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 さて、年が明けて初日。カレンは大量にある陽慕花に困っていた。飾ればいいのだろうが、25年かけて育った勿体ない精神が『飾っているだけじゃダメだろ』と主張している。陽慕花は美容薬になるらしい。女性に人気なのだとか。このまま枯れさせてしまうのは惜しい。そうかと言って採取依頼に出すのも人としてどうなの?と思う。カレンはしばらく悩んだ後で出かける準備を始めた。

 エストマルク王国の平民は新年初日から働く。前年の聖週で心身を休めているから問題はない。貴族は大晦日から元日の二日に亘って祝うため、その最たる王城での星霜宴はまだ続いているはずだ。アッカーベルグ一家もオッティールト親子も笑いさざめき、そしていろいろな駆け引きに勤しんでいることだろう。煌びやかな世界は美しいけれど恐ろしい。作った髪飾りの評価が気になるところだ。悪くなければいいのだけれど、と心の隅にうっすらとした不安を生みながらカレンはヘイリゲルワルドを出た。オストシエドルング領都の大通りはいつもと変わらない人の往来で賑わっている。

 二番路を挟んで冒険者組合の建物の向かいに薬品店がある。商業区画に薬品店は何店舗かあるが、冒険者装備を揃えた店の店主であるウェルクゼウグの推薦もあってカレンはここで薬を買っている。…そうは言ってもカレンが主に受ける依頼は採取と生産なので、小瓶に入れる液薬は最初に買っただけだが。代わりに保湿効果たっぷりの膏薬はすでに常連となっているほど愛用している。店主はドロゲンヴェルカウフ、領都では珍しい老体の男性だ。若い見た目で100歳のこの世界、彼の年齢は如何ばかりだろうか。一般的に引退していてもおかしくない年齢なのだがドロゲンヴェルカウフ曰く、『後進が育っていませんでのう』だそうだ。店を営む傍ら、自身の子供をはじめ弟子達に技術を教え込む毎日を送っている。


「おはようございます。」

「ほほ、これは聖女様。新年おめでとうございます。」

「おめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。」

「それは聖女様のお国の新年のご挨拶ですかな?こちらこそよろしくお願いいたします。」


 好々爺とした笑顔で店の奥から出てきたドロゲンヴェルカウフがゆったりとカレンを迎える。『膏薬が切れましたかな?』と先回りして尋ねたドロゲンヴェルカウフに首を振ると、カレンは彼に聞き返した。


「ドロゲンさんにお聞きしたいことがあって。」

「はい、何でございましょう?」

「薬草から有効成分を抽出することは誰でもできるものなのですか?」

「ほほ、陽慕花ですかな?」

「そうです。実は昨日、陽慕花をたくさんいただいたのです。それはいいのですが、ただ飾って枯らしてしまうのも違うような気がして…。」

「陽慕花からは美肌成分が取れますからのう。状態が良ければ、それだけ良質な成分が手に入りますからな。」

「はい。人から頂いたものを別の人に渡すのも何か違うような気がして、私でもできるのならせっかくなので挑戦してみようかと思ってお聞きしました。それとも、いただいた陽慕花を別の誰かに預けて成分抽出するのはよくあることなのでしょうか?」


 この時期に若い女性からの薬草関係の話題となれば。柔らかい笑顔を浮かべたドロゲンヴェルカウフに、思考を読まれてしまった恥ずかしさでカレンは視線を泳がす。ほほ、と緩やかに笑ったドロゲンヴェルカウフは身内の若輩者を見守るような眼差しをカレンへ向けた。


「そうですなあ、この時期は女性のお客様から陽慕花をお預かりすることが多いですな。」

「…では私がお願いしてもおかしいことではないのですね。」

「はい。それと、薬草からの成分抽出は巧拙を問わなければ誰でもできます。聖女様もお試しになってはいかがでしょうかな?」

「教えていただけるのでしたらお願いします。」

「ほほ。では陽慕花をお持ちになってお越しくだされ。お待ちしております。」

「すぐに取ってきます!」


 言うやフッテへ取って返し、花を抱えて薬品店を訪ねたカレンは二階の精製室へと案内された。壁一面に備え付けられた棚には膨大な量の小瓶。どっしりとした板脚の机が棚に囲まれるように4台置かれている。木製の机の天板は素材や抽出成分などを見やすくするためなのか黒色でつるつるとしていて、まるで学校の理科室のようだ。机ごとに薬草を囲んで数人が作業をしている。実験をしているようでどこか懐かしい。きょろりと見回していると、ドロゲンヴェルカウフは使われていない机にカレンを呼び寄せた。


「ほほ、本当にたくさんの陽慕花ですな。」

「ええ…。いただいたのは良いのですけれど、どう扱っていいのか分からなくて…。逆に申し訳なく思っていました。」

「では遠慮なく使わせてもらいましょう。さて、薬草から有効成分の抽出方法でしたな。」


 ドロゲンヴェルカウフは水に挿した陽慕花から一本を取り出すと、自分の前に置いた。そして手を翳す。


「ご自身の魔力で薬草を覆ってください。全てを覆えたら魔力を吸着させます。そして手のひらに魔力を集め戻すよう思い描いてください。…ほほ、こうして成分が浮かび上がってまいります。それを零さぬように器に入れれば完了ですな。」


