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 「あら、素敵な指飾りですね。」


 少し時間を巻き戻したある日のこと。この日のマーラの勉強内容は行儀作法だった。お茶会を想定したテーブルには花が飾ってあったり、可愛らしい焼き菓子が並べられていたりで心が弾む。マリーが用意した例の外出着で着飾り、キーランドにエスコートされ、カレンは『ザ・ヨーロッパ』と言った華やかさに少しだけ浮かれてしまった。学園帰りのシアナも参加して三人でテーブルを囲む。そこで隣に座ったシアナがカップを持つカレンの指を飾っている装飾品に目を止めたのだ。


「ありがとうございます。私も気に入っているのです。」

「とても緻密な細工ですこと。これは…魔石と…何でできているのですか?」

「布です。余り布を安く譲ってもらえたので。」

「…もしかしてカレン様がお作りになられたのかしら?」

「はい。私が育ったところの伝統細工です。」

「まあ…っ!よく見せていただいても?」

「ええ、どうぞ。」


 そっと外してシアナへ渡せば、彼女は食い入るように指輪をじっと眺める。


「カレン様、次は私にも見せて!」

「うん、もちろん。マーラ様もこういうのに興味あるの?」

「ううん、そんなに興味はないよ。でもシアナ姉様がこんなに夢中なんだもの、とっても素敵なものなのかなって。」

「ふふ、ありがとう。マーラ様も気に入ってくれると嬉しいわ。」

「マーラ、丁寧に触りなさいね。」


 シアナが名残惜しそうに指輪をマーラへ回す。ニコニコ笑いながら受け取ったマーラは一目見るなりうわっと驚いた。


「これ、カレン様が作ったの?この花びらも!?」

「そうよ。でもそんなに難しいものではないの。一つ一つが小さいから、作業に時間がかかるだけで。」

「こんなに小さいのどうやって作るの!?」

「作業自体は布を抓んで折るだけなのよ。それをいろいろな大きさや色などを組み合わせて一つのものに仕上げるの。」

「すっごおい!私も欲しいなあ!」

「マーラ様。」


 目を輝かせて感想を口にしたマーラを、後ろで控えていたイリーネが咎めるように名を呼ぶ。急に名を呼ばれて不思議そうに家庭教師を見上げたマーラだが、はたと思い至ったように顔を強張らせた。そして眺めていた指輪をハンカチに乗せてカレンへ返しながら、眉を下げて謝罪を口にする。


「すみませんでした、カレン様。見せていただきありがとうございます。」


 いきなり態度を変えてしまったマーラにカレンは困惑する。ハンカチからそっと指輪を受け取って指にはめながら、この状況を作り出したイリーネへ説明を求める視線を向けた。


「あの…?」

「他の方の所有物を思ったままに欲しがられるのは淑女として恥ずべきことでございます。」

「…私達は辺境伯の娘ですしね。」


 生真面目に答えるイリーネと軽く息を吐きながら付け足したシアナの言葉に、カレンはあぁと合点がいった。マーラは貴族、カレンは聖女ともてはやされているが平民。貴族が平民の前でその人が持っているものを『欲しい』と口にしたとして、断れるだろうか。ましてシアナとマーラは辺境伯を父親に持つ令嬢、エストマルク王国にいるほとんどの人間は二人の『願い』を断ることなどできないのだ。幼い頃より欲しいと望むまま手に入れ続ければ、成長した暁には碌な大人にならないことは必至だろう。自制することができない大人になったらそれこそ不幸だ。本人にとっても周囲にとっても。そしてそんな人間に心から仕えてくれる者もいない。最終的に全て本人に返ってくる。そうならないためにも今から感情のコントロールを覚えているのだろう。必要なことではあるが…マーラはまだ12歳だ。少し可哀想な気もする。カレンは提案をした。だって今、マイブームだし。


「マーラ様、お気遣いをどうもありがとう。指飾りは差し上げられないけど、マーラ様のために何か作ってもいいかしら?」

「えっ?」

「指飾りや首飾りは将来のために取っておくとして、髪飾りや耳飾りなどはどうかな?」

「…」

「胸飾りでもいいし、籠に飾りつけるものでもいいし、絵画みたいにもできるのよ。」

「…私に作ってくれるの?」

「うん。マーラ様、覚えている?この町で一番初めに私を助けてくれたのはマーラ様だったということを。そのお礼をさせてほしいの。」


 しょぼんとしていたマーラの表情が輝く。コクコクと何度も頷いて、ハッとイリーネを見上げて、イリーネが苦笑しながら何も言わずにいることでさらに顔が輝いて、カレンの方へ勢いよく振り向いて破顔した。


