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 感謝宴当日。開始は後水時から始まるからとのんびりしていた前時、フッテに来たミラとミリによってカレンは城館へ連行された。二階の割り当てられた部屋ではなく来賓室へ通され、浴室に押し込められる。出たらミラとミリによる全身マッサージが待っていた。ルヘゾネでの一連の流れの再現だ。


「…夜会に出席するのにここまでする必要があるの?」

「あるの!カレンは聖女様なわけでしょ?アッカーベルグ家がカレンの面倒を見ているって体裁を取っているでしょ?そしてオストシエドルングのお偉いどころと初めて会うのよね?だったらしっかり磨き上げて、綺麗に着飾って、美しくお化粧して、若旦那様の隣に立たなくちゃ!!」

「…シュテファン様は関係なくない?」

「あのね、カレン。若旦那様はエストマルク王国のご令嬢方から垂涎の的なのよ。オストシエドルングの準爵令嬢方も当然狙っているわ。」

「まあ、イケメンだもんね、シュテファン様。」

「イケメン?」

「あ…イケメンってこの国じゃ使わないのか。えぇと、かっこいいとか、素敵とか、美形とか、惚れる要素たっぷりの男の人のこと。」

「そうそう、イケメン!で、よ。若旦那様の隣にはカレンがいるって知らしめないといけないわけ!」

「そこに繋がる理屈が分からない。シュテファン様じゃなくてもアッカーベルグ家のどなたかが近くにいてくれればいいじゃない。手間かけさせちゃって申し訳ないけど。」

「カレンはいいの?若旦那様が他の女と踊っても。」

「別にいいんじゃない?逆に何でいけないの?」

「…」

「…」

「ミリ?ミラ?」

「…カレン、踊りたくなかったら若旦那様の隣に居続けることね。」


 ミラとミリはカレンの友人だ。聖女と言うだけの図々しい願いを持たずに平民の暮らしを望み、辺境伯の力は借りているものの自立しているカレンに好感を持っていた。そして内面以上に美しいカレンの容姿を、友人としてとても自慢に思っている。平民に準拠した装いも似合っているのだが、特にミリはカレンを着飾らせたいと常々考えていて、今日は数少ない機会の一つなのだ。自分達が目一杯飾り立てた美しい友人が『イケメン』のシュテファンと並べば、どんなに華々しいことか。主人であるマリーからも『仕上げろ』と言い付かっている。こんな好機、逃せない。


「さあ、カレン!試練の時間よ。今のうちに胸いっぱい空気を供給しておきなさい!」

「…お手柔らかに。」


 会話しながらも止まらなかったミラとミリの手により、カレンは全身に化粧乳液を塗り込められたピカピカの体になっていた。シルクのシュミーズを頭から被り、アッカーベルグ家の家章が刺繍されているシルクのストッキングを履く。あまり動かない時はストッキングリボンを膝上に留めるのだが、今日のように踊る時は膝下で留めてストッキングを巻き付けてずれないようにするのだ。白シルクの膝丈ペチコートを保温のために履き、コルセットで上半身を矯正する。


「…、きっつ…」

「今日はいつも以上に『魅せる』からね。これも淑女のさだめ!」

「私、庶民…」

「カレン、我慢して。」


 ぐいぐいと後ろに引っ張られつつ締め上げられたカレンが思わず愚痴を零せば、ミリは余裕があるとみてさらに絞り、ミラは苦笑しながら我慢を強いた。スカートのボリュームを出すパニエを装着し、踝丈のペチコートを履く。この時点で足元が見えなくなったカレンは大きなため息をついた。


「こんなに広げる必要があるの?」

「可愛いじゃない!」

「可愛いけど!足元が見えなくて不安すぎる。」

「だからエスコートが必要なのよ。若旦那様にご相伴を名乗り出てもらえてよかったわね。」


 ミラが両手に抱えているのはくすみのある薔薇色のドレス、フラウ・ウルズラが店から持ち運んできたものの中からマリーが決めたものだ。マリーとしてはもっと明るく未婚女性らしい華やぎがあるものを選びたかったのだが、カレンの好みからあまりに外れてしまっても感謝宴を楽しめないだろうと妥協した色だった。薔薇色の中では赤味のある色でカレンの白い肌と黒い髪を引き立たせている。赤系統の色を選んだのは火属性を最も得意としているシュテファンを意識してのこと。エストマルク王国では夫婦や婚約者などは相手の属性色を身に着けることで周りにアピールする。カレンが知らないのをいいことに、シュテファンが女性の服飾に興味ないのをいいことに、マリーは意のままに用意した。


