033
机に広げられた布の上には大量の粒魔石が山盛りになっている。それを、一粒ずつ色を確かめながら小袋に入れているのは聖獣達だ。ここのところ、時間を見つけてはこの作業を繰り返している。カレンはと言うと、その横でせっせと小袋をたくさん作っていた。オストシエドルング領の平民層では、料理にしろ衣服にしろ何につけ、自作より既製品の方が割高なのだ。人件費や技術料などを考えればそれは仕方のないこと。だが平民は朝から晩まで働かないと生きていけない。家事に終わりはないと言われるほど家の中にも仕事はたくさんあるので、働きに出ない人も全てを自作できるわけではない。割高でも既製品に手を出さざるを得ないのだ。幸いにもカレンは養わなければならない存在がいるわけでもなく、定職があるわけでもなく、逆に時間はたっぷりとある。必然的に自作を選択することが多い。例えば聖獣達が粒魔石を入れている小袋。これもカレンがチクチクと縫いあげたものだ。ちなみに開閉はガマ口、魔石と同じ系統色の布で作り、底は楕円形のコロンとした形にした。ワンポイントとして伝統細工の飾りもつけてある。これならばパッチンと大きく口が開き小さな粒も取り出しやすい。
「そう言えばさ、魔砂で水は出せなかったけど池を凍らすことはできたじゃない?」
「ませきからみずでてる。」
「え、まだ出てるの?」
「スイのかご!」
「池の底にある魔石にスイの魔力を込めたってこと?」
「そう!」
「…もう池じゃなくて泉じゃない、それ。」
「こんどさかなもってくる!」
「どこから!?」
「もりのかわ。ふえたらたべていい?」
「…あはは…ちょっと見たくないかも…」
ぺろりと舌なめずりをしたスイに引き攣った笑いを浮かべたカレンは、視線をそっと逸らす。グロいのは苦手だ、心から遠慮したい。やっぱり聖獣と言えど豹は豹なのだと若干身の危険を感じ、カレンはきゅっと心臓が痛くなった。
「それで、魔砂がどうかしたのか?」
「ああ、うん。池…じゃない、泉を凍らすことができたってことは魔力を通せたってことだよね?」
「そうだな。」
「じゃあ粒魔石と同量ぐらいの魔砂を使えば水を出せるってこと?」
「いや、出来ぬと思うぞ。あの時、魔砂に反応はなかったからな。」
「うーん…何が違うんだろう?」
「いろいろと試してみるがよい。研究すれば使える魔法の数も魔力の質も上がるぞ。」
「そっか…うーん、じゃあずっと気になっていることだしちょっとやってみようかな。みんな、手伝ってくれる?」
コウの提案に、カレンは作業の手を止めて庭に出る。聖獣達も元の大きさに戻り、カレンを囲むようにして後に続いた。彼らなりに不測の事態に備えているのだ。まずは粒魔石、一つずつ属性の名を脳内でイメージする。
「…できた。」
呆気なく火、風、水、土が発生した。次は魔砂で試してみる。
「…うんともすんとも言わない。」
悲しいぐらい、何も起こらない。ただシンとした時間が過ぎただけだった。では逆は?粒魔石の方で凍らすことはできるのだろうか。カレンは青魔石を手のひらに乗せ、泉に向かって凍れとイメージした。しかし魔石は光ることなく、泉も凍らず。別の属性はどうだろうと、エンに赤魔石を砂にするよう頼む。できた魔砂を手にぐるりと周囲を見渡し、最終的に泉へ向けた。他によさげな対象物が見当たらなかったのだ。
「スイ、あの泉に生き物はいないよね?」
「いない!」
では、とカレンは頭に思い浮かべたイメージを口にした。
「温泉!」
赤い光の帯がさあっと泉へ流れる。それが消えてから泉に手を入れてみると、イメージ通りの温かさになっていた。泉を元の水温に戻して赤魔石の方でも試したが、反応がみられない。赤魔砂も火は出せなかった。
「…違いは何?」
「さて。それより気付いておるか?」
「え?何?」
「泉を元に戻す際、カレンは触れていない青魔砂を使ったぞ。」
「え!?え…あ、言われてみればそうかも…無意識だった。」
