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037

「こんにちは、カレン嬢。」


 翌日、シュテファンがカレンを迎えにフッテまで来た。カレンはフッテと城館の往復を何度もしているので一人で大丈夫だと固辞したのだが、シュテファンが一人歩きを許さなかったのだ。『後風時にお迎えに参ります』と帰り際に念を押され、グダグダと断り続けて引き留めるわけにもいかず、カレンは困惑しながらも了承した。シュテファンは伯爵だ。その地位にある人を待たせるわけにもいかないので、少し早めに支度をして外で待っていた。マリーが用意したワンピースだけでは肌寒いのでウールの上着に袖を通し、その上から寒季仕様の外套を羽織っている。落ち着いた色の外套は気に入っているものの見た目が少し重く、首元の合わせ部分に伝統細工をあしらって明るさを足した。お供のコウはいつものようにフードの中に鎮座している。


「お待たせしてしまいましたか?」

「いいえ、畑の様子などを見ていたので待っておりません。わざわざ来ていただきありがとうございます。」

「オストシエドルングは治安がいいとは言え、この時季は日が暮れるのも早い。女性の一人歩きはできるだけ避けたほうがよろしいかと。」

「お気遣いありがとうございます。」


 外で待っていたカレンにシュテファンは僅かに眉を顰める。迎えに来ることを譲らなかったシュテファンのことだ、一人で家の外にいたことを咎めたいのだろうとカレンは苦笑した。そんなに丁寧に扱ってもらえるような人間ではないのに。話題を逸らそうとカレンはシュテファンの傍らでおとなしくしている馬に目を向けた。


「馬でいらっしゃったのですか?」

「はい。ここは城館から少し距離がありますから。カレン嬢は馬に乗れますか?」

「いいえ、乗ったことがございません。あの…徒歩は避けた方がいいのでしょうか?」

「カレン嬢を独り占めできる時間が増えるのです、喜んで歩きますよ。準備が整っているようでしたら城館へ向かいましょうか。」

「はい。」


 カレンの隣に並んだシュテファンが先導するように歩き出す。カレンも遅れないように足を前に出した。


「そう言えば、マーラを助けてくださったことがあると聞きましたが。」

「いえ、マーラ様が先に助けてくれたのです。コウ、あ…ええとフードの中にいる聖獣が訳あって…その、町へ威嚇していたところに出くわしてしまって。初めは意思疎通できなかったので聖獣が恐ろしくて動けなかったのですが、マーラ様が庇うようにして私の前に立ってくれて…。何事もなくて本当に良かったです。」

「その訳と言うのをお聞きしても?」

「領民の一人が聖獣を狩ろうとしたのです。それで町に姿を現して…」

「なるほど。光の聖獣よ、不快な思いをさせてすまない。」


 シュテファンがコウを真っ直ぐに捉えて謝罪する。反応を示さずにしばらくシュテファンを見ていたコウは『フン』と鼻息でカレンの髪を揺らすとフードの中で丸まって目を閉じた。それが何を表すのか理解できなく、困惑しながら視線を向けてきたシュテファンに、カレンはコウの代弁をする。婉曲に、柔らかに。それから雑談をしているうちに城館へとたどり着いた。


「カレン嬢、王都へ行くつもりはやはりないかい?」

「ええ。行ってみたい気もありますが、まだ落ち着けていないので。」

「そうか。そろそろ社交時季が始まるのでな、その間私達は王都で暮らすのだ。興味があるのならカレン嬢も共に王都へ行かないかと誘うつもりだったのだがな。いや、なに。無理強いはせんよ。」

