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「カレン、くる!」


 のんびりと朝食を取っていたら、ピクリと顔を上げたフウが突然従者の大きさに戻った。待ってほしい!物理的に無理がある!


「フウ、テーブルから降りて!」

「カレン、くる!」

「いいから降りて!待って、みんなで一斉に大きくなるとか無理だから!狭いから!!」

「フウがたおす!」

「待って!何が来るの!?」

「にんげん!フウがたおす!!」

「スイも!!」

「ちょっと待って!!悪い人なの!?」

「フウ、きらい!!」


 それはきっと狙われた経験があるからだろう。フウは鼻息荒く玄関へ突進していく。ドンドンと玄関扉を前足で蹴っているフウに思わず扉を開ければ、止める間もなく飛び出していった。フウに同調したスイもカレンの脇をしなやかな身のこなしで駆けていく。


「コウ!あの子達とめて!」

「…殺さぬようにすればいいのだな?」

「違う!!」


 フウとスイが飛び出していったのとは逆に、コウはゆっくりとフッテから出ていく。いや、早く行けよ!あの子達の暴走を止めてくれ!!カレンも後を追おうとするのだが、行く手を阻むようにエンとチイがリビングの出口に陣取った。


「カレン、あぶない。」

「カレン、ここにいる。」

「いや、でも…」


 どうにか前へ進みたいカレンと、奥へ行かせたい聖獣と、ダイニングとリビングの境目で攻防を繰り広げる。そこに開けっ放しの玄関から固い声が聞こえてきた。


「…おはようさん。」

「カレン、熱烈歓迎は嬉しいんだけどーっ!」


 3体の聖獣に囲まれながら連れてこられたのはジェイとケルビーだった。見事に顔が引き攣っている。そして二人の間に挟まれて守られるように3人の子供がいた。顔は青ざめ、互いの手を握り合って、見ているだけで可哀想になってくる。カレンは『大丈夫だから』とエンとチイの間をすり抜け、サブリナシューズをつっかけて外に出た。


「フウ!スイ!その人達は私の友達。大丈夫だから優しくしてあげて。」

「ぶきをもっている。」

「護身用よ、みんなを狩るつもりは絶対にない!ねえ、ジェイ、ケルビー!?」

「あ、ああ…」

「聖獣を狩るわけないって!」

「ほらね!だからちょっと離れてあげてくれない?いきなり聖獣に囲まれてビックリしちゃっているから。」

「わかった。」

「はなれる。」

「ありがとう。コウもありがとう。」

「ああ。」


 コウ達が近くからすっと離れてカレンへ集まったのに、ジェイとケルビーは詰めていた息を吐き出す。そして怯えている3人の子供に向かって『もう大丈夫だから』と宥めてからカレンの前に並ばせた。


「ナタリア、ワルデン、ワルテンだ。」

「3人ともおはよう。私はカレン・ヒョーク、よろしくお願いします。急に聖獣に囲まれて怖かったね?」

「は…はい。」

「大丈夫だよ、みんな優しい子達だから。傷つけようとしなければこの子達からは何もしないからね。」

「はい…。」

「うーん…ちょっと気持ちを落ち着けた方がいいかな。どうぞ、中に入って。」


 カレンはフッテへ案内したが、玄関にはエンとチイがどんと佇んでいた。それを見てさらに尻込みする子供達を、大丈夫だからと手を引きながら中へ入る。


「ここで靴を脱いでね。」

「…靴を脱ぐ!?」

「うん。私が育ったところは裸足文化で、家の中で靴を履く習慣がないの。」

「でもお前…それは…」

「…あー、カレン知ってる?」

「何を?」

「…俺らに言わせんなよ…」

「あー…え、と…今から言うことに他意はないからね!」

「え?うん。」

「…あー…女の子が足を見せるってお誘い表現なんだよ…」

「お誘い?」

「…つまりだな、女が男に自ら足を見せるのはシようって言ってんのと同じだってこと!」

「ジェイ!ちびっ子の前だって!!」

「仕方ねえだろ!カレンに通じてねえんだから!!」


 ぎゃあぎゃあと言い合っているジェイとケルビーをよそに、カレンはカルチャーショックに佇む。たかが靴を脱ぐくらいでそんな意味に取られても…。


「…え、でもストッキング履いてるから素足じゃないし。」

「男の前で靴を脱ぐ!ってことは男にストッキングを脱がせてほしいってことだろ!?てことはその男に素足を晒すわけだ、だからヤろうぜって誘ってんだよ!」

「だからジェイ!ちびっ子の前!!」


 何に興奮しているのか、ジェイとケルビーはますます顔を赤くして言い合っている。その態度の方が子供達によくないと思うのだが。カレンは溜息をつくと『分かった』と一つ頷いた。


