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059

 カレンは小椀を持ってヘイリゲルワルドを歩いていた。目的はフッテから東の方向へ歩いて5分ほどのところに群生している勇芳草。この草は一年中葉を茂らせている低木なのだが、見た目から名前に『草』がついている。生えている場所によって見た目や抽出成分が変わる面白い植物だ。カレンが向かったところに群生しているのは青い小さな花が球状に咲く種類で、青勇芳と呼ばれている。長楕円形の小さな葉をたくさんつけ、鼻を寄せれば驚くほど通りがよくなる清涼香が特徴的で、疲労回復成分を抽出できる。


「さて、試してみるか。」

「そうだね。できたらラッキー、くらいの気持ちで。」


 フードに入っていたコウが青勇芳の上で空中浮揚しながらカレンを促す。手に持っていた小椀を青勇芳へ近づけ、逆の手を翳した。


「抽出。」


 ドロゲンヴェルカウフから教わった手順が一瞬で頭の中で流れる。それが合っているとでも言うように群生の一部から浮かび上がった微小の水滴が一纏まりになり、小椀の中へプルンと滴るように落ちた。


「できたな。」

「…できたね。」

「ふむ、やはり直に取った方が量をとれるな。」

「そっか。それならこれからは可能であればこっちのやり方にしようかな。」

「この方法ならば草も木も枯れずに済む。しばらくすれば、また成分も溜まるだろうて。」

「枯らしちゃうのは可哀想だもんね。何度も抽出できそうなのもありがたいことだし!」


 数日前のことだ。さっそく直接依頼をかけてきたドロゲンヴェルカウフのところで抽出作業をしていたカレンが休憩を取ろうと廊下を歩いていると、隣の部屋に大量の鉢植えが並べられていた。植えられていた薬草をこれから処理して精製室へ回すらしい。その時にカレンはふと思ったのだ。こうやって植えられたまま、もしくは自生しているままの状態で成分抽出はできないのかと、それができればいろいろと楽なのに。呟いたカレンにコウが『できるのではないか?』と安易にも聞こえるような口ぶりで平然と答えた。それなら物は試しにやってみよう、とやってみたわけで。


「…何で他の人達はこの方法をやらないんだろう?」

「さてな。我に聞かれても答えは出ぬぞ。」

「まぁそうなんだけど…。あまり人前ではやらない方がよさそう?」

「あまり異端ぶりを見せつけてしまっても、カレンにとって不利となるやもしれぬな。」

「異端…ってひどい!」

「カレンは我が加護する人間ぞ。十分異端だ。」


 おかしそうにクルクルと鳴くコウをジトリと睨みつけて、カレンは小椀を密閉するように防御魔法をかけた。抽出した成分を劣化させないためだ。取り出したこれで試したいことがもう一つある。笑い続けているコウへ『置いてくよ』と一睨みしたカレンが歩き出すと、コウはちゃっかりと定位置のフードに収まった。


「拗ねるな。赤勇芳からも取るのだろう?」

「そう。魔力回復成分ね。」

「カレンには必要ないと思うが?」

「んー…自分の魔力量がどれくらいか分からないから何とも言えないけど、持っていて損はないでしょ。試したいことは青勇芳と同じなんだし。余ったら売ればいいしね。」


 青勇芳が群生しているところから左側、フッテから見れば南の方向には赤勇芳が群生している。赤勇芳は披針形の葉が鋸歯状になっていて、鋸歯状の部分が赤色なのが特徴だ。暑季になると濃桃色の小さな花が咲き、その花を暑季の間中をかけて乾燥させて、涼季にソーセージを作るのだそうだ。同じ森の中なのに違う種類があるのは興味深い。ヘイリゲルワルドの調査依頼の際に、他にも数種類の勇芳草が群生しているのは確認済みだ。この森だけで基本的な薬が作れてしまう。これから作るお試し品が成功すれば、おそらくいろいろな使用方法に応用が利く。勇芳草が手に入る環境なら多少無理しても何とかなる可能性が大きい。冒険者にとって大きな利点となるだろう。




 フッテへ戻り、クッキーを作る準備を始める。白麦粉、卵、砂糖、バター、フリーズドライで自作したフレーバーパウダーと食紅を混ぜた味付粉。そして勇芳草から抽出した成分。


「原液のまま使ったら体に毒だってドロゲンさんは言っていたよね。」

「強すぎるが故だな。」

「だから水や膏に混ぜて薬を作る。化粧品にも抽出成分を混ぜられる。だったら食材に混ぜても使えるんじゃないかなって思って。」

「単純に考えれば可能だろうが、そううまくいくのか?」

「だから試してみるんでしょ。できたらラッキーぐらいで。」

「…先ほどから言っている『ラッキー』とは何だ?」

「あ…えぇと、『ついている』とか『運がいい』とかって意味。」

「ヤーパンの言葉か。」

「え、いや、厳密に言うなら日本語じゃないんだけど…まぁいいか。ここでは通じなさそうなのね。気を付ける。」

「我には通じるぞ。」

「ふふっ、そうだね。」

「それでその成分をどうするつもりなのだ?」

「ドロゲンさんに教えてもらったんだけど、下級薬を作る時は成分量が全体の一割程度になるように調合するんだって。だから今日はその分量で試してみようかと思って。」


 カレンはそう言うと材料を計量し、全体の一割分の抽出成分を取り分ける。クッキー生地を作って二つに分け、青勇芳から取れた疲労回復成分を混ぜたものは甘薄荷風味、赤勇芳から取れた魔力回復成分を混ぜたものは苺風味の味付粉で区別をつけた。それぞれを立方体に切り分けて窯で焼いている間に、透魔石を一つ用意する。それを見たコウが首を傾げた。


