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採取は無事に完了した。麻袋に入れたそれらを冒険者組合へ持っていき、鑑定技能を持つ受付へ提出すれば、手早い鑑定を一つ一つ繰り返して相当分の報酬とポイントが貰える。これで採取依頼の完了と言うわけだ。本来は一人でできる量を三人で受けたので、報酬を三等分すれば初心者が受け取る程度だった。それでも魔石店の売り上げ分も含めれば一日暮らすのに問題ない金額となり、カレンはほくほくと嬉しそうに笑う。時計を見ればまだ後火時、そろそろ太陽の色が変わり始める頃だ。日に日に日没が早まっていることだし、冒険者用の店を紹介してもらえるのならすぐにでも行ったがいい。カレンが話しかけようとケルビーに視線を向ければ、心得たような笑顔が返ってきた。
「ウェルさんのところだろ?案内していい?」
「お願いします。」
ウェルクゼウグ、と言う男は討伐を得意とした元冒険者だ。まだまだ現役で活躍できる歳なのだが、妻を娶り家庭を持ったため、町中に定住するようになった。討伐依頼で野宿を散々していた経験を生かし、冒険者が携帯する商品を専門とする店を五番路に構えている。五番路は平民区分の中でも奥の方に位置するため、取り扱っている商品もそこまで高価なものはない。しかしウェルクゼウグの品定めをする目は確かで、掘り出し物も多く、若手冒険者や懐が寂しい中堅冒険者達の強い味方になっている。
冒険者組合から大通りに出て商業区画に沿って10分ほど歩く。組合は一番路を一部潰して建てられているほどの大きさを誇るので、二番路から数えて4番目。五番路に入ってからさらに10分ほど歩いたところにウェルクゼウグの店はある。扉が開くと鳴るようになっている鈴の音に、ゴソゴソと品出しをしていた男が顔を上げた。
「おお、ジェイとケルビーじゃねえか。…と、聖女様!?」
「こんにちは、お邪魔します。」
「は!?え!?いらっしゃいませ!?え、何、お前ら…聖女様と…はあ!?」
「ウェルの旦那、慌てすぎだろ。落ち着けって。」
「は!?だってお前らと聖女様…オストシエドルング一のやんちゃ共と聖女様ってどういう組み合わせだよ!?まさか無理やりじゃねえだろうな!?」
「ウェルさんさー、カレンに余計なこと拭き込まないでくれる?」
「やんちゃなんだ?」
「ほらー!冒険心溢れるって言ってほしいね。カレンもウェルさんの言うことなんか聞かなくていいから。」
「ウェルの旦那、俺らは聖女様に頼まれて連れてきてやったんだぜ?」
「そうそう!必要な道具が欲しいってカレンが言うから、ウェルさんの店を紹介するために来てやったのになー。」
「違う店に行くか、ケル。」
「だな、ジェイ。」
「待てっ!!」
くるりと足を反転させたジェイとケルビーの肩をがっしり掴んだウェルクゼウグは、探るように二人へ視線を行き来させた。それからはあ、と大きなため息を吐く。
「…ったく、どういう組み合わせだよ。」
「俺らとカレンは友達だよ。」
「どういう経緯で知り合ったんだか…。まあ、ゆっくりしていけ。聖女様、どのようなものが欲しいんでしょうか?」
「えぇと、ナイフ?です。持ち運びできて、採取に使えるものがいいのですが。」
「討伐や探索などは?」
「当分するつもりはありません。町中や近くの森でできることをしようと思っていますので…」
「でしたら、最近見つけてきたこれがおすすめです。」
ウェルクゼウグはそう言うと、ナイフを並べてある右側の棚にカレンを誘導した。
「これは採取依頼に特化したナイフでな、刃の部分が山型になっているので地面を掘ることができるんだ。モノによっては根の部分まで必要になるものもあるが、これなら一本持っているだけで問題ない。片方が直刃ですぱっと切れるし、逆側は波刃になっているから多少太い枝でも切り落とすことができる。腐食防止魔法もかけてあるから錆びねえし、汚れも簡単に落とせるし、刃自体を厚めに作ってあるから頑丈だ。聖女様が持つにはちっとばかし大きいかもしれないが、持ってみろ…ますか?」
おそらくこういったものが好きなのだろう。ナイフを細部まで饒舌に説明していたウェルクゼウグは、相手が誰かを思い出して慌てて丁寧な言葉遣いに直した。ずいと突き出したナイフを気まずそうに引っ込め、ばつが悪そうに空いているほうの手を自分の首筋に這わせている。その様子にジェイとケルビーはぶはっと噴き出した。
「ウェルの旦那、無理して綺麗な言葉を使おうとすんなって。苦しいぜ。」
「似合わないよー、ウェルさん。」
「…お前らは黙ってろ。」
「いえ、あの、ウェルさん…でいいの?ケルビー?」
「俺らはウェルさんって呼んでるけどね。ウェルクゼウグさん、だよ。言いづらいったら。」
「ウェルク、ゼ…?」
「ウェルクゼウグ。」
「…失礼しました。どうぞ楽に話してください、ウェルクゼウグさん。」
「いや、しかし…」