「…ねぇ、これってこんなに派手だったかしら?」


 カレンがこのドレスを見たのはサイズ確認をした時が最後で、その時はこんなにレースが使われていなかったはずだ。どうしてあらゆる縁にフリルが付いているのか。ガバっと開いていた胸元はカレンが必死に頼み込んだ結果オーガンジー生地が足されたこともあって魅力的な膨らみが多少隠されるようになっていたが、なぜそこに刺繍が施されているのだろう。


「やだ、カレン。アッカーベルグ家が既製品をそのまま着せるわけないでしょ!」

「帰りたい…」

「だめ!それより、素敵な首飾りを着けてるわね。どうしたの、それ?」


 カレンの鎖骨部分で濃くまろやかな光沢を放つ白魔石をミリはじっと見つめる。コウがカレンに与えたあの魔石はネックレスに加工されたのだ。伝統細工で作られたカレンの国を象徴する花に飾られた雫型の白魔石は、極細のチェーンで首から下げられていた。シアナの口利きで最上級の布や部品を手に入れられるようになったカレンは、ここぞとばかりに自分のために転用した。おかげで納得いくものを作れた。肌身離さないように何重にも防御魔法をかけ、チェーンのホック部分も糊で固めてしまってある。


「自分で作ったの。お守り。」

「すっごく素敵!ねえ、ミラ!?」

「うん、とても綺麗。一粒なのに存在感があって、紫味がある極淡の赤い小さな花もなんだかカレンっぽくてよく似合っていると思う。」

「ありがとう!絶対外れないようにしてあるんだけど…着けたままでいいかな?」

「そうねえ…本当は取ってほしいところだけど、これはこれでカレンって感じがするから…。いいわ、そのままで。」


 上半身の着付けを仕上げながらミリは全体像も確認する。まだ髪も結ってなく化粧もしていないカレンだが、すでに並の令嬢方とは比べ物にならないぐらいの存在感を醸し出していた。あとどれだけ美しくなるのか、ミリの腕の見せ所である。


「残りは髪と化粧ね!ミリさんに任せなさいっ!」


 気合を入れ直したミリがカレンを鏡台の前に座らせる。ドレスを汚さないよう首から下に布を被せ、ミリはカレンの髪に櫛を通した。黒い絹糸のような艶やかで真っ直ぐな髪がさらさらと流れていく。おろしたままでも映えるだろう。しかし、夜会では結い上げるのが正式とされている。こなれてくると半分だけ結う髪型であったり、下ろし髪だったりで参加する人もいるが、カレンは今日が初めての夜会だ。ここは正当な形でいくのがいいだろう。ミリは高い位置で髪を束ねて大きく纏めた。真っ直ぐな黒髪の美しさを生かすべく、毛の流れに注意して。横に残しておいた髪も丁寧に梳き、両脇から纏めたところへ柔らかな直線の流れを意識しながらそれぞれ持ち上げていく。簡素だが上品で華のある正統派の髪型にカレンの目が輝いた。


「ミリ!すごい!」

「でしょう!?ミリさんに任せて正解でしょう!?」

「まだ終わってないわよ。ミリ、飾り。」

「はいはい。これ本当は首飾りなんだけど、カレンにはその白魔石があるからね…首飾りは頭飾りにしちゃおう!」

「もともとある髪飾りは?」

「それは後ろに回す。中央のくぼみに挿して。終わったら耳飾りもお願いするわ。」


 ミラが丁寧に持ってきた化粧箱の中には緑魔石がふんだんに使われた装飾品が三点入っていた。煌めきの量にカレンは圧倒される。これらはマリーのものだ。なぜ緑魔石をカレンに使わせたかは言わずもがなである。ミラが後頭部と耳を飾っている間に、ミリが髪を纏めた部分へ首飾りを器用につけていく。まるではじめから頭飾りであるかのように見える仕上がりにカレンは脱帽した。

 化粧もミリにお任せする。カレンはミリの指示通りに目線を上げたり下げたり、目を瞑ったり開けたりしているだけでいいのだ。鏡に映された顔がどんどん華やかになっていく。緑系統で纏められた目元、ほんのり色づけられた頬、ドレスよりも淡い薔薇色の唇。


「…ミリさん、天才。」

「おほほっ、褒め称えなさい。」


 すべての支度を終えて全身鏡の前に立たされたカレンは呆然と鏡の中の淑女と見つめ合い、有能な侍女の恐ろしさを思い知るのだった。

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