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043

「早速のお呼びだ。カレン嬢、しばらく父上に付き合ってくれ。」

「…シュテファン様は行かれないのですか?」

「いや、俺にとっても忍耐の時間だ。シグ、シアナ、お前達はどうする?」

「僕達はここにいるよ。少しはこっちで引き受けるから。」

「助かる。」


 流された目線にシュテファンは息を吐き出し、カレンを連れて広間の奥にいる父親のところへ向かう。オストシエドルングを領するトゥバルトはマリーと共に招待客に囲まれて談笑していた。


「おお、来たか。」

「カレン嬢、ごきげんよう。」

「こんばんは、トゥバルト様、マリー様。本日はお招きくださってありがとうございます。」

「そのドレス、よく似合っているわよ。あら、首飾りは初めて見るものね。私の…ああ、頭飾りにしたの?ミリもなかなかやるわね。」

「マリー様こそ、緋色のドレス姿がとても素敵です。私、女ですけれど、ドキドキしてしまいます。…マリー様も胸飾りを着けてくださっているのですか!?」

「当たり前でしょう?似合っていて?」

「ええ、ありがとうございます。」

「あらあら、お礼を言うのはこちらの方よ。トゥバルト様も喜んでいるのよ。ねえ、トゥバルト様?」

「ああ。私も気に入っているぞ。礼を言う。」

「着けていただきありがとうございます。トゥバルト様の魅力を少しでも引き立たせられているといいのですけれど。」


 トゥバルトの首布留めとマリーの胸飾りはカレンがささやかながら日頃の礼として贈ったものだ。同じ意匠の色違いになっている。まさか贈ってすぐ着用してくれるとは思っていなく、カレンは驚いたのと同時に嬉しさで破顔した。


「辺境伯様、お話が弾んでいるところ申し訳ないのですが…そろそろ我々に聖女様を紹介していただけませんか?」

「おお、そうだな。失礼した。こちらはカレン・ヒョーク嬢、ご覧の通り闇の聖女様でいらっしゃる。」

「はじめまして、聖女様。お会いできて光栄です。」

「カレン嬢、こちらはグリシャ・フライヘッル・ヴォン・フィスチェレイ殿。漁業区域の取り纏めを任せている。お隣はフィスチェレイ男爵夫人とご令息だ。」

「はじめまして。カレン・ヒョークと申します。」

「カレン嬢、キーランドのご両親と兄上だ。」

「キーランドさんのご家族様ですか!」

「これはアッカーベルグ伯爵様。お久しゅうございます。王都でもご活躍を耳にしております。」

「昔のようにシュテファンで構わない。グリシャ殿も変わりなさそうで安心した。漁獲量の方はどうだ?」

「概ね良好でございます。お時間がある時はまたぜひお越しください。」

「それも久々にいいかもしれないな。カレン嬢、湖はお好きか?グリシャ殿の邸宅は大きな湖のそばにあって、心地よい時間を過ごせるのだ。」

「きっと素敵なところなのでしょうね。機会があれば、ぜひ。キーランドさんにはいつもお世話になっております。とても親切にしていただいているのです。」

「聖女様のお役に立てていると知ったのなら、息子も喜ぶことでしょう。ぜひお越しください、お待ちしております。」


 エストマルク王国の貴族は公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵、の五爵位に分かれ、伯爵までが上位、子爵と男爵は下位と、貴族の中でも身分の差がある。上位貴族は領地を有している家が多く、そこからの収入を軸に諸々手を広げていく。しかし、下位貴族は領地を持っていない。収入が見込めないのだ。いちおう王国からも貴族年金と言う名の年俸はあるのだが、下位貴族はそのほとんどを貴族税の支払いに充ててしまうために、あってないようなもの。王城勤めをしている家は王都で慎ましやかな生活をしているが、それらの職にありつけない家は問題だ。では、どうするのか。地方の上位貴族を頼るのだ。オストシエドルング領は肥沃で広大な土地、しかもアッカーベルグ家は金払いもいいため、下位貴族にとって仕事を得るには理想の場所だった。

 フィスチェレイ家もそうしてオストシエドルングに定住した家の一つなのである。下手に王都で倹しい暮らしをするよりも、地方で高位貴族に気に入られて金も力も得た方がどんなに暮らしやすいか。生真面目な性格の当主が代々続いたこともあって、フィスチェレイ家はアッカーベルグ家からの信を掴み取り漁業区域の管理者として勤めていた。三男のキーランドがシュテファンの遊び相手だったこともあり、オストシエドルングにいた頃のシュテファンは時々フィスチェレイ家へ足を運んでいた。幼い頃から無茶をするきらいがあったシュテファンは先代当主にも今代当主にもよく叱られたものである。雇用主の嫡男であろうと関係ないというその態度をトゥバルトは気に入っているので、フィスチェレイ家は当分の間仕事に困ることはないだろう。

