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今日は髪留め販売について魔石店の店長と話し合う予定だ。フラウ・ウルズラからも同じような話がきていたので、三人が握手を交わせるような交渉ができるといい。場所はフラウ・ウルズラが提供してくれた。
「さて、ではさっそく話を詰めていきましょう。まずはヒョーク様のお考えを聞かせてもらえますか?」
「はい。魔石店の方は平民向け、ウルズラさんの方は貴族向け、と考えています。平民向けのものは手ごろな値段で手に入れられるように量産して、貴族向けのものは完全受注生産の一点物でどうでしょう?」
「大枠はそれでよろしいかと。」
「私も賛成いたしますわ。」
「よかった、ありがとうございます。あの、こうやって何かを売るのは初めてなので細かいところがよく分からなくて…。いろいろ教えてください。」
「では私から。」
そう言って話の続きを引き受けたのは魔石店の店長だった。
「ああ、その前に。どうやらよいお付き合いをさせてもらえそうなので、改めて自己紹介をさせてください。私はマジスチェルステインと申します。無駄に長い名前なので、どうぞマジスと呼んでください。」
「では私も。ウルズラですわ。この店の店長を任されておりますの。皆様からはフラウ・ウルズラと呼ばれていますが、ウルズラで結構ですわ。」
「カレン・ヒョークと申します。家名呼びで育ったのでヒョークと呼んでいただければ…。」
「はい、どうぞよろしくお願いします。話を戻しますが、うちはヒョーク様がお作りになったものを販売する場として考えてください。魔石は原価でお譲りします。販売もうちの店員が致します。その代わり、売り上げの一割をいただきます。それと、できれば平民向けはうちだけでお願いしたいのですが…。」
「個数や納品期日の指定などはありますか?」
「いいえ。全てお任せします。店に置いてあるかは来店した時の運と言うことにすれば、ヒョーク様の作品の価値があがります。バザーを思い出してください。」
ニヤリと笑ったマジスチェルステインに、カレンはあの時の喧騒を思い出して遠い目になってしまう。確かに勢いがすごかった。ワルテンの呼び込みが功を成したのだろうが、日本のバーゲンセールも真っ青だった。
「…アハハ…呼び水になれればいいのですけれど。先程も提案しましたが、気楽に身に着けてもらえるような手ごろなものがいいなと思っています。魔石を使っているので、万一の時に躊躇いなくそれを使ってもらえるとお守り代わりになりますよね?」
「『聖女様がお作りになられたお守り』と言うだけで安心します。もし使ってしまっても新しく買えるような値段なら、万が一の時は本当に身を助けてくれるでしょうし。」
「そうなんです!そんな畏まったものではないので楽しんでつけてもらいたくて!『聖女の加護』はないですけど、少しでも気休めになるなら…まあ、私には聞こえないと言うことで…」
「お願いしておいた試作品は持ってきてもらえましたか?」
「はい、こちらです。」
カレンは足元に置いた蔓籠の中から取り出して応接机の上に並べる。
「バザーの時に店長さ…失礼しました、マジスさんに教えた貰ったことを私なりに気を付けて作ってみました。一番左はリネンでできています。中心の魔石は一番安いものですし、バザーのものより大きさを一回り小さくしたので、5ゲルドと想定しています。その隣はコットンを使っていますので、魔石と大きさは同じでも7ゲルド、真ん中二つは布を重ねていますのでリネンが8ゲルド、コットンが10ゲルドと考えています。…10ゲルドは高いでしょうか?」
「確かに桁が上がるのは少し抵抗があります。が、女性の装飾品については全くのお手上げで…ウルズラはどう思います?」
「コットンはまだ平民があまり手を出せない素材ですわ。小さなものでもコットン素材のものを身に着けられると考えるなら、決して高い値段ではないかと。真ん中のものは左に比べて見た目も華やかですし、お洒落に敏感な若い女性を中心に爆発的に売れると思われますわ。」
「勉強になります。ありがとうございました。ヒョーク様のお考えで問題なさそうですね。」
「よかったです。右端は花びらの形を変えただけなので値段も同額でいいかなと。それで、少し色に気を付けるとこんな風になるんです。」