 乳鉢のような入れ物の底に薄っすらと溜まっている液体が美肌成分のようだ。魔法ってすごい。カレンは陽慕花を一本抜き出し、自分の前に置く。『どうぞ』と言うように小さく首を動かし静かに見守っているドロゲンヴェルカウフの言葉を思い出しながら、手を陽慕花に翳した。自分の魔力で陽慕花全体を覆う、吸着させる、集め戻す。カレンは頭の中でスプレーを思い出し、陽慕花を裏側まで隙間なくコーティングするようイメージした。そのスプレー液は磁石になっていて、持ち上げれば美容成分がくっついてくる。砂場の砂鉄探しの要領だ。いや本当に幼い頃の体験って大事。目の前で徐々に陽慕花から浮かび上がってくる水滴のようなものにカレンは呆然とした。微小の水滴が一つになるようイメージすると、プルンとはじけるようにして纏まる。それを器の上にそろそろと移動させて集中を解けば、美肌成分は器の中にポタリと落ちた。


「お見事ですな。」


 一言も口を出さずにいたドロゲンヴェルカウフが満足げに大きく頷く。査定を頼むべくカレンが彼の方へ器を寄せると器を持ち上げ、美肌成分の状態を調べるようにくるりと一回しして液体の様子をじっと見つめた。


「ほほ、お見事でございます。」

「…良質と言うことでしょうか?」

「はい。必要なものだけを抽出した、手本のような成分です。」

「っ、嬉しいです!」


 結果が出るまで不安そうに眉を寄せていたカレンの表情が明るくなる。ドロゲンヴェルカウフは柔和な笑みを深めて、器をカレンの前へ戻した。


「何も言うことはありませんな。むしろ生産依頼を聖女様にお願いしたいぐらいです。」

「私でよければお受けしますよ?」

「ほほ、これは心強いお言葉をいただきましたな。すぐにでもお願いしたいところですが、残りの陽慕花はどうされますか?」

「…ここで続けて抽出していてもいいでしょうか?ここならもし困った時でもすぐにドロゲンさんにお聞きできるので。」

「構いませんよ。このままこの机をお使いください。手伝いは必要ですかな?」

「いえ、出来るところまで自分でやってみたいと思います。」

「ほほ、頼もしいことです。儂は少し席を外して隣の調合室の様子を見て参ります。何かありましたら儂でもこの部屋にいる者でも何なりとお尋ねください。」

「ありがとうございます。場所、お借りします。」


 黙々と抽出を始めたカレンの様子をしばらく窺って、問題ないと判断したドロゲンヴェルカウフはそっと机を離れた。隣の調合室ではまだまだ指導が必要な若輩者達が抽出された成分を掛け合わせて薬を作っている。その筆頭はドロゲンヴェルカウフの息子達。『若輩者』の括りに入れられないほど薹は十分に立っているのだが、つまりは何十年も…下手をしたら百年以上も薬の調合に携わっているのにもかかわらず、いまだにドロゲンヴェルカウフの目には適わないらしい。息子よりも孫の方が若い分飲み込みも早く、もしかしたら次代は孫かもしれない。息子よ、それでいいのか?ドロゲンヴェルカウフは胸中に溜息を零しつつ、調合室をぐるりと回って助言やらダメ出しやらを一通りする。残念ながら今日は褒めるに値するものはなかった。精製室に戻ったドロゲンヴェルカウフの目にカレンの横顔が入る。真剣な表情で陽慕花に向き合っている姿勢が美しく好ましい…が、カレンの手元を見てドロゲンヴェルカウフは目を大きくした。陽慕花が複数本纏めておかれている。同成分を抽出するとは言え、薬草をいっぺんに複数扱うのは魔力調整が格段に難しくなるのだ。それを今日始めたばかりであるはずの少女が、少し席を外した間にできるようになるとは…。ドロゲンヴェルカウフは愕然としたままカレンを見つめた。


「…あ、ドロゲンさん。見てください!」


 やがてすべての陽慕花から成分を抽出し終えたカレンが、部屋の入口に立っているドロゲンヴェルカウフに気づき声をかける。愕然と立ったままだったドロゲンヴェルカウフはそれを合図に、意識を落ち着かせるべくことさらゆっくりと歩きながらカレンへ近づいた。器にして6杯ほど。そのうち半分の器は倍の大きさのものを使っている。


「ほほ、お見事にございます。お疲れ様でしたな。」

「ありがとうございます。おかげさまで何とか全部抽出できました。」

「成分抽出した花もあと2、3日は飾れますので、楽しんでください。」

「分かりました。この抽出した成分は直に使えるものなのですか?」

「聖女様、それでは我々のような者がいる意味がなくなってしまうではないですか。原液をそのまま使うのは濃すぎて体に毒となります。我々薬師が体に取り込んでいいよう調合をして薬とするのですよ。」

「そうですよね、失礼いたしました。…ちなみにこの抽出した美肌成分はどうするものなのでしょうか?」

「よろしければ私の曾孫を紹介しましょう。裏の三番路で化粧店を出しているのです。そこへ持っていけばこちらを使って聖女様に合った化粧品をお作り致します。」

「嬉しいです、ぜひ。」

「ほほ、こちらこそありがとうございます。誰か、クララを呼んできておくれ。」


 ドロゲンヴェルカウフの言葉に、精製室にいた一人が素早く動く。『すぐに来るでしょうからこのままお待ちください』と言われたカレンは抽出の練習をしたいとドロゲンヴェルカウフに頼み、呼びに出て人数が減ってしまった机に混じって陽慕花とは違う薬草からの成分抽出に励むのだった。

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