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オストシエドルング領の領都にある商業区画、大通りから一本奥へ入った一番路沿いにフラウ・ウルズラの店がある。アッカーベルグ家御用達の服飾店だ。ウルズラは王都にある有名服飾店で修業した後、ここの店長になった。新しくも珍しくもない王道意匠を得意としていて、華美を好まないアッカーベルグ家から重宝されている。ふくよかな体型でおおらかな性格のウルズラは人当たりも良い。しかし一店舗の長なだけあって、いいと思ったものは言葉巧みに客へ薦めたり妥協を許さなかったりと押しの強い一面もあった。
先日、アッカーベルグ家の令嬢からウルズラのもとへ書付が届けられた。一番のお得意様からの知らせにウルズラはすぐ目を通す。そこには『聖女様がそちらの店に用事があるそうなので、よしなに』と記されていた。聖女と言えばウルズラが暮らす領都の危機を回避させた救世主であり、彼女のために領主夫人からの依頼を受けて何着かドレスを作ったことを思い出す。黒瞳黒髪の上品でおとなしい美しさの顔貌と均整の取れた体の持ち主。どんな意匠が似合うか、どんな布を使えば彼女の美しさを引き立たせられるか、楽しく悩みながら仕立てたものだ。
聖女は書付が届けられた次の日に来店した。ウルズラが仕立てたコットンのワンピースを着ており、『素敵なものをたくさんありがとうございます。大切に着させていただいています』と丁寧な礼を口にした。ウルズラの中で聖女への評価がぐんと上がる。店奥の個室へ案内してどんな用事か尋ねると、ウルズラが想像できないようなものだった。
「裁断した後の余り布などがあれば分けていただきたいのです。」
「…ご希望の布を教えていただければ用意いたしますよ?」
「いえ、余り布で十分なのです。贅沢を言わせてもらえば、出来るだけたくさんいただけるとありがたいのですが。」
「…あの、失礼ながらどのようにご使用なられるかお聞きしても?」
怪訝な表情を浮かべるウルズラに、聖女は足元に置いた籠を膝の上に乗せた。持ち手に吊るされていた飾りを一目見て、ウルズラは思わず前のめりになる。小さな花が球体上に寄せ集められていてその下には花びらと紅葉が揺れていた。見たことのない緻密な細工に思わず感嘆の息が零れる。これを聖女が作ったのだと聞き、二度驚いた。
「私のところを伝統細工です。この花びら、一枚一枚を布で作ります。マーラ様とシアナ様が気に入ってくださったのでご笑納いただこうと思ったのですが…なにぶん手元にふさわしい材料がなくて。それを取り扱っているお店もこちらしか思い当たるところがなくて…。本当に勝手なお願いで申し訳ないのですが、どうか余り布を分けていただけないでしょうか?」
深く頭を下げる聖女にウルズラはもう一度まじまじと籠飾りを目した。なるほど。コットンで作ってあるそれは聖女が持っている蔓籠には合うが、ご令嬢方の身を飾るには合わない。辺境伯令嬢ならばやはりシルクが妥当であろう。しかしそれならば…。
「でしたらやはり布を用意いたします。アッカーベルグ様へお贈りするものが余りものであるなど、よろしくないでしょう?」
「…私の言い方が悪かったですね。使う量はそれほど多くないので、裁断後に残った部分で十分なのです。それに『残り物には福がある』という言葉が私の育ったところにはあって。きっと喜んでいただけると思うのです。」
「…たとえば、どれほどお使いになられますの?」
「作るものにもよりますが、この花びらでしたら一枚が小指の爪ぐらいです。」
「まあっ!そんなに小さいんですの!?それがこんなに可愛らしい飾りになるんですの!?聖女様のお国は素晴らしい技術をお持ちですのね!」
まあ!まあ!と興奮した声を上げてウルズラは手を叩く。『分かりましたわ!店内にあるものをすぐに集めて参ります』と聖女を部屋に残して席を外した。ほどなくしてウルズラが両腕に布を抱えて戻ってくると応接机に広げる。シルク生地、オーガンジー生地、コットン生地、レース生地、それぞれにある『格』やどんな時に使われるかなどを説明した。その間にも店員が入れ替わり立ち代わり新たなものを応接室へ持ち込む。説明が終わった時には、机の上は様々な種類の布でいっぱいだった。
「申し訳ありません。ここにあるもの全て買うことができないので選ばせていただいてもよろしいでしょうか?」
「まあ、何をおっしゃいますの!当店ではもう使わないものですので、全てお持ちくださいませ。」
「え…一枚おいくらで譲っていただけるのですか?」
「ですから、全てお持ち帰りください。代価は必要ございません。」
ウルズラの言葉に聖女は驚愕した。それを笑顔で流しウルズラは従業員を呼ぶと、雑多に広げられた布を生地ごとに纏めて包むよう指示を出す。
「そんなっ!それはあまりに…」
「いいえ、結構にございます。ですが、そこまでお気にされるのでしたら…そうですわね、新しいものをお作りになった時にお見せいただけますか?」
「…それでも…」
「私、このように可愛らしい細工を見たことがこれまでありませんの。きっとお作りできるのは聖女様だけだと思いますわ。どうかまた見せていただける機会をくださいませ。」
代価を要求せずに望むものを渡す。ここまで恐縮に思っている聖女はおそらく新作を見せに来るだろう。その時はまた新たな布を渡して…きっと同じように恐縮するだろうから確実に可能な約束を取り付ければその次に繋がる。そうやって聖女が定期的に訪れるようになれば、この店の評判も上がるはずだ。廃材を渡すだけで先が明るくなるのならいくらでもくれてやる。相手の要望を聞くだけでは店の代表などやってはいけない。せっかく手に入れた自分の城だ、強固に大きくしたいではないか。にっこりと聖女へ微笑むウルズラは、やはり商売人なのだ。