「無意識だったとして触らずに魔砂を使えるのなら、魔石も同じように使えるやもしれぬ。」
「だとしたらすっごい便利なんだけど!?」
コウの指摘に、すぐさま試してみる。スカートの隠しに粒魔石をしまってから頭の中にイメージを浮かべる。しかし何の変化も起こらない。地面に置いて試してみても何も変わらなかった。亜空間に入れても結果は同じ。それとは反対に、魔砂の方は亜空間に入れても使えた。何の変哲もない手から色づいた光がふわりと帯をなす。まるであの王女様みたいではないか。歌ってしまおうか!?氷の城を作ってしまおうか!?カレンは浮かれて意味もなく何度も魔砂を使った。
「カレン、いい加減にしろ。」
「…ごめんなさい。調子に乗っちゃった。えぇと…もっといろいろ試してみる必要があるだろうけど、実際に見えたり触れたりするものは魔石を使って、目に見えないものは魔砂を使う…ってかんじかな。実体を出すから魔石は触ってなきゃダメで、無体だからこそ触ってなくても発動できる。…って捉えておけばよさそう?」
「なるほど。カレンのことだ、きっと我が考えもせぬ使い方をするのだろうな。」
「魔石は基本的な使い方しかできないと思うな。それに魔砂を組み合わせる感じ?私が育ったところは便利道具がたくさんあったから、想像するのは簡単にできそうだからね。でも、指輪を作って正解だった。闇属性以外の全色があるから、何も持たない状態で魔砂を使っても疑われることはなさそう。もし疑われても『聖魔石なんです』って言えば誤魔化せるだろうし。」
「ああ、我らの加護が込められていると仰々しく言っておけ。」
聖魔石とは聖獣から取れる魔石で、滅多に手に入ることはない。聖獣を狩ることがほぼ無いからだ。カレンのように聖獣から与えられたものが市場に出るか、とてつもない幸運でもって落ちているのを拾うか。喉から手が出るほど欲するも、一生目にすることができない人が大多数である。当たり前だが純粋な魔石よりも力があり、貴族の間では聖魔石を持っていることが一種のステータスだ。大きさ以上に重要なのがどれだけ深く濃い光を湛えているかで、よい状態のものは家宝として代々受け継がれている。国王と王妃の冠を飾るのはすべて聖魔石だ。平民が持てる代物ではないがカレンは聖女とされているので持っていてもおかしくない。この世界に来て初めて聖女と呼ばれてよかったと思ったのだった。
魔石と魔砂を使い始めて数週間。赤や黄に色づいていた森の木々はその葉の半分ほどを地面へ落としている。これからは寒くなる一方だ。衣服も素材がウールのものを買い直した。当たり前のようにミリの監修で。身支度を整えたカレンは1階に降りて一言呟く。
「あったか。」
すると瞬間的にフッテ内がほんのり温かくなった。これはエンの加護である。空気の冷えを感じるようになった頃、赤魔石をフッテの各角に埋めた。これでフッテ全体を快適な温度で保つようにしたのだ。エンは熊だからであろうか、寒がりらしい。率先して加護をつけた。朝食は定番のパンとサラダとスープ。食後のデザートにヨーグルトをつけるようになった。スープの素もヨーグルトに入れるドライフルーツも風魔法で乾燥させて大量に作ってある。準備が簡単に、食が豊かになったことがカレンは嬉しかった。この手に関してはそこまで強い興味はないと思っていたのだが、やはり日本人は食へのこだわりが強いらしい。ジェイ達やワルデン達がフッテに来るたびに驚くのを見て思い知った。
「浄化、無毒。」
カレンの手から青と黄の光が生まれ、出来上がった朝食に降り注ぐ。日本基準の安全性で育っているため、念には念を入れてのことだ。それと心の安寧のために。この世界の医療がどうなっているか、幸いなことにカレンはいまだ当事者になっていないので知らない。だからこそできるだけ健康でありたいと願う。
「おはよう。」
「おはよう、ご飯できたよ。」
食卓に並べて、揃って食べる。こうしてカレンの一日はまた始まるのだった。




