026
ジェイ達を『いい人間』認定した聖獣はあっという間にミニマム化し、言葉が通じない相手へ嬉しさを伝えるべく客人の頭上をパタパタと飛び回る。その姿を見て一気に気持ちをほぐした子供達と、ようやくおしゃべりの時間だ。新しいお茶を配り、食卓の空いている一辺、すなわち『お誕生日席』とよく呼んでいた場所へカレンは落ち着く。椅子はないから立ち話になるのは致し方ない。
「カレン、ここに座りなよ。」
「え、うぅん。ケルビーが座ってて。ありがとう。それでさっそくなんだけど…栽培してみたいとは言ったものの何も知らないのよ、私。基礎の基礎から教えてもらえると嬉しいんだけど。」
「教えるのは俺らじゃねえぞ。デン…ワルデンだ。」
ジェイが背凭れに寄りかかりながらワルデンを顎で指す。一見したら態度が悪いのだが、その眼差しは優しい。ワルデンも嬉しそうにジェイの言葉を引き継いだ。
「はい!聖女様の畑を借りて練習していいとジェイ兄から聞きました。」
「その畑から作るんだけどね。あ、私のことはヒョークって呼んでくれる?」
「はい!俺のことはデンと呼んでください!」
「デン君ね。言葉も楽なものでいいよ。お世話になるのは私の方だし。」
「え…でも…」
「カレンがいいって言ってるんだからいつも通りでいいんだよ、デン。」
「でもケル兄…ヒョーク様は聖女様だし…」
「本人がそうしろっつってんだ。」
「そうそう。ジェイとケルビーを見てたら分かるでしょ?」
「…うん。分かった、ヒョーク様!」
「…『様』は取ってくれないのね…」
「それはさすがに無理だよ。院長先生からも『絶対に迷惑かけるな。デンがジェイとケルビーをしっかり見張ってるんだぞ』って何回も言われてここに来てるから。」
「あんのくそじじい…」
「ふふっ、デン君はしっかりしているのね。何歳か聞いてもいい?」
「12だよ。ナティは10歳、テンは8歳。」
ようやく緊張がなくなったのか、ワルデンはニコニコしながらカレンの目を見て話すようになった。少年は利発そうな黄瞳と短く刈り上げた黄髪の持ち主でハキハキと話す様子からも、同年代の中では纏め役であろうことが容易に想像できる。きっと孤児院の院長からも信頼されているのだろうなぁとカレンは微笑ましく思った。ナティことナタリアも黄瞳黄髪の少女、テンことワルテンは青瞳青髪の少年で、ワルデンの話に首を縦に何度も振っている。きっと『お前達もワルデンを助けてジェイとケルビーを見張ってくれ』と院長先生に言われたに違いない。思い出してみても、確かにカレンと彼らの初対面の印象はよろしくないのだから。ジェイとケルビーの信用のなさにカレンは笑うのを我慢できなかった。そんな彼女をジェイは嫌そうに顔を顰めながら睨む。
「…ちっ。いいから始めようぜ。どこに作る気だ?」
「裏にしようと考えてたんだけど、ジェイとケルビーが作るの?」
「畝だけね。深く掘ったり土を混ぜたりするのって結構コツがあるんだよ。デン達にはまだ無理だから。でもそれ以外はちびっ子達の仕事。」
「ふうん…。でもこれから寒くなっていくんだよね?今から作れるものってあるの?」
「だからそれも含めてデン達の練習になるんだろうが。」
言いながら立ち上がったジェイがさっさと玄関に向かった。揃って家の裏手に回る。ただ道を歩いているだけでは見えにくいところに、十分に開けた場所があるのでそこを畑にしようとカレンは考えていた。鍬を持つジェイとケルビーが『どの辺?』と聞いたのに答えようと口を開きかけたカレンより先に。
「カレン、ここ!」
フッテから少しだけ離れた場所の一角で、チイが指し示すように空中をグルグルと飛び回る。
「ここがいい!」
「ってチイが言ってるから、あの辺にしようかな。」
「はいよ。ナティ、できるな?」
「うん。」
ケルビーに促されたナタリアが、飛び回っているチイの下にある地面に向かって両手を翳す。
「強固なる地よ、その身を解し、細砕せよ!」
初めて耳にした詠唱に、カレンは小さく感嘆する。まだ小さな子供であるナタリアがカンペも見ず、つっかえもせずに詠唱した。素直に感動する。そして自分には無理だなと瞬時に諦めた。かっこいいと思うのに。ちょっと…いやだいぶ羨ましいが、できないものは初めから求めない方が健全な精神を保てる。できないのだから仕方ない。自分自身を慰めているカレンの前で、ナタリアの手から黄の光が地面に向かってざあっと広がる。チイが示していた辺りに黄の光は吸い込まれていった。
