウでもチイでもいいのだが、フウは興味を持つままにあちこちへ行ってしまうし、チイはマイペースにのんびりとしているのでカレンもつられてのんびりしてしまい帰宅が遅くなってしまいそうになる。スイも木から木へ飛び移ったり高いところから飛び降りたりと動き回るのだが、フウやチイに比べればカレンの側にいる。エンはまだ一度も供をしたことはない。暖季になってからに期待しよう。

 歩いていると水気を多く含んだ花弁雪がカレンの頭や肩にも降ってくるが、積もることなくするりと地面へ落ちていく。スイが入っているフードにも雪が溜まることなく、カレンはまるで散歩をしているかのような足取りでグレンズワルドへ入っていった。


「今日は奥の方へ行こうか。そっちの陽慕花なら成分が溜まっているだろうし、炎刺実も近くにあったもんね。」


 隣国へ続く一本道は他の時季に比べて人通りは少ないものの、流通があるので『道』として成り立っている。ただし、そこを外れれば人間の足跡は見つけられないまっさらに雪が降り積もった光景が広がっていた。そうなると導石も役に立たない。置いたところで新たに降ってくる雪で隠されてしまうからだ。カレンは一本道から外れて脇に入ると同時に、鞄から革紐を取り出して葉を落として裸になっている木の枝に結びながら進む。導紐(しるべひも)、導石の紐版だ。これなら高めの位置に結んでおけば雪に埋もれることもない。


「よし、抽出開始!」


 陽慕花の前に防水加工された布を敷いて膝をつき、手を翳した。抽出、と心の中で唱えれば陽慕花から美肌成分が小さな水滴となって空中に浮かぶ。カレンの予想通り、成分はしっかりと溜まっているようだ。それを一纏めにして小瓶に落とす。すっかり慣れた手順でそこに咲いている陽慕花から成分を抽出すると、カレンは森のより奥へと向かった。炎刺実は鳥の大好物でもある。餌の少ない寒季においては鳥たちの重要な食料の一つなので、炎刺実に群がっていることが多い。全部食べられてしまっていなければいいのだけれど。少しだけ不安を抱えながら探していたカレンの目が、赤に囲まれた木を見つけた。


「よかった。ありそうだね。」

「あかいみ!あまいみ!」

「お願い、スイ!成分取り終わるまで待ってて!」


 フードから飛び出そうとするスイを宥めつつ、カレンはその木に近寄った。炎刺実を啄んでいた鳥のうち数羽が、カレンが寄ったことで逃げていく。雪に紛れて飛んでいく後ろ姿に『ごめんね』と謝り、残っている小さな先着者達に『ちょっとお邪魔するね』と呟いて、カレンは鞄から新しい小瓶を取り出した。この木は低木で、カレンの目の高さに実をつける。鳥達がいないところにカレンは手を翳すと抽出を始めた。手のひらに吸い寄せられるように、成分が微小の水滴となって前に出てくる。それを一纏めにして小瓶の中へ落とす。一粒が小さい炎刺実は鈴なりになった房でもそう多くは取れない。一房抽出しては隣の房へ。それを繰り返しているうちに、気が付けば小瓶は満杯になりそうになっていた。零れないように封栓をして鞄にしまい、カレンはフードの中にいるスイを誘導しようと手を後ろに差し出す。


「スイ、おい…」

「カレン、みをまもれ!」


 背中から鋭い声が命じる。カレンは咄嗟に『バリア!』と両腕を胸の前で交差させた。刹那、背後から獣の唸り声が聞こえた。


「え?…ひっ!」


 振り向いてみれば、カレンが軽く手を広げたくらいの大きさの獣が牙を見せながらカレンに飛び掛かってくるではないか。思わず後ずさりしたカレンの前に、元の大きさに戻ったスイが立ちふさがるようにして獣に対峙する。


「…あ、れ…何?」

「わいじゅうだ。」

「穢獣…」

「やみのおおねこのわいじゅう。カレン、うごくな。」


 目を光らせ、牙を剥き出し、力を溜めるように身を低くしている獣は耳の先端まで毛が生えた大きな猫だった。カレンが見たことのある人の近くにいるような猫よりも尾も脚も太く、野性味が溢れている。猫と猫種の大型である虎や豹の中間辺りの体躯だが、性格は間違いなく獰猛で、現にカレンは襲われているのだ。胸の前で交差させたままの腕が小刻みに震えて止まらない。このままではどうしようもないのは分かっているのだが、頭の中は混乱と恐怖で真っ白になり何も考えられなかった。

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