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すっかり寒い季節になったのにもかかわらず、バザー会場は人で溢れていた。開始前の忙しなさが会場を包む中、カレンは孤児院が出店している場所へ向かう。蔓籠の中は寄付品が詰まっていて、今回も喜んでもらえるかなと期待と不安に胸が騒がしい。
「あ、ヒョーク様!来てくれたあっ!!」
開店準備で人々があちこち動き回る中、目ざとくカレンを見つけたナタリアが大きく手を振って呼んだ。
「こんにちは、ナティちゃん。院長先生、ご無沙汰しています。」
「こちらこそ。デン達がお世話になっています。今日もご厚意を寄せてもらえるとのこと、感謝いたします。」
「本当に気持ちばかりですが。少しでもお役に立てるのなら嬉しいです。あ、こちらは孤児院の皆さんで食べてください。」
そう言ってカレンはクッキーを詰め合わせた浅めの籠を院長へ渡した。今回のクッキーは前回より少し趣向を凝らしている。魔法を練習しているうちにフリーズドライができるようになったため、多種多量を保存できるようになったのだ。ついでに言うと粉砕を加えて粉状にもできるので食事情が日本にいた頃に近づきつつある。このクッキーもそうやって作ったフレーバーパウダーを生地に練り込み、薄紅なら苺、淡青なら甘薄荷と色に合わせた風味をつけているのだ。
「ありがとうございます。子供達も喜ぶことでしょう。」
「そう願っています。今日はもう一つ用意したものがあるのです。」
「…これは?」
「髪留めです。私のところの伝統細工なのですが…こういったものも販売できますか?」
「それはもちろん、可愛らしいので女性を中心に求められるでしょうけれど…この店で出してもいいのですか?魔石店ですとか装飾店ですとかに持っていかれた方がよろしいかと思いますが。」
「そんな大層なものではないんですよ。余り物で気分転換に作ったものなので、『欲しい方がいれば』くらいの気持ちで持ってきたんです。」
「…それでしたら、魔石店の者を連れて来ましょう。値段を設定するまでは奥に置いておいてもいいでしょうか?」
「はい、よろしくお願いします。あの、今日はナティちゃん達と一緒にお店番をしてもいいですか?どんな方が買ってくれるのか興味があるんです。子供達の邪魔はしません、後ろの方にいさせてもらえるだけでいいですので。」
「分かりました。どうぞ子供達を見守っていてください。」
「はい、ありがとうございます。」
「では少し席を外しますね。開始時間までに私が戻ってこない場合はそのまま始めてしまって構いません。年長の子供達がいるので流れは分かっています。」
魔石店はバザーに出店していない。院長はカレンに孤児院出店の監督権を譲るとバザー会場から離れた。前に説明を聞いた通り、バザーは町と孤児達を繋ぐ場であり、子供達が金銭感覚を養う場だ。カレンがあれこれ口を出して妨げてはならない。店にいる子達に『よろしくね』と挨拶をしてカレンは邪魔にならないように後ろへ下がった。
会場に開始案内が流れると同時に上気した雰囲気に包まれる。子供達も分担して店の切り盛りをしていた。ワルテンは呼び込み、ナタリアは接客、ワルデンは会計担当らしい。ワルデンよりいくつか年上であろう少年少女が全体に目を配っているようで、困っている子の側へ行き助言したり商品の在庫確認をしたりとくるくる動いている。カレンが持ってきたクッキーは前回の評判もあってか途切れることなく買い求められ、すぐに売り切れてしまった。嬉しさと驚きとで目を丸くしていると『ヒョーク様』と裏手から呼ばれた。
「こんにちは、ヒョーク様。」
振り向けば見知った顔が出店に入ってくるところだった。
「店長さん、こんにちは。」
「魔石を使ったものを作られたと聞きましたが。」
「はい、これなんですけど。」
「失礼します…ふむ…」
初めて見る細工は布でできた可愛らしいもので、男の店長にはどれくらいの価値なのか判断できない。だから自分の分野、すなわち細工の中心できらりと光る魔石を店長は鑑定し始めた。大きさは素体で売るにしても小さいほうだが、輝きが濃い。良い魔石だとすぐに判別できた。魔力の高い人ならこれで魔法を強化できるだろう。逆に魔力が低い人でも基礎物質は生み出せるだろう。カレンは神殿の魔石店でこれらを購入していない。だとすると商業区画内の魔石店がこんな質の良い魔石を取り扱っているのだろうか。それとも何かしら別の方法で手に入れたのだろうか。