「嬉しいっ!!」

「喜んでもらえて私も嬉しいわ。何にしようかしらね?」

「剣帯飾り!」

「剣帯?剣帯…って?」

「カレン様は見たことない?腰に巻いて剣を吊るすものなんだけど…」


 何となく想像はついたが、それ以上に聞き流してはいけないと思われる言葉をカレンの耳が拾う。


「え…剣…?マーラ様、剣を使うの?」

「うん!お母様やミラとミリに教えてもらっているよ。私、シュテフ兄様のように強くなる!」

「…そ、そう…」

「カレン様、シュテフ兄様に会ったことないよね?いつも私達が王都へ行くまで会えないんだけど、今年はシュテフ兄様がオストシエドルングへ帰ってくるんだって!もうすぐなんだよ!早く会いたいなあ!!」


 兄へうっとりと思いを馳せているマーラに、カレンは複雑な微笑みを浮かべた。カレンが育ってきた環境下において傷害は眉を顰めることだ。それをわずか12歳の子供が、しかも女の子が自ら進んで取り組んでいるのにまず驚き、そしてそれが受け入れられているこの世界の認識に分厚い隔たりを感じた。カレンができるだけ避けたいと思っている『恐れ』を喜んで学んでいることが理解できない。…ただ、この世界で異端は自分自身であるとカレンは自覚している。カレンの持つ常識や考えはこの国では通用しないし、理解されない部分もあるだろう。だから怖い思いをせずに過ごせればそれでいいのだ。できれば血なまぐさい話も聞きたくない。


「シアナ様。シアナ様もよろしければいかがです?」

「わっ!シアナ姉様にも作ってくれるの?」

「もちろん。シアナ様さえよければ。」

「…ですが私、いただく理由がございませんもの。」

「そこで一つお願いしたいことがありまして。」


 最初にこの指輪へ興味を示したのはシアナだ。観察するようにじっくり見ていた瞳もキラキラしていたし、マーラへ指輪を渡す時も少し残念そうにしていたし、こちらから水を向ければ『否』と思うことはないだろう。しかし、マーラのように受け取ってもらえるような理由がない。カレンとしてはアッカーベルグ家へ多大に感謝しているため理由がなくとも受け取ってほしいのだが、『貴族』の立場がそれを許さないだろう。シアナはそこら辺をよく理解している。案の定断ったシアナに、カレンは悪戯っぽく微笑みながら提案をした。


「マーラ様へお渡しするものが平民の私と同じ素材と言うのは流石に心苦しくて。図々しいお願いで申し訳ないのですが、シアナ様とお付き合いのある服飾店へ紹介状を書いていただけませんか?」


 重々しくならないように明るい声音を意識しながらニコニコと話すカレンに、シアナは多少警戒していた心を解す。辺境伯の令嬢と言う立場がどれほどのものか、学園に通っているシアナは身をもって知っていた。初対面なのに気持ち悪いほど擦り寄ってくる他人、たとえ一人でいても気を抜くことができない緊張感、扇に隠して囁かれる心無い言葉、異性がこっそりと交わし合う品評。貴族の娘として生まれてきた以上、何にしても自分一人だけで済むわけがないのは承知している。だから欲のないように見えていたカレンもとうとう本性を見せるのかと提案をされた時に警戒した。だが何のことはない。マーラにふさわしい素材で作りたいから店を紹介しろ、とむしろ貴族を重んじての提案だった。対価もなしに受け取ることはできないとやんわり断ったシアナへの理由付けもあるだろう。いやこの方のことだ、本心では欲しいと思っている自分の気持ちに気づいている。なんて優しく、怖い方。シアナはゆるりと口端を吊り上げた。


「ええ。服飾店に加えて宝飾店へも用意しますわ。その代わり、希望を聞いていただけます?」


 同調するようにわざとらしく芝居がけて答えたシアナとカレンの目がばちりと合う。互いに相手の意図を読み取った二人は小さく噴き出した。

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