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B

 花恋とコウが天蓋内で話し合っているのと同時刻。オストシエドルング辺境伯夫人の私室にはミラとミリがいた。『座りなさい』と促した夫人に対して二人はやんわりと断ると、背中を真っ直ぐに伸ばして立つ。その姿に苦笑するも夫人は機嫌を悪くするでもなく、ミラとミリを『ご苦労』と労った。


「ヒョーク様はどうされているかしら?」

「お休みになられたのを確認してから参りました。」

「そう。快適に過ごされている?」

「そのようにお見受けします。」

「引き続き寛いていただけるよう従事しなさい。」

「はい。」


 一安心したように微笑んで紅茶を一口飲んだ辺境伯夫人は、音を立てずにカップをソーサーの上に置いて本題を切り出す。


「ヒョーク様のお望みは?」

「やはり働きたいと思われているようです。領都での暮らしについてジェイとケルビーにいろいろと質問をされていました。」

「…そう。具体的なことは何か仰っていた?」

「住み込みを希望されています。町で働けない場合も考えられているようで、農場見学をケルビーに取り付けていらっしゃいました。」

「まあ、ルヘゾネを出るおつもりなの?」

「快適に過ごされているようですが、『過剰な待遇だ』と困った顔をされることも度々で…」

「あら。困惑されるほど丁重なもてなしをしているのかしら?」

「いいえ、申し訳ありませんがちっとも!奥様やお嬢様と同じようにさせていただいています。」

「そうよね?そうするように言ったはずだもの。」

「はい、申し付け通りに従事しております。しかしながら、ヒョーク様におかれてはそれを過剰と取られるようで…ドレスではなく私達と同じ仕事着がいいとか、食事ももっと品数が少なくてもとか、滞在なされている部屋ぐらいは自分で掃除するとか…その、どうやら貴族社会にはあまり馴染まれていない方のようで…」


 ミリが忠実に仕事をしていると主張し、ミラが言葉を選んで花恋の様子を伝える。


「…そう、分かったわ。明日以降もよろしくね。」

「畏まりました。」

「ヒョーク様に少しでも変わったことがあればすぐに知らせてちょうだい。この件が落ち着いたらすぐに元の仕事へ戻すわ。もう少しだけ我慢してちょうだい。」

「いいえ!これくらいなんでもありません!」

「私達はマリー様に救い上げていただきました。なんなりとご命令ください。」

「我らが主はマリー様ただお一人。我らの全てはマリー様のものです。」

「私達を存分にお使いください、ご主人様。」


 同時に立て膝で跪き胸に手を当てて深く頭を下げるミラとミリに、孤児院から身請けた甲斐があったと嬉しく思う。しかし、何もここまで思い込まなくてもよいのだが。マリーは再び苦笑すると二人に下がるよう指示を出した。背中越しにドアが閉まる音を聞いたマリーは飲んでいた紅茶に落ちていた視線を上げる。同時に視線の先にあった別の扉が開いた。躊躇なく入ってきたのはマリーの最愛の夫、トゥバルトだ。


「さて、困った聖女様だ。」


 マリーの隣に腰を下ろしたトゥバルトは着けていた耳飾りをマリーの耳へ着け直す。緑魔石を使った装飾品はマリーの両耳で揃ってきらりと光った。マリーは風属性の魔力を持っている。元は子爵令嬢で王城に勤めていた近衛兵、現エストマルク王国王妃が王太子妃の時分に警護を担っていた。麗しい容姿と華々しい職で注目されるも、本人にとってはどこ吹く風で仕事に邁進していた。そんな彼女に一目惚れしたのがトゥバルトだった。身分の差はあったものの武門の家にふさわしい職での活躍、若く美しい肉体、何より当時の王太子妃が『応援』したのもあって、大きな反対もなく二人は結ばれた。それから33年、今でも互いを尊敬し仲睦まじい様子は理想の夫婦像であり、二人の子供達からはほんの少し呆れられてもいて。


「笑っていますのに?」


 そういうマリーもにこやかに微笑んでいる。妻の耳朶をフニフニと弄んでいたトゥバルトは、そこへキスをしてマリーの肩を抱いた。


「ああ、困っている。まるで『貴族』が通じない。もう少しこちらの意を汲んでくれると思っていたのだがなあ。」

「楽しそうですこと。」

「困っていると言っているだろう?なあ、マリー。聖女様ぐらいの女の子は貴族の暮らしに憧れるものではないのか?」

「どうなのでしょうね?裕福でなかったとは言え、私も貴族出身ですから…自分は庶民だと言うヒョーク様のお考えは分かりかねます。」


 『困った、困った』と口にしているトゥバルトはマリーの部屋へ入ってきてからずっと笑顔のままで、夫に体重を預けているマリーの答えにも本気で困った様子を見せない。彼の頭の中には花恋がルヘゾネに滞在すると決まった時から自領に留まらせるためのいくつか案がすでにあった。夫のことをよく理解しているマリーは、トゥバルトの策がうまくいくよう花恋の情報を得るためにミラとミリを付けた。先程の報告をトゥバルトは隣の部屋で聞いていたのだ。マリーが自分の装飾品を媒体に風魔法を発動させて夫に聞かせた。


「…さて、聖女様はどの程度で満足してくれるかな?」


 トゥバルトもマリーも花恋を逃す気など更々ない。せっかく目の前に現れた聖女と聖獣。しかも特殊魔力の闇と光。みすみす手放すなど、領主として愚かとしか言いようがない。ニヤリと口端を吊り上げたトゥバルトを見て、マリーも軽やかに笑った。


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