031
聖獣の加護は素晴らしい。カレンがそう実感したのは、ケルビーが予想した通り一週間で野菜が実ったのを目の当たりにした時だった。数か月から一年近くかかるはずの生長がたった一週間。しかもそれぞれの収穫時期に関係なく。魔法の世界の実力を見た気がした。
「まあまあ、か。平均的な収穫量ってとこだな。」
「…次はもっとできるようにする。」
「そうだよ、次が今日より穫れるようになりゃいいんだって。最初からうまくいくわけないだろ?」
「…ヒョーク様。」
「カレンは別枠だ。俺らと一緒にしてたら気持ちが折れるぞ。」
首をうなだれて落ち込むワルデンに、ジェイとケルビーが気にするなと慰める。横でそれを小耳に入れたカレンは納得いかずにジェイを睨んだ。不毛な言い争いになるのは目に見えているので口を挟みはしないが、カレンは至ってごく一般的な平民だ。誰が何と言おうと平々凡々な庶民なのだ。この認識を譲る気は絶対にない!
「土の聖獣のおかげでばんばん練習できるんだから、あっという間に上達するだろ。ほらデン、種を植え終えたら魔法だ。テンも。」
「命を育む地よ、その身に新たな息吹をもたらせ、その身に豊穣の喜びを!」
「命を恵みし水よ、この地にその祝福を!」
前回と同じでワルデン達の手から光が発され畑が潤う。その様子を見ていたカレンはぽそりと零した。
「私もテン君の魔法が使えたら毎日の水やりが簡単なんだけどなぁ。」
「使えばいいだろ。」
「でも私、水属性は持ってないもの。」
「何のための魔石だよ。こないだ拾った青魔石、何個か持ってこい。」
呆れた溜息を吐いたジェイがカレンを使いっ走る。言われた通りに持ってきたカレンの手からめぼしい一つを摘まみ取り、ジェイは青魔石を乗せた手のひらを畑へ向けた。
「青き魔力よ、我が願いを叶えたまえ。恵みの水をこの地へ授けよ。」
するとどうだろう。青魔石がぱあっと光を放ち、ワルテンの魔法と同じように畑に散水された。
「すごい!」
「すごかねえ。魔力のある奴が魔石を使えば誰でもできる。カレンもやってみりゃいいだろ。」
ほら、これくらいの魔石がありゃできるんじゃん?いくつかある中からジェイが適当にぽいっと投げ渡した魔石を慌てながら両手で受け取り、カレンは観察するように何度も角度を変えてしげしげと見た。光を採射してランダムに青い煌めきを見せる魔石はとても綺麗で、不思議な力でもって魅了されているような気がする。カレンは青魔石を眺めてから、ジェイがしたように手のひらに乗せて畑へ向けた。
「ヒョーク様!畑にはもう水をあげない方がいいよ。」
ワルテンの注意にカレンはフッテの奥に繁る木々へ魔石を向け直す。次にジェイが詠唱した言葉をなぞろうとして詰まってしまった。だめだ、思い出せない。我が願いがどうとかこうとか言っていた気がするが、初めは何だったか。やはり自分は詠唱とは縁がないのか。がっかりしながらもカレンは水を頭に思い浮かべる。すると青魔石が発光し、次の瞬間。ものすごい勢いで木々に水が降り注いだ。
「カレンっ!やめろっ!!」
あまりの勢いに呆然としているカレンの手からケルビーが青魔石を取り上げる。そして荒らされた湿地帯のような惨状となってしまった地面に向かって手を翳すと素早く詠唱する。
「ナティ、地面に穴を作ってくれ。」
「大いなる地よ、その身を削り陥没せよ!」
ズズズ、と地面が深く抉れていく。穴ができるや否や、ケルビーはカレンから取り上げた青魔石を投げ込んだ。導かれるようにして大量の水が穴を満たしていく。泥濘が残った地面は、それでも冠水を免れることができた。
「…驚いた。」
「驚いたのはこっちだって!あんなに大量に出す必要はないだろ!見なよ、池ができちゃったじゃん!」
深く息を吐き出したケルビーが無造作に伸びた前髪を掻き上げる。親指をクイと動かして指した先は、ナタリアとケルビーが協力した成果があった。人間の背丈以上の深さだった穴が透明な水を湛えている。先程の悲惨な光景を知らない人達がここを通ったら、『ひと休憩入れようか』と考えるぐらいには澄んでいるのだ。カレンはいまだに呆然としながらも池に手を入れて水を揺らしてみた。何の変哲もない感触に戸惑いつつケルビーを見上げる。
