056
「カーレーンー!」
外から名前を呼ばれた。時計を見れば、後水時も半分を過ぎている。フウの反応がないと言うことは、外でカレンの名を呼んだのは顔を見知った相手だ。トントン、と言うよりもドンドンと叩かれた玄関をカレンが開けると、そこにはジェイとケルビーがいた。
「はい、これ。俺からカレンに。」
「わ、陽慕花だ。ありがとう、ケルビー。」
「ジェイからのは勘弁してあげてねー。」
「ケル!」
「ふふ、分かってる。」
「さっむ!入っていい?」
「いいけどこんな夜にどうしたの?」
「討伐帰り。最近穢獣が増えてるってんで狩ってきた。おいケル、さっさと入れよ。」
「ちょっとぐらい待ってくれてもいいだろ。」
「待てねえ。カレン、野豚の腿肉と穢魔石。腿肉はやる。穢魔石を浄化してくれ。」
「お肉!ありがとう、嬉しい。穢魔石は…わぁ、濃い色。高く売れるといいね。私、これから夕飯なんだけど、食べてく?」
「あはは、狙い通り!何?」
「スープスパ。」
「聞いたことねえ…。また奇妙なもん作ってんだろ。」
「そんなこと言うなって、ジェイ。カレンが作った飯はうまいんだから。」
玄関でワイワイするジェイとケルビーの外套を預かって壁にかける。慣れたように洗面所へ向かう二人をそのままに、カレンは一輪挿しの代わりにコップを使って陽慕花を挿した。それを食卓の中央に飾り、夕飯の調理を再開する。
「ねえ、カレン!すっごい量の陽慕花があるんだけど!?」
「え?…あぁ、シュテファン様からだってキーランドさんが届けてくれたの。どうしていいか分からなかったから取りあえず水に挿してそこに置いておいたんだけど。」
洗面所から出てきたケルビーが驚き半分にやけ半分のたくらみ顔でカレンの横に立つ。贈り物の陽慕花、それは昼前のことだ。神殿からの帰り道、森の前でキーランドが待っていた。大きな花束を持ってどこか居心地悪そうにしていたキーランドは、カレンの顔を見て明らかにホッとした様子だった。『シュテファン様からの贈り物です』と渡された花束はすべてが陽慕花で、人気の花をこれだけ集めるのにどれだけの手間とお金をかけたのかと現実的なことが頭をよぎった。そこに雪の結晶模様の矩形固紙が添えられていて、それとは別に手紙も渡された。内容はカレンの体調を気遣う言葉だったり、『カレン嬢からの手紙を心待ちにしている』やら『また会える日が楽しみだ』やら心をくすぐるような言葉だったりが並んでいて、カレンは読み終わった後にそこはかとなく疲れてしまった。
「貴族の人って大変だよね。」
「大変?」
「だって、ことある毎に女の人を褒めなきゃいけないんだよ。好きでもない相手に対しても。ある意味、可哀想だよね。」
「いや、でも何も想ってない相手に対してあの量の陽慕花をわざわざ届けてくるかな?…カレンを口説いてんじゃなくて?」
「次期辺境伯様が?一般人を?」
「カレン、聖女様じゃん。」
「『聖女様』は身分じゃないでしょ。」
「嫌なの?」
「本気じゃない人に靡くほど軽い女じゃないつもり。え、もしかして軽い女に見られてる?」
「そ、そんなこと思ってないって!」
ジトリと睨まれたケルビーは大慌てで否定する。思ってないし、ここでカレンの機嫌を損ねたら夕飯を食いっぱぐれてしまうのだ。一年の最終日を残念な気持ちで終わらせたくない。
「カレンは良い女だよ!美人だし、落ち着いているし、料理はうまいし!」
「なに急に。やだ、もしかしなくても本当に軽い女って見てた?」
「だから違うって!!」
「はいはい、ありがとう。ジェイと向こうで待ってて。ウェインか白ビエルならあるけど…」
「酒は持ってきてるから大丈夫。」
「…討伐に行った帰りなんだよね?」
「うん。討伐に行って、冒険者組合に行って、カレンに渡した部分以外の肉を売って、ビエルを買って、ここに来た。」