「エストマルク王国では異性に足を見せてはいけないのね?教えてくれてありがとう。」

「…おう。」

「でも私が育ったところでは全然問題ないの。何だったら膝上のスカート丈で外を出歩くのも、ごく日常的だけど?」

「なっ…う、うそ…噓だよね!?そんな天国あるわけないよね!?」

「本当。そういうところで20年以上も育ったから、私は靴を脱ぐのに何の抵抗もないの。むしろ外を歩いた靴で家の中に入る方が無理。それは理解してくれる?」

「…」

「フッテ以外では靴を脱がないようにする。でもフッテは私の家だから、私の考えに合わせてほしいんだけど。」

「いいよ、大歓迎!」


 すぐに受け入れたケルビーがまず靴を脱いで入る。その次にぶつぶつと納得しきれないように呟いているジェイも靴を脱いだ。ジェイは案外シャイボーイなのかもしれない。ケルビーは全くの逆。子供達はおっかなびっくりといった様子でケルビーとジェイを真似て靴を脱ぐと、二人にくっついて入った。


「奥の部屋に入って。」

「広いな。」

「辺境伯様のおかげ。」

「…食いかけがあるぞ?」

「あっ、朝ご飯中で!すぐ片付ける。」


 椅子は4脚しかない。玄関に置いてある折りたたみ椅子をリビングへ持っていき、食べかけの朝食を引き上げる。ケトルをセットして、ハタと気付いた。


「…ごめんなさい。コップが人数分なくて…。お、お椀でもいい?」

「いいよー、気にしないで。」

「ありがとう。」


お湯が沸く間に、初めの頃のようにキッチンで立ったまま大急ぎで朝食の残りを詰め込む。マナー違反なのは承知しているので見ないふりをしてほしい。コウも付き合うようにミニマム化して隣で食べたが、残りの4体は従者の大きさのままフッテに戻った。


「小さくならないの?」

「あれらがいる。」

「だから友達だってば。」

「カレンがしんぱい。」

「もう、大丈夫だって。」

「食わぬのなら我が全て食すが?」

「コウ、いじわる!」

「コウ、やさしくない!」


 聖獣は従者の大きさのままだから鳴き声が『咆える』に近くなってしまう。エン達の言葉が理解できない子供達がビクリと体を跳ねさせてカレン達の様子を窺ってきた。大丈夫だよと子供達に微笑み、できるだけ小さな声でと聖獣に頼む。そんなことをしているうちにお湯は沸き、お茶をコップとお椀に入れて食卓へ運んだ。何と言えばいいのか、ジェイとケルビーを見ることができない。


「…ほんと、ごめんなさい。」

「気にするな。」

「…顔つくってくるので少しお待ちください。」

「えっ…化粧してなくてそれ!?本当に!?すっごい美人じゃん!!」

「いいから見ないで…」


 驚きに目を剥くジェイとケルビーからの視線を背中で遮り、子供達へちょっと待っててねと笑いかけ、カレンは二階へ逃げた。腹の底から深く溜息を吐き出し、ドレッサーに突っ伏す。


「…朝から疲れた…コウ、フウとスイを止めてくれてありがとうね。」

「カレンの望むことなれば。」

「血なまぐさいのはダメだし、仮に悪い人だったとしてもいきなり攻撃するのは良くないでしょ。」

「そう考えぬ人間もいると認識しているが?」

「確かにそうだけど…。」

「フウは狙われた経験があるゆえ、気色ばんでしまうのも無理からぬと思うぞ。」

「…そっか。フウが狙われた聖獣だったんだね…。あれだけ綺麗だから目を惹いちゃったんだろうなぁ。」

「もともと好戦的でもあるがな。」

「元気っ子だもんね、フウ。それにしても屋内にいたのによくジェイたちが来るって分かったよね。」

「フウは風の聖獣なれば、空気の機微には敏い。」

「へぇ、そうなんだ。」


 話しながらも化粧を済ませたカレンは階下へ戻る。すると、従者の大きさのままのエン達が椅子に座っている5人を囲むようにして食卓の四つ角にいるではないか。まるで空き教室に気に食わない奴を呼び出していちゃもんをつけている素行不良生のようで、カレンは思わずこめかみを押さえた。


「お待たせ。みんなこっちに来て。紹介するから。」

「…ねえ、カレン。もしかして俺達来ちゃいけなかった?」

「そんなことないって。みんな。さっきも言ったけど、この人達は私の友達。ジェイとケルビー。それから子供達は私も初めて会うけど、これから食べ物を一緒に育てていく子達だよ。だから、この子達は私の先生。」

「たべもの?」

「カレンがつくる?」

「そう。よく使う食材は買うより作った方が安上がりでしょ?」

「カレンのめし!」

「めしのもと!」

「これら、いいにんげん!」


 一斉に声を上げた聖獣達に何度目になるか分からない怯えを見せる子供達へ、『大丈夫、ようこそって言ってるんだよ』とだいぶ雑に通訳した。ジェイとケルビーは体の力をようやく抜き、子供達を安心させるように頭を撫でる。徐々に恐怖心を拭い始めた子供達と仲良くなるため、カレンはおしゃべりには欠かせない新しいお茶の用意をしにダイニングへ向かった。

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