 オストシエドルングは漁業区域の他に農業・畜産、林業、鉱業の各区域があり、それぞれの管理者はやはり子爵や男爵である。さらに各区域を小地区に細分化し、その地区の管理者には男爵や準爵を充てている。カレンはフィスチェレイ家以外の貴族とも次々と挨拶を交わした。もう頭がいっぱいいっぱいである。それに気づいたシュテファンはカレンを誘って中庭へ出た。時季はすでに初寒も過ぎている。ドレス姿には厳しい気温のため、二人の他に人影はない。ふるりと小さく震えたカレンにシュテファンは自分の上衣を肩にかけた。


「ありがとうございます。でも、シュテファン様は寒くないのですか?」


 直前までシュテファンが着ていたから温もりが残っている。擽ったそうに微笑むカレンにシュテファンも穏やかに笑み返した。


「俺は平気だ。外に誘ってしまって悪かった。…が、俺も初対面が多くてな、少し疲れてしまったのだ。付き合ってくれないか?」

「ええ、もちろんです。シュテファン様は感謝宴に出席されたことはありませんの?」

「15の年から王都で暮らしていたからな。王都学園に通っている間は感謝宴に合わせて戻ってきていたが、もともと夜会は好きな方ではないのもあって25歳からはずっと王都にいる。」

「なるほど…。それにしても、オストシエドルングにはたくさん貴族がいらっしゃるのですね。」

「領土が広い分、人も多く必要だからな。」

「せっかくご紹介いただいたのですが、全員を覚えられそうになくて…」

「今は区域管理者を覚えておけば問題ない。向こうの方がカレン嬢と知り合いたいのだから、話すことがあっても流れに任せておけばいいさ。」


 シュテファンの言葉に気が軽くなったカレンは小さく息を零して笑う。白い靄が生まれて消え、カレンは空を見上げた。見たことのない星の数にうっとりと目を細める。そして表情を落として顔を俯けた。カレンがオストシエドルングへ来て2か月が経とうとしている。すっかり慣れたのどかに過ぎていく日々も楽しいのだが、不意を突いて湧き出るのが郷愁というものなのか。星の少ない空は重く、息詰まりを感じ、捨てたいなと思うこともあった。けれどカレンの身はそれに染まり切ってしまっている。戻りたい気持ちはまだまだ心を占めていて、それなのに動けない自分がもどかしくて、カレンはそっとネックレスを指先で撫でた。


「…カレン嬢?どうかしたか?」

「え?どうもしませんけれど…なぜそのようなことを聞かれるのです?」


 切なげに空を見上げ、故郷を象徴する花へ縋るように指を伸ばしたカレンは、明らかに様子が変わった。だからシュテファンは窺ったのだ。気遣ったつもりだった。それなのに自分を見上げてくる顔はいつもと変わらない微笑みを浮かべ、声も平常の落ち着いた音で。シュテファンは父親が言った『手強い』の意味を理解した。


「…いや、そろそろ戻ろうか。そして一曲お相手願いたい。」

「…踊らないという選択肢は?」

「俺をエスコートしている女性にも相手にされないような哀れな男にしないでくれ。どうかお手を。」

「…いつもの曲だけでお許しくださいね。上着、ありがとうございました。」


 シュテファンが差し出した手にカレンの手が重なる。大広間では二人が練習を重ねた曲が優雅な空間を作り出していた。踊る人々の中に混じり、シュテファンとカレンは体を寄せ合う。


「今だけは、どうかその美しい瞳に映すのは俺だけで。」

「…緊張します。」

「俺が全力で支えるから。」


 滑るように…とはいかなかったが、それでも音に乗って踊り出したカレンを支えるため、シュテファンはいつもより自分の右手に集中した。自分の意思を伝えやすいように、カレンと一体になれるように。


「気を楽に、音を楽しんで。」

「…音楽は好きですよ。特にバイオリンが。」

「バイオリン…?」

「楽団の左端の楽器です。」

「ああ、ヴィオリネ。カレン嬢はヴィオリネを嗜んでいるのか?」


 踊りながら話すのはカレンにとって高等技術だ。小さく頷いて会話を切ると、カレンは足に意識を向けた。広がった裾は床に引き摺り、足元は完全に見えない。『右左揃える、左右揃える』の呪文を繰り返し、スカートの中の空間を思い浮かべて足を動かす。


「…そのうち聴かせてほしいものだな。それと、カレン嬢。俺を見て。」


 結局下を向いてしまったカレンの視線を引き上げるべく、シュテファンはカレンの背に添えた右手をそっと自分の方へ押す。応じるようにくんと上向いた顔はすまなさそうに眉が下がっていて、その困り顔も美しいなとシュテファンは思うのだった。

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