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 星霜祭は一年の中で最後にして最大の祭りだ。どの月にも属さない聖週の六日を期間とする。すなわち、一年の最後の週がすべて祭りなのである。と言っても特別な何かがあるわけでなく、神に一年の感謝を捧げ、家を大掃除し、新しい年を迎える準備をするのだ。エストマルク王国は多神教で、六属性の神を信仰している。聖週は一年の最終週なので、自分の属性日に神殿へ赴いて属性神に祈る人が多い。この週は仕事をする人は少なく、南北の大通りに並び出る屋台を楽しんだり、のんびり家で過ごしたり、と日本の年末とあまり違わないようだ。

 ここ1、2週間で寒季はさらに深まった。週の半分ほど雪が降るようになり、外を歩く人影も減っている。通行できなくなるほどの積雪ではないが、町はすっかり白く染められている。森の中で暮らすカレンは町の住む人達より苦労が多い。けれど年に数回雪が降るだけで積もることは滅多にない環境で育ったカレンは雪化粧すら楽しいらしく、意味なく外に出て足跡をつけてみたり雪ダルマや雪ウサギを作ったり、幼い子供のようにはしゃいでいた。お供はスイだ。コウは白くて見えなくなるし、エンはフッテから出ようとせず、フウとチイは基本的に好きなように森で遊んでいる。トゥバルトと契約したヘイリゲルワルドの探索も欠かさずに行っていた。

 聖週闇の日、カレンは神殿へ向かった。闇属性は少ないとは聞いていたが中はガラガラで、自分の異端さを見せつけられたような心持ちになったカレンは自嘲するように苦笑う。せっかくだからと祭壇の近くの席に座り、闇神像をじっと見つめた。男性とも女性とも確定できない中性的な人物像が両手を胸に当てて、参拝者を慈しむように見下ろしている。黒い何かでできている像は物言わぬのにまるで問いかけてくるようで、カレンはただひたすら闇神像を見ていた。そうしてどれくらい経っただろう。『ヒョーク様』とそっと呼びかけられて視線を移せば、大神官が穏やかな微笑みを浮かべてカレンの方へやってくる。カレンも立ち上がりゆっくりと微笑んだ。


「こんにちは、大神官様。お邪魔しております。」

「随分と熱心に闇神様と向き合われていたようですが、何かありましたかな?」

「いいえ、特別なことは何も。ここに来て3か月が経つのだなぁ、とぼんやり思っていました。」

「そうですか、もうそんなに経つのですね。オストシエドルングには慣れましたか?」

「えぇ、おかげさまで。聖女様なんて大層な呼ばれ方をされていますが、領民の皆様に疎外されることもなく何かと助けてもらいながら暮らせています。どうもありがとうございます。」

「ヒョーク様がお作りになられる加護細工、とても評判がよろしいですよね。私も一つ持たせていただこうかと検討中なのです。」


 …加護細工とは。また一つ過大評価を聞いてしまったような気がする。いや大丈夫、私は何も聞いていない。


「大神官様には魔力を視ていただいたり、魔法や魔石などの説明をたくさんしていただいたりしましたので、よろしければ何か作らせてもらえませんか?」

「おや、いいのですか?」

「もちろんです。聖職者の方にお渡ししてもいいものか、申し訳ないような気もしますが…」

「何を仰っているのですか。聖女様のお手製の細工ですよ、ぜひとも身に着けたいです。町の人達も『背伸びすることなく手に入れられる』ととても喜んでおりますよ。」

「それはよかったです。マジスさんが話を出してくれたおかげですね。」

「昨日も特別な加護細工をご用意なさったとか。」

「私の育ったところでは新しい年を迎えるにあたって、神様をお迎えする飾りを玄関に飾る習慣があるのです。それをオストシエドルング風に加工して作ったのですが…その、かなり凝ってしまって…」