「それをどうするのだ?」

「魔力を減らすの。透魔石に魔力を込めて人工魔石を作ることがあるって前に聞いたような気がするから、できるようだったらやってみようかなって。まずは自分で確かめないと。どうなるか分からないものを誰かに確かめてもらうわけにもいかないでしょ。まぁ、自分の中で魔力の増減を感じたことないから分かるか疑問なんだけど。」

「…危ないようなら止めるぞ。」

「うん、コウに見守ってもらえるなら安心だね。」


 カレンはそう言うと透魔石を手のひらに乗せてじっと見つめていた。魔法関係は頭の中でイメージすることでだいたい何とかなっている。今回も、黒い光を透魔石に流し入れるよう思い描いた。するとダイヤモンドの原石のように硬質な形をしている透魔石が段々と軟質に円やかになっていく。透明だったものが黒くなり、てらりとした光を反射し出した。


「…カレン、隙間をなくすように押し込めろ。」


 しばらく様子を見ていたコウの助言を受け、ぎゅうぎゅうと空気を抜くように魔石の中心へひたすら黒い光を集めるようにイメージし続けた。鈍くカレンを映し出していた魔石は次第にはっきりとカレンを反映させる。まるで鏡のようだなと片隅で思っていると、クラリと頭が揺れた。


「そこまでだ!」


 鋭く咆えたコウの声に、はっとして魔石から目を離す。眠さのピークで意識が朦朧としている時に頭が揺れるような感じを覚えた。これが魔力を消費すると言うことなのだろうか。脳に酸素が届いていないかのように頭がぼんやりとして意識が散漫としている。目を瞑ればおもしろいように頭が勝手に振れた。深呼吸をし、コウを見る。カレンが言わんとすることを肯定するように一つ頷くと、コウはカレンの頬をベロリと舐めた。


「大事ないか?」

「…うん、大丈夫。これが魔力を消費した感覚?」

「そうだ、覚えておけ。」

「うん。使いすぎると危なそうだね。ちなみに今のでどれくらい使ったか分かる?」

「分からぬが、随分と立派な黒魔石ができているぞ。」

「…おぉっ!確かにすっごく綺麗!これ、私が作ったんだよね!?」

「そなた以外の誰がおる?」

「うわ、嬉しいな!こんなに綺麗なものを作れただなんて!」

「…カレン。その魔石はどうするつもりだ?」

「え?今のところ何の予定もないけど…うーん、どうしようかなぁ…」

「ならば我に飾りを作らぬか?」

「飾り?伝統細工のこと?」

「ああ。」

「構わないけど…どこに飾るつもり?と言うか、飾れる?」

「問題ない。」

「それならコウ用にカッコイイの作るね。」

「ああ。楽しみにしている。」


 喜びを表現するようにコウはカレンに頭を擦り付ける。そこをわしゃわしゃと撫でていると、窯から焼き上がったことを知らせる音が鳴った。コロコロとしたキューブクッキーがおいしそうな匂いを漂わせている。気を抜いたらそのまま寝てしまうのではないかと思うくらいぼんやりとしている頭を何度か振って意識を維持し、焼き上がったクッキーを一つ抓んだ。まだ熱いそれを口に放り込む。はふはふと息をして口内の温度を下げながら嚥下すれば、眠気が取れたようだ。これは魔力回復成分のおかげなのだろうか?それとも咀嚼したことによって頭が覚醒したのか?カレンはもう一つ食べてみる。今度は頭の重さがなくなってすっきりとした。もう一つ口にすれば、だるさが薄れたように感じた。


「…思い込みじゃなきゃ効いてるような気がするんだけど。」

「我も試してみるか?」

「お願いします。」


 カレンの言葉に、コウが魔力の塊を作る。いつ見ても大きくて綺麗な真珠だ。『やる』と言うコウに甘えてそれを亜空間へしまっているうちに、コウがキューブクッキーを一つ食べた。


「…成功したようだな。魔力が戻ってきている。」

「わ、ほんと!?やった!できちゃった!!」

「おそらくその青い方も成功しているだろうな。」

「だといいけど。…あ、フウ、チイ、おかえり。ちょっとこれ食べてみてくれる?」

「ただいま。カレンがつくった?」

「そう。クッキー。」

「カレンのかし!」

「しょくす!…なんだこれ!?げんきになる!」

「またそとへいく!」


 あっという間に外へ遊びに出てしまったフウとスイを呆気にとられながら見送ったカレンだったが、気を取り直したように笑いながらコウを見た。


「うまく出来たみたいだね。」

「ああ。」

「これをたくさん作っておけば疲れた時とかに使えそうだね。」

「カレンは気にすることなく持ち運べるからな。」

「そうそう。亜空間様々だよ。」


 いま作ったものは下級薬の応用だ。薬には中級も上級もあるから、配合を教えてもらえればより効果のあるクッキーを作れるだろう。いや、別にクッキーに限らなくても、慣れればどんなものにも混ぜられると思うけれど。いざという時のために作り慣れておくべきだ。とりあえずはクッキーでいいか、とカレンは残っている抽出成分の量を測って新たに材料を用意した。

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