「…ヒョーク様はおいくらと想定されていたのですか?」
「え…と、5ゲルドくらいですかね。」
「それでしたらこの場で私が全て買い占めますっ!!」
「え、えぇ…」
「その値段にするなら魔石の質を落とさないと魔石業界が崩れてしまいます!」
「でも、これリネンで作ってありますし…」
「私は布について無頓着ですから分かりません。ですが、魔石だけ見てもヒョーク様が言われるより軽く見ても10倍は価値のあるものです。」
「え…そんなにですか…?」
カレンは持ってきた髪留めをぎょっとしながら見た。畑から掘り出した魔石がそんなに質の高いものだとは思わなかったのだ。たまたまなのか、チイが見つけたからなのか、あまり人が入っていなかったからなのか。亜空間にしまってある大量の魔石を思い浮かべて冷や汗が背中を伝う。これはジェイやケルビーと相談すべきだろう。持ってきたものも取り下げるべきかと悩み始めたカレンが黙り込んだままでいると、店長がこうしたらどうだと提案してきた。
「店からヒョーク様の希望価格に合う魔石を持ってきたとしたら、付け替えることは可能ですか?」
「え…ええ、糊があれば。」
「では糊も一緒に持ってきます。そして持ってきた魔石は孤児院へ寄付します。」
「え、でもそれだと…」
「魔石は私が個人で店から買い取りますので問題ありません。その代わり、商売を持ち掛けさせてください。」
「商売ですか?」
「はい。今後は魔石店でヒョーク様の作品を売る権利をください。細かいことは後日決めることとして、今日のところはお約束してもらえれば。」
「…売れますかね?」
「売れますよ、確実に。」
そう言って魔石を取って戻ってきた店長は、カレンを急かして魔石を付け替えさせた。魔力を使って糊付けすると余程のことがない限り取れることはない。けれどカレンは復元魔法を使えるので、簡単に剥がすこともできるのだ。何て便利な!魔法ってすごい!そうやって魔石を付け替えた髪留めを店頭に並べると、店長はワルテンにこそこそ耳打ちした。ワルテンがすうっと息を吸い込む。
「聖女様が作った髪留めだよ!聖女様しか作れないんだ!魔石も本物、初めて販売するよ!一つ8ゲルド!少ししかないから早く見て!気に入ったらすぐ買って!!」
子供らしい元気な声が響く。すると近くを歩いていた人々がぴたりと止まった。そして顔を一斉に出店へ向ける。
「聖女様お手製の髪留め、早い者勝ちっ!!」
ワルテンがもう一度無邪気に呼び込むと、出店の周囲にいた人々がわらわらと集まった。その同時具合にカレンは引いてしまう。怖い、同時すぎて怖い。あとしれっと値段が上がっていたけれど大丈夫なのだろうか…?
「まあっ、かわいい!」
「全部少しずつ違うのね、どれがいいかしら!?」
「あら?これ、私が着ているのと同じ柄だわ。これは買わなきゃ!」
「聖女様のお手製!?聖女様のご加護を身に着けられるのね。」
「小さいのは子供にぴったりよ。お守りとして着けさせるとよさそう!」
「聖女様のお守り!!」
…あっという間に売り切れた。その速さに慄いたカレンが店長を振り返れば、『ほらな』と言わんばかりの笑みを浮かべている。呆然としたまま髪留めが置いてあった場所へ目を向けていると、買えなかった客が離れがたそうにしていた。チラチラと店奥にいるカレンへ何か言いたげに視線を送ってくる人もいる。カレンは少し逡巡した後で店頭へ顔を出すと、客達の目が輝いた。
「聖女様!」
「…気に入ってくれてありがとうございます。そのうち神殿の魔石店で売り始める予定ですので、神殿へご用の際は魔石店をのぞいてみてください。」
「本当ですか!?聖女様のご加護をお作りくださると!」
「さすが聖女様!慈悲深いお方だ!!」
「神様が遣わされた奇跡の方!」
「…ただの装飾品ですので、加護は期待しないでください。」
ようやく納得のいった客達が出店から離れ、元の賑やかさに戻る。ほう、と息を吐いたカレンへ店長は『ありがとうございます』とにこやかに笑いかけた。




