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A

「父上、おはようございます。」

「ああ、入れ。」


 朝一番。学園へ登校する前に顔を見せたシギワルドを、オストシエドルング辺境伯は自室に招き入れる。あまり時間がないのは互いのこと、ソファに座った息子に辺境伯はずばり切り出した。


「どうだ?」

「はい、貴族ではないと思いますよ。世話されるのに慣れていないし、マナーも怪しいところがありました。ご本人が言っているように平民の出ではないかと。」


 父親の思惑を汲んだシギワルドは、花恋に気づかれないようにずっと彼女を観察していた。オストシエドルング辺境伯は王国内で重要人物の一人だ。高位に就いていて、王国の東を守る要。政治的にも軍事的にもなくてはならない人物だ。それゆえ、狙われやすかった。聖女とは言え、急に現れた人間をおいそれと信用するわけにはいかないのだ。対立派閥からの差し金かもしれない。あるいは聖女を騙る偽物かもしれない。オストシエドルング辺境伯はある程度自由にさせ泳がせてみようと考えた。


「侍女はいらない、こんなに綺麗なドレスは困る、化粧もしなくていい、主寝室は僕が使うべきだ…と、悉く遠慮されてこちらの方が困りました。ヒョーク様はとても奥ゆかしい。」

「まだ決めつけるには早いぞ、シグ。」

「はい、引き続き様子を見ます。ですが基本的に素直な方じゃないかと思います。驚いたり、笑ったり、ご自分のことも話していましたよ。ヒョーク様、ご自分は魔法を使えないと言っていました。」

「聖獣を従えているのだが?」

「ですが、使ったことがないとおっしゃっていました。」

「ふむ…」

「それと、ヒョーク様は25歳だそうです。」

「にっ…そうか…」

「はは、父上も驚きましたか?」

「…ああ。もっと人生経験を積んだ妙齢だと踏んでいたのだが…」

「僕も母上までとは言いませんが、兄上よりも上だと思っていました。」

「そうか…25か…接し方を変えなければな…」

「あと、働くことを望んでいます。ルヘゾネで女中として雇ってくれとキーランドに迫っていました。」

「聖女様に女中仕事はさせられんだろう…」

「父上に相談するとヒョーク様を待たせていますので、よろしくお願いします。」


 想定外のことがいくつもあったようで、はあと溜息をついた父親にシギワルドは小さく笑う。


「ところでシグ。聖女様をヒョーク様と呼んでいるのか?」

「ヒョーク様のご要望です。ご自身は聖女ではないと思っているらしく、畏まられても困ると言われました。ヒョーク様がお育ちになったところは家名で呼び合うのが一般的だそうなので、ヒョーク様と呼ぶことになりました。」

「ほう…驕らない姿勢は好ましいな。」

「父上も直接お話になってみてください。ヒョーク様はあまり構えるような方ではないですよ。なにせ25歳ですから。」

「…そうだった…25歳なんだよな…」


 ソファの背凭れに寄りかかり天井を見上げたオストシエドルング辺境伯にまた小さく笑って、シギワルドは席を立った。これから学園へ行く。少し時間が押し気味だ。同じく学園に通っているシアナに声をかけて、ともに家を出た。

 シギワルドが花恋を初めて見たのは昨日、自邸のサロンだった。町で不測の事態が起きたために安全が確認されるまで学園にいるようにと教師からの指示で待機していると、ポツポツと情報が入ってきた。どうやら穢獣が出たようだ、それならこの地を治める我が家からの迎えは遅くなるだろう。自分より下の学年のシアナはすでに帰っているはずだから心配はない。予想通り最終組で迎えに来た御者に、シギワルドは町の様子を尋ねた。穢獣ではなく聖獣だったこと、何故か妹達が襲われそうになったこと、聖女様が現れて助かったこと、その聖女様が聖獣と共に我が家に来ていること。怒涛の情報に混乱しそうだったが帰宅してすぐサロンへ向かう。着替える時間が惜しかった。そこにいたのはおとなしい印象のとても綺麗な女性だった。黒魔石に負けない輝きの黒瞳、上質な絹糸を思わせる黒髪、すっと筋の通った鼻、赤い唇、自分達と少しだけ色が異なるけれど透明感のある肌。初めて会う女性に対してまず褒めることが男性貴族のマナーだ。けれど、そんなことは関係なく自然と賞賛の言葉が口から零れた。当然のように受け入れる貴族女性とは違った反応が珍しく、ルヘゾネで共に過ごすよう父親から言われても否やはなかった。


「…何だか楽しそうね、シグお兄様。」


 学園に向かう馬車の中、対面に座っているシアナが緩んだ表情のシギワルドに話しかける。


「うん。ヒョーク様のことで少しね。シアナはヒョーク様と話したかい?」

「…いいえ。マーラを助けてもらったお礼ぐらいよ。」

「ああ、それ。マーラとシアナが襲われたって聞いて心臓が止まる思いだったよ。無事で本当に良かった。」

「ええ、本当に。聖女様がいてくださって本当に助かったわ。」


 ふい、と兄から視線を外してシアナが窓から外を眺める。その横顔をシギワルドは微笑ましく思った。興味がなさそうな態度を取っているが、口端がわずかに上がっている。感情を表にあまり出さないシアナだが、マーラが助かったことを嬉しく思っているのは間違いない。


「ドレス、似合っていたよ。」

「…当然でしょ?」

「ヒョーク様、25歳だって。」

「…そう。」

「うん、シアナもルヘゾネに遊びにおいで。」

「…時間ができたら行くわ。」


 シギワルドへ戻っていた視線がまた窓の外に流れる。横を向いてしまったシアナの口元を見れば角度が先ほどより上がっていて、シギワルドの口も弧を描いた。


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