前置きをしたカレンが蔓籠から新たなものを取り出す。
「おお、しぶい!」
「これなら男性にも身に着けてもらえるかなと思いまして。それからこちらは花びらの配置を変えてみたものです。」
「翼になった!」
「これも売れそうですか?」
「売れないわけがない!」
「よかったです。男の人ってどこに着けそうですか?襟飾り…胸飾り…とりあえず留め針に付けてみました。どんな使い方でも構わないのですが、私の発想が乏しくて…汎用できそうなものを教えてください。」
「そうですね、うちの者にも聞いてみます。ここにあるのは全部預かってもいいですか?」
「差し上げます。店員さんに着けてもらってください。」
「でしたら、今日の分から直接依頼といたしましょう。…しまった、依頼用紙を持ってくるべきだったな。申し訳ありません、この話し合いの後に店へ寄ってもらっていいですか?」
「もちろんです。」
「では、当店とヒョーク様との提携内容の最終確認をしましょう。」
マジスチェルステインは鞄の中から紙を取り出してこれまでの内容を書き出す。カレンへの魔石販売は原価格、カレンが製作する商品の値段設定、個数や期日の制限なし、売り上げの一割は魔石店の委託販売料、この提携は直接依頼とすること。まったく同じことを二枚書いたマジスチェルステインはそれぞれに署名を入れた。カレンも署名をして一枚ずつ持つ。これで魔石店との提携は結ばれた。
「さあ、次は私の番ですわね!」
「ウルズラさん、よろしくお願いします。とは言っても貴族の方がお相手の商売は何もかもが違うのでしょうから、ウルズラさんにお任せする部分が大きいと思うのですが…」
「ええ、その通りですわ。ですから、私の提案を先に聞いてくださいませ。」
「はい。」
「先ほどヒョーク様が言われた完全受注生産の考えは素晴らしいですわ。言うならばドレスを作るのと同じですものね!お客様の好みを細かく聞くことができますし、その場で大まかな意匠を決めることもできますし。」
「はい、私もドレスと同じだと思いました。」
「ただ一点違うことは、ヒョーク様の作品は手直しができないと言うことです。いいえ、手直しをしない方が希少なものになります!ですので、私から三つほど提案いたしますわ。一つ目、ご注文を受ける際にはヒョーク様も参加なさること。その場にいらっしゃらないとどうしても伝わらないことはございますものね。」
「そうですね。できる限りお客様のご要望に沿いたいと思います。」
「まあ、お優しい!二つ目、下描の段階で細部まで意匠を決めてしまうこと。以後の変更は一切なしと致します。あとからごちゃごちゃと煩くされないよう、この店でご注文を受けてたくさんの布の中からお客様ご自身にお好みの色を選んでいただきましょう。」
「実物を見て決められるのはいいですね。」
「微妙な色の違いで好みが変わることもございますから。三つ目、使用する魔石はお客様自身にご用意していただくこと。これは他の宝飾品もそうでございます。『この魔石を使って作れ』は貴族社会ではごくありふれたことなのですよ。」
「そうなのですか?」
「ええ。魔石の研磨はマジスの店にお願いしましょう。」
「おや嬉しいですね、ありがとうございます。」
「おほほ、後ほどいろいろと相談させていただきますわよ?簡単に纏めてしまえば、私がお客様のご要望を完璧に下描してご覧に入れますので、ヒョーク様は用意された素材で素敵な作品を作り上げてください。いかがでしょう?」
「…ウルズラさんがそれでよろしければ。」
反対するところなど見当たらない。カレンはこっくりと頷いた。
「価格設定でございますが…貴族の方は難しいところがあって、低額すぎても高額すぎても満足していただけません。使用する魔石や布によってもだいぶ変動しますので、その場で決めるのがよろしいでしょう。私との提携も直接依頼、売り上げの八割がヒョーク様、二割が私。決して損はさせませんことよ?」
にっこりと確信的に笑うウルズラに、カレンはふたたびこっくりと頷く。
「まあ、それでは私とも署名交換いたしましょう!よかったですわ、たくさんの奥様やお嬢様からアッカーベルグ家の皆様が夜会で着けられていた装飾品についていろいろ聞かれていましたの!」
上機嫌で紙にしたためるウルズラに、カレンはみたびこっくりと頷いた。