「…あんなに出るなんて思わなかったの。何がいけなかった?」
「…カレンは聖女様だから魔力が強いのかも?魔石が大きすぎたかなあ。」
「うーん…じゃあこれくらい?」
「それでも大きいかもしれねえぞ。無詠唱だと調整が難しいって聞いたことあるからな、もっと小さいのでやったらどうだ?」
「どうせなら粒みたいな小ささから試してみたら?」
ジェイとケルビーが少々意地悪く口端を吊り上げながら提案してくる。それにイラっとしたカレンだったが、確かに一理あるかもしれない。これ以上の被害はカレンとて御免だ。フッテに戻って小さな魔石を選び、庭に戻る。『魔石を小さく砕くとかあり得ない』と非難の目を向けるジェイ達を視界に入れないようにしながら、スイに頼んで細かくしてもらった。そのうちの一つを摘み上げて手のひらに乗せる。池に向かって水を思い浮かべて。
「…ははは、あんな小せえのに土砂降りとか笑えるんだけど。」
池の上にだけ一雨が降る。しかし先ほどとは違って短時間で終わったし、カレンの手のひらの上にあったはずの青魔石も消えていた。魔石は魔力からできているもの、つまり魔力の塊である。魔石に籠った力を使い切ると消滅するようだ。使えば消える。ならば初めから使う量を調整できるようにもっと細かくしたらどうだろう。いっそのこと『石』ではなく『砂』にしてしまったら?自分の魔力を調整するのではなく補助の魔力を調整する。自分の魔力について理解も実感もないのだから、そちらの方が簡単なような気がする。カレンはピンと閃いた考えを実行すべく、池でぱちゃぱちゃ遊んでいたスイに頼んだ。
「ねえ、スイ。この魔石、砂にできる?」
「スイにまかせろ!」
スイがカレンの持つ青魔石に力強い視線を向ける。あっという間にさらさらとした砂になった魔石…これは魔砂と言うべきか。とても細かくきらめく粒子を零さないように手のひらを丸め、カレンはもう一度池の方へ伸ばした。思い浮かべるのは水。しかし、今度は何も起こらない。
「…あれ?」
「はは、流石に砂じゃ無理だったようだな。」
「いい方法だと思ったのに…」
「てことは、カレンは粒魔石ぐらいが妥当ってとこか?本当に粒で済んじまうのか…」
「粒魔石?」
「売り物にならないくらい小さな魔石のこと。砕けた欠片とか、加工した時の切れ端とか。羨ましいね、粒魔石で非属性魔法を使えちゃうんだから。」
カレンが魔石を使う時は、かろうじて『石』と分かる程度の小ささでいいらしい。日本で言うならばメレダイヤくらいの大きさか。またスイに頼んで用意してもらい試したところ、今度は頭の中でイメージしたシャワーのように水を降らせることができた。
「できた!…けど、難しい。」
「あとは慣れだ。慣れりゃ場面場面でどの大きさの魔石を使えばいいかも分かってくるぞ。」
「デン達と競争だなあ。どっちが早くうまく使いこなせるかって。」
「負けないよ、ヒョーク様!」
「私も練習するし!デン君達に負けないから!」
まずは粒魔石をたくさん用意するところからか。そう考えたカレンはふと軽く握っている手を見つめた。中には砂化した魔石がある。せっかくの魔石が勿体ない。日本人の勿体ない精神が胸の内にむくむくと芽生えたカレンはきょろりと辺りを見回した。目に入るものに何かできそうなことはないだろうかと考える。そして池に視線がいったところで、手を伸ばした。
「…カレン?」
「フリーズ!」
つまり、『凍っちゃえ』。完全にお遊びだ。氷の膜が薄く張ればいいなぁぐらいの気持ちで発した言葉に、魔砂は反応した。さあっと光の帯が池へ向かう。気付いた時には池の表面は氷で覆われていた。ピシピシと軋む音が鳴っている。
「え…っ?」
「わっ!ヒョーク様すごい!!」
「え?あれ!?えっ!?」
「…お前さあ、大概にしろよ…」
「え、いや…え?」
「水属性の人間でも氷関連は難しいはずなんだけどなあ…」
「え…えへへ?できちゃった?」
「なあ、聖女だからできんのか?それともカレンは人間じゃねえの?」
「失礼な!いたって一般人です!!」
「ねえジェイ…一般人って何だっけ…?」
「俺に聞くな。」
憤慨しているカレンから目を逸らし、ジェイとケルビーは遠くはるかな空を見上げた。




