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「ひいおじいちゃん、聖女様が来てるんですって!?」
ドロゲンヴェルカウフが言った通り、五分も経たないうちに張りのある女の声が部屋の入り口から聞こえた。そこにいたのは化粧をばっちりとした青瞳青髪の妙齢の女性で、おそらくドロゲンヴェルカウフの曾孫だろう。カレンは抽出していた手を止めて彼女の近くまで移動した。
「ほほ。クララ、今日も元気そうじゃのう。」
「元気よ、元気!それで聖女様が来てるって…ああ、聖女様っ!噂通り綺麗な方っ!!」
「聖女様、これは儂の曾孫でクララと申します。先ほど話した通り、裏の三番路で化粧店を営んでおりましてな。」
「はじめまして、カレン・ヒョークと申します。」
「ああっ、ご丁寧にありがとうございます!ドロゲンヴェルカウフの曾孫でクララと申します。どうぞよろしくお願いいたします。」
「クララ、ほれそこの器を見てみるのじゃ。聖女様が陽慕花から成分を抽出なさってのう、それをどうすればよいかとお聞きになられたのでクララを紹介したと言うわけじゃ。」
「ありがとう、ひいおじいちゃん!嬉しいわっ!!…うわっ、完全純度じゃない!こんな最高品質の成分をうちで使っていいの!?え、本当に!?」
「ほほ。嬉しいのう、クララ。」
「最っ高の気分よ!ありがとう、ひいおじいちゃん!!」
「礼なら聖女様へ言うのじゃ、クララ。ほれ、聖女様を待たせるでない。満足していただけるものを作るのじゃよ。」
「もちろんよ!聖女様、どうぞ我が店へお越しくださいませ。すぐそこですので!」
「よろしくお願いします。ドロゲンさんもご紹介ありがとうございました。抽出依頼、お待ちしています。」
「ほほ、それでは遠慮なくお願いいたしますかな。陽慕花は後で纏めてからクララに預けますのでご安心ください。」
「ありがとうございます。お手数かけますがよろしくお願いします。」
六つの器に入っている美肌成分を瓶へ一滴残らず移し替えたクララに案内され、カレンは彼女の店へと向かう。ドロゲンヴェルカウフとクララの店は背中合わせに建っているので、裏口から出て裏口から入ると言う親族感たっぷりの移動だった。普段は見ることのない路地に少しドキドキしてしまったのは仕方のないことだろう。クララに遅れないようにしながらもカレンはキョロキョロと周りを見ながら場所を移した。
「聖女様、早速ですがお肌を見せていただいてもよろしいでしょうか。」
「はい、よろしくお願いします。」
「では綺麗にお化粧されているところ申し訳ありませんが、落としてしまいますね。」
クララの店は三番路に面している。こじんまりとした敷地に基礎化粧品から口紅まで陳列してあり、レジカウンターの隣には小さめの簡易応接セットが一組置いてある。そのソファに座ったカレンの横にクララは陣取ると、化粧落としを染み込ませた柔らかい布でカレンの顔をなぞるように拭いた。
「まっ…まあっ!すべすべっ!!すべすべですよ、聖女様!!」
「…よかったです。」
「え、何ですかこの手触り…やだ、ずっと触っていたい…するするしてて、しっとりしてて、きめが細かい…ゆで卵…陶器…と言うか間近で見ても美人…美人だわ…」
…ものすごい既視感。カレンはじっと見つめたまま頬をくるくると撫でまわすクララに遠い目をする。青瞳青髪の彼女がシアナについて王都へ行っている友人を思い出させた。カレンがここまで絶賛されるような肌質になったのは、おそらくオストシエドルングで暮らしているからだ。日本でこんな扱いを受けたことはない。魔力やら魔法やらよく分からない壮大な何かで改善されたのだろう。あとジャンクフードを一切食べなくなったのも地味に貢献していると思う。でもそろそろ解放されたい。無表情でブツブツ呟かれているのも怖い。
「…あ、の…」
「っ、失礼いたしました!あまりに理想の肌だったものですから!!」
「…お褒めいただきありがとうございます。」
「こほん、…ええと、これだけ成分があれば大抵のものはいくらでも作ることができます。何を必要とされていますか?」
「大抵のもの…このお店にあるものは、と言うことですか?」
「はい。基礎化粧品から口紅まで、それから全身用の乳液などもご希望とされているのでしたら。」
クララの説明を聞きながらカレンはふと考える。いま使っている化粧品はマリーやシアナが使っているのと同じところのものだ。オストシエドルングで最高品質だろう。しかし、アッカーベルグ家に頼り切った生活は抜け出さなければ。これからも定期的に用意してくれるらしいが、さすがに二回目以降をマリーに用立ててもらうわけにはいかない。自分で購入するには高級すぎる嗜好品となるだろう。それならばここで一旦リセットして買い揃え直してもいいかもしれない。金額と相談だけれど。