「お誘いありがとうございます。どれくらいの間、行かれているのですか?」

「前季は王都で過ごす。」

「ではしばらく皆様とお会いできないのですね…。どうぞお気をつけて行ってらっしゃいませ。」

「使用人はほとんど残るからいつでも城館へ遊びに来るといいぞ。ヨーゼフにも伝えておく。」

「ありがとうございます。あの、イリーネ先生は?」

「彼女は私達と共に王都へ行く予定だ。」

「そうなのですね。それではキーランドさんにたくさん教えてもらうことにします。マーラ様、戻ったらどんなことを覚えたか教え合いっこしようね。」

「うん!負けないよ!」


 貴族の晩餐は家族だけと言えどきちんとした格好で参加するのが基本だ。カレンも貸し与えられた部屋で用意されていたドレスに着替えて末席に座している。家族のみの晩餐だが、アッカーベルグ家は高位貴族だ。カレンは正式な食事作法を知らないので、何が正解で何が不正解か判断できない。これまで聞きかじってきた中でおそらく通用するだろうマナーを必死に思い出しながら何とか食べ進めている。美味しいはずなのにいまいち幸せになり切れないのはきっと緊張しているからだ。そうに違いない。


「そうだ、カレン嬢。君に一つ頼みがあるのだ。」

「何でございましょう?」

「毎年のことなのだが王都へ行く前に感謝宴を開いていてな、今年の宴にはカレン嬢にも是非出席してほしいのだ。」

「感謝宴…ですか?」

「ああ。私が領していると言っても、実際に運営管理しているのは準爵なのだ。準爵は私が任命した貴族のようなものでな、私は手足のように思っている。彼らの働きがあるからオストシエドルングは滞りなく回っている。感謝宴はその働きを労う宴だな。まあ、そう意味を持たせた夜会だ。」

「…その夜会は私が出席できるものなのですか?感謝する立場でも感謝される立場でもないと思うのですが…。あ、いえ、もちろんオストシエドルングに住まわせてもらっていることに感謝はしていますけれど!」

「実は前から『聖女様と会わせてほしい』と言われているのだ。カレン嬢が光の聖獣と空を翔けたことがあったろう?後から自然魔力の聖獣も付き従っていたではないか。彼らはそれを見ていたようでな、神の御使いである聖女様にぜひお目にかかりたいと会う度に訴えられているのだ。」


 なにやら大層なことになっていた事実にカレンの頭はクラリと揺れた。そんなつもりは一切なかったのに、変に誇大されてしまっている。それはそうと…、領地経営の肝を担っているのが準爵だとすれば、準爵の掌握は領主にとって必須だろう。準爵の要望を聞けるかどうか、領主は選別する必要がある。そしてこれは選別にかけるに値しないような些細な願いだ。カレンさえ頷けば何の問題もない。しかし…。


「…トゥバルト様。私、そう言うものを経験したことがないのです。聞く話によれば貴族の方々は身分の順列を大切にするだとか、お決まりのやり取りがあるだとか、細かい作法があるだとか、私が身に付けてないことがたくさんあるのではないですか?私を出したところでアッカーベルグ家の皆様の恥にしかならないと思うのですが…」

「確かに溜息をつきたくなるぐらいどうでもいいことに細かいのは否定できないが、感謝宴の主催は私だ。オストシエドルング領の者しか招待しないし、この地の者はそういう貴族作法に煩くない者ばかりだ。感謝宴自体も緩やかなものだからぜひ足を運んでもらいたいのだが、いかがかな?」

「父上、カレン嬢が足を運んでくださるなら俺がエスコートをしよう。」

「ははっ、シュテフが相伴なら心配ないな。ダンスも問題あるまい。」

「ああ。」

「…え…ダンスって…私、踊ったことないのですが…」

「あらあら!でもこれから練習すれば問題なくてよ。シュテフも家にいても時間を持て余すだけでしょうから、カレン嬢、たくさん練習しにいらして。」

「いえ、あの、マリー様…」

「そうと決まれば宴用のドレスを用意しなくては。今からだと仕立てるのは無理ね。既製品を手直しして装飾を加えれば何とかなるかしら?ミラ、すぐにフラウ・ウルズラへ連絡してちょうだい。」

「畏まりました。失礼いたします。」


 相変わらずマリーが展開する話には口を挟めない。すでに出席することが決まってしまったカレンはずるずると流されていくしかないのだった。

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