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オッティールト・ヴィゼグラフ・ヴォン・ランドヴィエヒス=トチテルは、オストシエドルング領の農業畜産区域管理者の娘だ。年は30歳、正に婚姻適齢期である彼女には婚約者がまだいない。いや、意図して選んでいなかった。オッティールトが…正確に言うならば彼女の両親が長女の相手に狙っていたのはシュテファンだった。身分の差はあるが決して不可能と言うわけではないし、父親は子爵でありオストシエドルング領を運営するのに重要な人物の一人なのだ。幼い頃からオッティールトとシュテファンは顔見知りでもあり、親同士の関係も悪くない。二人が二人だけで親しく話している場面も目にしている。また、アッカーベルグ家を除けばオストシエドルング内で一番いい家柄の長女で、シュテファンとも年が近いこともあって、オストシエドルング領内ではオッティールトが婚約者候補の第一だと見られていた。オッティールト自身もシュテファンの妻になることを夢見ていた。だって素晴らしい容姿だし、魔力も剣も強いし、家柄もとてもいいのだから。
「オッティー様、ごきげんよう。」
「今日もとても素敵なドレスですわね。」
「髪型も凝っていますこと!」
自分を褒める言葉の数々にオッティールトは上機嫌に微笑む。今年の感謝宴への意気込みは並々ならぬものだった。数年振りにシュテファンが参加すると聞いたのだ。気合の入れようが違う。それはオッティールトの両親も同じで、惜しみなく金を使って娘を飾り立てていた。会場内を見回しても娘以上に目を惹くような女性はいない。
「オッティー、辺境伯様がいらしたらすぐに挨拶に伺うぞ。」
「もちろんですわ、お父様。」
他の参加者達と和やかに会話しつつ、ランドヴィエヒ親子はその機会を流してはならぬと神経を尖らせていた。そろそろ主催者の辺境伯夫妻が現れてもいい頃合い、ふっと会場のざわめきが消えて開かれた扉に注目が集まる。そこにいたのはシュテファンと聖女だった。緑系統で纏めたシュテファンと赤系統のドレスに包まれている聖女。互いが纏っている色を差し色に使っている。これだけでオッティールトは何となく先が読めてしまった。堂々とした歩みでエスコートするシュテファンの横にいる聖女は緊張のためか表情が硬かった。しかし俯き加減なその横顔がとても美しい。闇属性という珍しい魔力を持つ証の黒髪は艶やかにきっちりと纏められていて、風属性の魔石で作られた装飾品が明かりに煌めいて黒髪をあでやかに際立たせている。その緑色の装飾品にオッティールトは見覚えがあった。ますます先が読めてしまう。
「ごきげんよう、ランドヴィエヒ嬢。今日は一段と素敵な姿ね。」
「ありがとうございます、辺境伯夫人様。辺境伯夫人様こそとてもお綺麗で、私、勝手ながらお手本とさせていただいていますの。」
「あら、そうなの?嬉しいわ。」
実に優雅なダンスを披露した辺境伯夫妻が会場の奥へ移動したのを見て、ランドヴィエヒ親子はすかさず挨拶に参上する。するとすぐにシュテファンと聖女が合流した。辺境伯に紹介された聖女は、ゆったりと膝を曲げる。薔薇色のドレスに埋もれそうな様子は淑やかで、まるで聖女が薔薇の化身のように見えた。いや、薔薇に囲まれている黒葵だ。聖女の黒瞳は明かりをキラキラと反射して、吸い込まれるのではないかと錯覚してしまう。ほんのり黄味がかった透明な白い肌に黒瞳と黒髪がよく映えていて、自分より幼く見えるその顔はこれまで会ったことのない系統だがこの上なく整っている。オッティールトは聖女のことを、シュテファンの隣に並び立つのに相応しい美少女だと思った。言葉少なに相槌を打っているのは身分を意識してのことか。聖女と言えど平民、こちらから話しかけない限り口を開くのは作法違反とされている。それなのにシュテファンとは平然と話している姿にオッティールトは夢から覚めた。
「聖女様の髪飾り、素晴らしいもののようにお見受けしますが…」
「あら、いい目をしているわ。私が貸したものなのよ。」
ああ、やはり。ドレスの色と言い、装飾品と言い、辺境伯夫妻はシュテファンと聖女を結婚させるつもりなのだ。何よりシュテファンの態度がこれまでと違う。常に腕を絡め、饒舌に話し、視線の先にいるのはずっと聖女だけ。あんなに甘やかな目をするなど、淡白だと思っていたシュテファンには想像できなかった。
「シュテファン様も素敵なお召し物ですのね。」
「…あなたのドレスも華やかで似合っていますよ、ランドヴィエヒ嬢。」
「…、ありがとうございます。」
『オッティールト嬢』とシュテファンから以前は呼ばれていた。それが家名に戻ってしまったかとオッティールトは薄い笑みを零す。しかし、どこかさっぱりとした心地だった。もともと高望みだったので諦めていた部分も大きかった。それをはっきりと告げられたような状況はむしろありがたいかもしれない。話の区切りでその場を辞したランドヴィエヒ親子は、ひっそりと壁際に立った。
「お父様、シュテファン様はもう無理よ。」
「…しかし、オッティー…」
「シュテファン様と聖女様を見たでしょう?あんなにお優しいシュテファン様は初めてよ。」
「だがな…」
「聖女様もとてもお美しい方だった。領都を救った勇気あるお優しい方でもあるし。お二人の邪魔をしない方が賢明でしょう?」
人々の間から見えるのは、会場中央で踊るシュテファンと聖女。やはり俯きがちな聖女をシュテファンはずっと見つめている。その目が強いくらい甘美で、こちらの方が照れてしまいそうだ。オッティールトは二人からそっと視線を外してグラスに入っていた果実酒を一気に飲み干した。