「さあどうかな、うまく発動できているといいね。」
「うん!私、もっと練習する。」
「おう。じゃあ畝を作り終えるまでカレンの相手をしてやっててくれ。」
ケルビーにくしゃくしゃと頭を撫でられて、ジェイからニカリと笑いかけられ、満面の笑みを浮かべていたナタリアが小走りにカレン達の側に戻ってくる。ワルデンにも褒められたナタリアはさらに嬉しそうにキラキラと瞳を輝かせて破顔した。その純粋さにカレンの表情が思いきり緩む。
「さっきの魔法、どんなものなの?」
「固くなっている土をサラサラの土にかえるの!ジェイ兄、ケル兄、できてる?」
「耕しやすいよー!」
作業の手を止めてケルビーが声を張りながら手を上げる。リズムよく鍬を振り下ろしている二人を見るに、確かに土はほぐれているのだろう。混ぜ返された地面の面積が面白いように広がっていく。手伝わなくていいの…違う、言い出したのは自分なんだから率先して鍬を振るわなくてはいけないのに。ハッと気づいて慌てて『私もやる』と声を掛けようと口を開きかけたカレンに、ワルデンが質問をした。
「ヒョーク様、何を育てたいの?」
「…ええと、複薯と人参と玉葱。それから赤茄もできたらいいなって考えてるんだけど…欲張りすぎ?」
「ううん、もっとでもたぶん大丈夫。」
「え、じゃあ…萵苣と青椒もあると嬉しいな。」
「それだけでいいの?」
「…じゃあ蕪もお願いします。」
この国の野菜はなぜだか日本のものに似ていて、戸惑うことがないのでとてもありがたい。大きさや食感に差異はあるのだが許容範囲内だし、本能が拒否するような見た目のものはまだ目にしたことがない。真っ青なトマトとかショッキングピンクのレタスとか嫌だよなぁ…とげんなりすることを考えていたカレンの耳に、何かに驚くようなジェイとケルビーの声が飛び込んできた。
「おいっ!これっ!」
「カレン、ちょっと来て!!」
慌てて二人を見れば、耕していたはずの地面に立ちすくんで呆然と下を見ている。何があるのか、何が出てきたのか、少し及び腰になりながら近づく。『これ』とカレンに視線を向けずにジェイとケルビーが指さしているので、辿ってみると足元の地面がキラリと光っていた。それも一か所だけではなく、点々と光っている。ゆっくりと腰を落として覗いてみると、硬質な光を見せているそれに見覚えがあった。
「…魔石?」
「…だよな。」
摘まみ上げたカレンが太陽にかざすようにして確認する。それに同意したジェイとケルビーは信じられないと何度も瞬きを繰り返した。
「…有色魔石だぜ。しかも同じところから何個も。」
「こんなことってあるんだ…。」
ケルビーが同じようにしゃがんで近くで光っている一つを摘まみ上げれば、それはカレンとは違う色できらりと輝く。ジェイの手にあるのも二人と違った色のものだ。
「カレン、おどろいた!」
「チイ…もしかして知ってた?驚いたよ…」
「やった!カレンがおどろいた!」
嬉しそうにキュイと笑い、チイはカレンの周りをパタパタと飛ぶ。驚きはしたけれど…ラッキーだ、魔石が手に入るなんて。しかも地中からは手に入りづらいと聞いた有色魔石。洗って綺麗にしたら神殿の魔石店へ売りに行こう。高く売れるといいな。そんなことを思いながらとりあえず顔をのぞかせているのを拾い集め、ジェイとケルビーに続きを頑張ってもらう。
「…なあ。掘れば掘るだけ出てくるぞ…」
「…さすが聖女様…さすがヘイリゲルワルド…」
「いや、私は関係ないって。それにしてもすごい数…」
「カレン、うれしい?」
「すっごく嬉しい!チイ、ありがとう!さすが土の聖獣!!」
「カレンにほめられた!」
「…ねえジェイ、これもっと出てくんじゃない?」
「はは…俺も同じこと思った…」
「わっ!ここにもあった!」
「こっちにも!!」
畝づくりをするはずが、もはや宝探しに変わってしまっている。鍬で土を盛り上げるそばからポロポロと魔石が姿を現すものだから、進み具合がものすごく遅い。気付けば地面に広げたエプロンの上に一山できてしまっている。どうにかこうにか畝を作り終える頃には、太陽はすっかり天頂に上っていて。
「…とりあえずお昼ごはんにしよう。」
急に始まった宝探しに大はしゃぎした子供達は土で真っ黒に、魔石と子供達を傷つけないよう細心の注意を払い続けたジェイとケルビーは神経をすり減らして真っ白に。風呂敷の要領で魔石をエプロンに包んだカレンは遠い目をしてみんなを誘った。