準備万端だこと、とカレンは笑う。ハムを取り出して薄切りにしたものとトマトをチーズと香草とオリーブ油と塩胡椒で和えたものを冷箱から取り出し、簡単に木椀に盛った。ケルビーはそれを食卓まで運び、ジェイと一杯やり始める。仲の良さを小耳にはさみつつ、カレンは夕飯の支度にとりかかった。パスタを茹でる前でよかったと思いながら追加食材を準備する。ベーコンとタマネギは薄切り、キノコは一口大に割いて炒めておく。別の鍋で3人分のパスタをゆでている間に、冷凍保存しておいたコーンスープを炒めたものと一緒に温める。木椀に湯切りしたパスタを盛り、たっぷりとスープをかけて、食卓へ乗せた。カレンの分の白ビエルも忘れずに。
「うまそ。」
「ありがとう。どうぞ召し上がれ。」
「乾杯。」
寒い日は温かな食事がことさら身に沁みる。若干猫舌気味のカレンはハフハフ言いながらパスタを口に運んだ。日本で言う大晦日の今日、スープスパは年越しそばの代わりだ。随分とアレンジされたものだけれど。こういう風習はなかなか抜けるものではない。
「何これ、うまいんだけど。」
「コーンスープにパスタを入れただけだよ。コンソメスープやトマトスープに入れてもおいしいし、牛乳を使ったスープに入れると結構お腹いっぱいになるし。簡単だから二人も作ってみれば?」
「カレンの簡単は俺らにとって簡単じゃないからなあ。」
「そもそもこんな洒落たもんを男二人で食ってもな。」
「気に入ったなら、デン君達が来た時にでもまた出すよ。」
「今日のとは違う味でよろしく。」
「はいはい。ところで聖週はほとんどの人が働かないって前にケルビーは言ってたのに、二人は今日も働いてたの?」
「他の人が働かない分、聖週の依頼は報酬がいいんだよ。」
「言ったろ、穢獣が増えてるって。」
「大きなものは穢獣部隊が出動するんだけど、小さなものは俺達冒険者でも倒せるからね。冒険者組合に貼り出されている討伐依頼の量もいつもより多かったし、カレンも森へ入る時は気を付けて。」
「てか、この森では出てないのか?」
ジェイに聞かれてカレンは週に一度の探索を思い返す。しかし穢獣と出会ったことはなかった。カレンが首を振ると『さすがヘイリゲルワルド』と納得とも呆れともとれる相槌をされた。コウたちのおかげで穢獣がいないのだとすればこれからも出ないでほしい。切実に願う。
「あ、カレン。外、行こう。もうすぐ燈花が咲く。」
「燈花?」
「火属性の神官達が空に大きな花を咲かせるんだ。綺麗だよ。」
「え、見たい!」
「だろ!?ほら、ジェイも行くぞ。」
「俺はいい。中にいる。」
「なに言ってるの?ほら、行くよ!」
あと少しで日付も変わろうかと言う頃、ケルビーが時計を見て急かすように誘った。空に咲く花ならば花火みたいなものだろうか。カレンはそんなことを考えながら外套を羽織って外に出た。フッテ内との温度差でぶるりと体が震えたが、ケルビーが言うにはそんなに長い時間でもないらしい。神殿の方向に広がる星空を見つめる。肌を刺すような冷たい空気でこの世界は満たされているのか、ちらちらと瞬く星の数は日本で暮らしていたところと比べるまでもなく多い。単純に綺麗だなとカレンが感動していると、音もなく夜空に花が咲いた。
「ぅわっ!」
「お、始まった!」
夜空に咲く花、と言う意味では花火と燈花は同じだった。しかし燈花は一本線画化された絵が浮かび上がるような感じで映写っぽいなとカレンは思った。あの腹の底に響く音と共にパッと咲く迫力と高揚感がないのは残念だが、燈花は燈花で綺麗だ。知っている花も知らない花も浮かんでは消え、消えては浮かび、最後は薄雪草が誇らしげに咲いた。
「新年おめでとう!」
「おめでとう。」
「…あけましておめでとうございます。今年もどうぞよろしくお願いします。」
時間にしておよそ5分の天体映写が終わった後、ケルビーとジェイが新年の挨拶を口にする。カレンが身に染みついた挨拶を返せば『初めて聞いた』と少し不思議そうな顔をされ、『こっちこそよろしく』と楽しそうに笑って答えられた。