「ですがすぐに売れたと言うではないですか。今日もお持ちなのですか?」

「ええ。一日に一つ、その日の属性で作ろうと思いまして。」

「よろしければ見せていただいても?…ああ、これは素敵ですね。麦藁でしょうか、この縄は。」

「はい。ジェイとケルビーに頼んでファビアンさんから分けてもらいました。」

「そこに属性色の花と…陽慕花でしょうか、これは。それから薄雪草ですね、こちらは。」

「エストマルク王国を象徴する花だと聞きまして。」

「本当に素敵です。なるほど、これはすぐに売れてしまうはずです。」


 ありがとうございました、と丁寧に返却された飾りをカレンは蔓籠にしまう。その様子を見守りながら、いかにも神官らしい質問を大神官はした。


「神をお迎えする飾り…。ヒョーク様のお国の神はどのような存在なのですか?」


 ぱちくりと瞬きをしたカレンの瞳には知的好奇心に満ちた大神官が映り、カレンは何と答えればいいかしばし考え込んでしまう。


「…国教はありませんでした。信仰の自由が認められていて、何を信じるかは個人で違うものでしたので。ですが…そうですね…私の周りでは人生の節目に神様へお参りをする程度には信仰しておりました。」

「それで、その神と言うのはどのような?」

「どのような…えぇと…たくさんの神様がいるので説明するのは難しいのですが…何と言うか、もう魂の根底に刻まれているような…普段はあまり意識していませんが、何かの折に『神様はいる』と確信してしまうと言いますか…。うまく言葉で表せなくて申し訳ないのですが…例えば大神官様から『闇神様を信仰しなさい』と言われても拒みはしないと思います。元々多神教の国でしたので。ですが『闇神様だけを信仰しなさい』と言われたらお断りすると思います。信仰心は篤くないですけれど、棄捨することはできません。」

「…なるほど。ヒョーク様のお国の神はヒョーク様に溶け込んでいるのですね。」

「…あぁ、溶け込んでいる…そうなのかな…えぇ、そうかもしれません。」


 満足そうに頷く大神官に対し、カレンは小首を傾げたまま微妙な顔をした。その腑に落ちないようなすっきりしないような態度を、大神官は神職についている者として嬉しく思う。


「ヒョーク様のお国の神にとって、ヒョーク様がそうやって真剣に考えられているのは嬉しいことでしょうね。…さて、お時間を取らせてしまいました。もうしばらくお祈りされていかれますか?」

「あぁ、いえ。今日はこの辺で失礼します。」


 話を切りよく終わらせた大神官に合わせ、カレンは脇に畳んでおいた外套を羽織って軽く会釈をする。


「お邪魔しました、大神官様。」

「雪は降っていませんが、外は寒いですからね。どうぞお気をつけて。」

「ありがとうございます。大神官様もお忙しいでしょうけれど、お体に気をつけられてください。」

「ええ、お互いに。良いお年を。」

「よいお年を。」


 わざわざ扉まで見送りに出た大神官にもう一度会釈をし、カレンは神殿を後にした。魔石店へ寄って今日の分の細工品を売り、冒険者組合で達成記録を更新する。そのまま商業区画で夕飯の材料を購入して、大通りに並んでいる出店でグルゥウェインを買った。このグルゥウェインには黒と白があるのだが、カレンはさっぱりとしている白の方が好みだ。リンゴと砂糖と香辛料と一緒に白ウェインを温めたもので、行儀は悪いが寒い中で飲み歩きするのが醍醐味なのである。


「森の中の道、ぐちゃぐちゃになってないといいなぁ。」

「フウとチイ次第だな。」

「元気に遊んでいるのはいいことなんだけどね。」

「そのまま家の中に入って汚れた床を見て悲鳴をあげたのは…はて、誰だったか?」

「私です!あの一回だけでしょ!お風呂場に直行して体を綺麗してから部屋に入るようにしたじゃない!」

「あの時のカレンは怖かったぞ。」

「あれはフウとチイが悪いと思う。」


 フードの中から肩に前足を掛けたコウがクツクツと笑いながらグルゥワインを飲みたそうに首を伸ばす。傾けるようにしながらコップを肩口に持ち上げれば自分で器用に調整して飲むコウに、『アルコールも大丈夫なんだ』とカレンは今更ながらの感想を持った。


「…あっ、全部飲まないでよ!?」


 気付けば軽くなっているコップを慌てて戻そうとしたカレンを鼻で笑うと、コウはぐいとコップの角度を鋭くした。

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