「ジェイもケルビーもそうしていますから。私はもともとこの話し方ですので、お気遣いなくお願いします。」
「…なら、聖女様に甘えさせてもらう。ああ、なんだ、その…ナイフ、持ってみるか?」
「はい。」
木でできた柄を向けられ、カレンは慎重に握る。鏡のような刃は少しの光でも反射し、刃物と言えば包丁ぐらいしか持ったことのないカレンは緊張からごくりと喉を鳴らした。見た目は細いスコップのようなのだが刃先は鋭利に研ぎ澄まされていて、指でなぞっただけでも切れてしまうのだろう。柄は少し太いかもしれない。だが、握れるので問題ないと思われる。そして、想像していたより軽い。これならたくさん採取してもナイフが原因で手が疲れることはないだろう。
「…どうだ?」
「はい。思っていたよりしっくりと手に馴染んでいるような気がします。」
「木の柄だから使うほどに手に馴染んでくる。…柄はもう少し細え方が聖女様の手に合う、か。買ってもらえるならこれを作った奴に調整させるが、どうする?」
「…おいくらですか?」
「40ゲルドだ。」
買って後悔する額ではない。ナイフはこれから持っていないといけないだろうし、ジェイとケルビーが通っている店の主が薦めるのだからカレンにとって使い勝手の良いナイフなのだろう。カレンが確認するように後ろで一緒に説明を聞いていた二人の顔を見れば、いいんじゃね?と肯定するように小さく頷いている。
「買います。あ、でも今日はお金を持ってないのですが…」
「ああ、調整後でいい。もう一回握ってみてくれ…あと、指先第一関節分ってところか。すぐに調整に出す。そうだな…柄の直しなら三日ありゃできるだろ。そん時までに金の用意はできそうか?」
「はい。お願いします。」
「カレン、ナイフだけでいいの?」
「あと何が必要?全然分からないんだけど。」
「仕事中は両手を空けておいた方がいいから剣帯は絶対だな。あとは薬用の小瓶と携帯食と、採取をするってんなら採ったものを入れる袋だろ。それから…」
「…たくさんありそうだね。一つずつ見て回ってもいい?」
「いいよー。」
「まだ店にいるなら、俺は調整出しに行ってくるわ。ちっと店番を頼む。」
ウェルクゼウグが裏口から出ていく。店に残ったカレン達は順番に見て回ることにした。剣帯にはナイフや鞄などをつけるので丈夫なものを選ぶ。冒険者になりたての頃は基本的に革製のものを選べばいいとカレンは助言を受けた。そこから徐々に必要とするものに金をかけて装備を整えるのだそうだ。水筒は剣帯に吊るして邪魔にならない大きさのもの。陶器製の小瓶は必要な本数を買って、薬品店で中身を入れてもらう仕組みになっている。携帯食は行動しながら食べられるキューブ状のもので、万が一迷ったり遭難したりした時の非常食にもなる。町から遠く離れるつもりのないカレンにとっては、日本にいた時にバッグにお菓子を忍ばせていた感覚で持っていればよさそうだ。採取したものを入れる袋は麻でできているので作ればいい。簡易裁縫道具、手拭、導石。それらを入れる鞄はもちろん革製のものを選んだ。
「これは?こっちにある鞄だけやけに高いんだけど、何で?」
「そっちのは空間鞄。入れられる量は持ち主の魔力で決まるが、何でも入れられるからすげえ便利な分、ふざけんなって言いたくなるぐれえ高いんだ。鞄自体が大きい方が、物は入れられる。」
「空間魔法が使える人が羨ましいよね。」
ケルビーの言葉にカレンの心臓がぎくりと跳ねた。なるほど、カレンが使っている手法を形にしたものなのか。空間魔法が使えることは他人に知られない方がいい、と以前ミラとミリに教わった。だからカレンはわざわざ蔓籠を買い、そこから取り出す振りをしている。手に取って見てみるが、カレンが買おうとしているものと大差ない。これならばいつか何かの拍子でバレそうになった時も、空間鞄を使っていると言えば誤魔化せるだろう。カレンはいいものを見つけたと内心でにんまりした。
三日後。調整し直したナイフと取り置きしてもらっていた品物を手に、カレンはコウとグレンズワルドへ入っていく。依頼内容は陽慕花の採取50本。名前の通り陽だまりに咲く花は、根を残しておけば再び花をつけるとジェイが教えてくれた。隣国へ続く一本道を外れて少し、導石を置きながら歩いていると陽慕花を見つける。さっそく握りやすくなった柄を掴んでナイフを抜き、地面近くで手首を動かせば、すっぱりと二分する切れ味のよさに口角が上がってしまう。
「…導石などなくとも我がおる。」
「うん、コウがいるから心配なんかしてないよ。だけど…冒険者っぽいじゃない、なんだか!」
「そなたは案外夢見がちなのだな。」
「うーん、そうなのかなぁ…?」
「まあ、よい。カレン、そこを掘ってみろ。」
「え?ここ?…わっ、有色魔石だ!」
「我がおれば問題なかろう?」
「うんうん!」
地面を狭深に掘れるナイフに、出てきた魔石に、カレンの胸はわくわく高鳴る。もう少し慣れたら冒険者っぽい服を揃えようかな。