「…もしすべてを作ってもらうとなるとお値段はどれくらいになりそうですか?」
「化粧落とし、化粧水、乳液、美容軟膏で基礎化粧品は問題なさそうですね。お化粧用品は化粧下地、白粉…」
何が欲しいか、どれくらい欲しいか、一つ一つカレンに確かめてクララは金額を計算した。
「聖女様のお肌に合ったものを一から作りますので、どうしても店頭でお売りしている物より割高になってしまいます。そこはご了承くださいませ。ですがご自分に贈られた花の成分で専用の化粧品を作るのは、去年一年間頑張ったご自分へのご褒美なのですよ!美しくなって何が悪いと言うのです!?」
試算が記された紙を前に考え込むカレンにクララは拳を振って力説をする。予想していたよりは安い。けれど、貯蓄に励まなければならない身としてはここまで使っていいものか悩む。
「聖女様、美は一日にしてならず!日々の積み重ねです!そして1日でも疎かにしたら取り戻すのに3日かかります!!」
どこかで聞いたことのある言葉だ。そして言われなくても分かっている。…のだが。
「ご自分への投資です!」
「自分への投資…」
「綺麗は作れます!いえ、聖女様はそのままでも十分お綺麗なのですが!!明日は今日よりも綺麗になれる!!綺麗になって何が悪い!?」
「…ですよね。作ってください、ここに書き出したもの全部!」
「ありがとうございます!!」
そうだ、自分への投資だ。綺麗になりたくて何が悪い!?クララの勢いが移ったようにカレンの心がめらりと燃える。陳列棚から持ってきた商品を応接机にドドンと並べ見本とし、クララとカレンは内容を吟味し始めた。
「この美肌成分は別として、基礎化粧品は何に重点を置かれます?」
「保湿と美白と、できればハリです。」
「ハリの方はまだ気にされなくてもいいのでは?」
「お肌の曲がり角はとっくに過ぎてます…」
「え、まさか…おいくつ…いいえ、失礼しました。それでは保湿成分をたっぷりにして、その分ハリ成分を減らしましょう。今はそれで十分だと思います。」
「分かりました。」
「白粉は液体と粉とどちらがお好みですか?つけなくても問題なさそうですけれど。」
「そうですか?それなら粉にして軽くはたく程度にします。」
「色物はどうされます?正直、これを考えるのが一番楽しいですよね!聖女様は淡い色がお似合いだと思うのですが、今お目元に使われているのはこの辺りの色ですよね?」
「はい。でももう少し深めの色も好きで。この時季だと灰色をよく使うのですが…」
「それでしたらこの白紫色と合わせてみてはどうです?」
「わ、いいですね!この白紫色はもう少し青味を強くできますか?あと、こっちの灰色にほんの少しだけ紫を混ぜることってできます?」
「お任せください!…すごい、こんな色になるのですね!この色、初めて作りました!!綺羅はどうされます?抑えることもできますけれど。」
「このままでお願いします。この光沢感、好きなので。あと他に白色と濃紺色も欲しいです。」
「容器はこちらでよろしいでしょうか?」
「木製!かわいい!ぜひそれで。あ、一色用のものがあれば白色はそちらでお願いします。」
「畏まりました。眉墨は明るめの黒にすると重くなり過ぎなくてよさそうですね。睫毛墨は漆黒色にしましょう!聖女様の魅力をより引き立たせます!」
「そうですか?ではそれで。」
「頬紅と口紅はこちらの深桃色でいかがでしょうか?頬は薄付き、唇にはしっかり塗って、この綺羅紅を上から重ねると艶やかな仕上がりになります!」
「わ、かわいい色ですね!それにします!」
「あとは…」
初めのうちは控えめに希望を出していたカレンだったが、目の前でどんどん希望したものが形になっていくのを見て興奮が抑えられず、感嘆の声を上げながら細かいところまで注文していく。クララも化粧品店の主としての矜持をかけ、完璧に応えた。全てが揃ったところで二人は応接ソファに背中を預ける。何という充実感だ。
「…楽しかったですね。」
「はい、とても!ご満足いただけて私もとても嬉しいです!すぐに袋へお詰めします。残りの成分も封栓して入れておきますので、新しいものをお考えの際にはお持ちください。ところで聖女様、お願いがあるのですが。」
「何でしょう?」
「今日お作りになった色を商品として売り出してもいいですか?」
「はい、構いませんけれど。」
「ありがとうございます!聖女様考案の色ともなれば人気色になること間違いないですからね!それと曽祖父に言われていた抽出依頼の件ですが、私もお願いしてもいいでしょうか?完全純度の成分だけで化粧品を作るのが昔からの夢なのです!!」
「もちろんです。喜んでお受けします。」
「ありがとうございます!!」
生成色の紙袋に纏められた化粧品と陽慕花の花束を手に、カレンはルンルンとした足取りで帰り道を進む。銀銅貨が数枚減ったことなど気にもならなかった。自分への投資、ご褒美って大切だ。また明日から頑張れる!




