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と言うわけで。やってきました、衣料店。もちろんミラとミリと一緒に。大通りに面した、平民でも生活が豊かな層を顧客とした広い敷地の店だ。富裕平民としての誇りや見栄があるのか、この店でも貴族のようにオーダーメイドの注文を受けることがある。しかし全ての衣服を特注することは厳しいらしく、普段着などは既製品で済ますことが多い。けれど他の平民と同じようなリネン地のものは富裕平民としての自尊心が許さない。そこで人気なのがコットン地のもの。だが他の人と同じものはできるだけ避けたい。つまり、この店では同じデザインのものでもたくさんの色が展開されているのだ。店舗の半分ほどを占める既製品の棚にはきれいに並べられた服が見事なグラデーションを作っていた。
この国の庶民の服はいたって素朴なもので、シャツ、コルセット、ペチコート、ロングスカート、エプロンを時季によって増減させながら着る。着上りがどこかで見たことのあるような可愛らしい服装で、カレンは着てみたいとひそかに期待していたのだ。それが現実となった今、心が躍る。どの色も欲しくて目移りするがそれは追々買い足すとして、どれも2着ずつあればまずは何とかなるだろう。どの色にしようかじっくり検討して選んだカレンが商品を手に取って両脇にいたミラとミリに視線で伺いを立てると、ミリがすぐさま噛みついた。
「どうして時間をかけた結果がそれなの!?」
「え、だめですか?」
「だめじゃないけどだめ!却下!!」
「えぇ…オトナ女子…」
「大人になんていつかなるんだから今じゃなくていいのっ!大体それはヒョーク様には合わない色じゃない!」
「そんなこと…」
「ある!いい!?ヒョーク様のお肌はうっすら黄味と桃味がかった透明感の強いしっとりしたお肌なのよ!私達とは違う白い滑らかなお肌なの!羨ましいっ!!そういう人は深みのある色より淡い色が似合うの!!」
「それよりもヒョーク様、枚数が全然足りません。」
「いや、取りあえず必要な分があれば…」
「私達が奥様に叱られてしまいます。少なくとも一週間分はお買い求めください。」
「一週間…6枚!?6着ずつもですか!?洗濯すれば問題ないですよね!?」
「お選びください。それと、ミリ!言葉遣い!いい加減にしなさい!」
カレンには冷静に進言した後、ミラは腰に手を当てて前のめりでミリに注意する。ミリはビクリと肩を竦めると、バツの悪そうな顔でミラから距離を取る。まるで母親に見咎められた子供のようだ。ああいや、この場合は姉からだろうか。ミラとミリは年が近いと言っていたし…。ジェイと言い、ミリと言い、ミラは苦労しているのかもしれない。そんなとりとめのない感想が頭の中に浮かんだカレンは、くすくすと笑いながら二人に話しかけた。
「私、庶民ですから。丁寧な言葉は使うのも遣われるのも苦手です。楽な言葉でお願いします。」
「そういうわけにはまいりません。ヒョーク様は聖女様でいらっしゃるのですから。」
「聖女だという自覚がないもので…。それにほら、辺境伯様のところからも出ますし。ミリさんのような言葉だと嬉しいです。」
「後から『不敬だー!』って言わないでくださいよー?それに、それならヒョーク様も同じように楽にしてもらって、私のこともミリって呼んでもらわなきゃ。」
「じゃあ私のこともカレンで。」
自然と緩んだ表情でうんうんと頷くカレンに、ミリも嬉しそうににっこりと笑う。二人が同時にミラを見れば、深く溜息をついたミラも、仕方がないとでも言うように苦笑して態度を崩した。
「でも旦那様や奥様の前ではこれまで通りにさせてもらうわよ。それと話を戻すけれど、たぶん一週間分でも少ないって言われると思う。だから肌着とストッキング、エプロンは二週間分を買うから。」
「えっ、えっ!?そんなに!?」
「任せなさい、カレン!さあ選ぶわよ!」
「じゃ、じゃあせめておとなしめの色で…」
「却下!」
カレンが手にしていたものはミリによって素早く取り上げられ、陳列棚へと戻っていく。代わりに淡かったり明るかったり、カレンが望むものとは反対方向の色を次々と勧められた。それらも可愛いなと思っていたし、買い足す時の候補にも入っていたのだが、カレンにとって買う際の最重要点は。
「汚れが目立たないのがいい…」
たくさん動くことになるだろうし、家庭菜園もちょっとやってみたいし、森の散策だってしたい。日本では都会に住んでいたこともあって、スローライフってものを体験してみたいと常々思っていた。ここならできそうではないか…だいぶ規模が大きくなりそうだが。それなのに綺麗なものを着ていては思うように動けない。それは嫌だ。
「それならコルセットとスカートはミリが選んだものにして、エプロンはカレンが気に入ったものを選んだらどうかしら?」
「だめよ!カレンが選ぶなら濃いめのものになるんでしょ!?地味になっちゃうじゃない!」
「でも着るのはカレンだし。」
「こんなに綺麗な子が地味なのを着ていたら旦那様や奥様が疑われちゃうわよ!『ご領主様が虐げてるのかー!』って。」
「…それは困るわね。」
「ああ、ミラ!スカートは布をたっぷり使ったもので。カレンにはそっちの方が似合う!」
「分かった、持ってくる。」
めぼしい色をカレンの身に当てて確かめながらミリが息巻く。コルセットとスカートは同色を揃えることが通常で、スカートはストレートからプリーツ、サーキュラーなど数種類ある。
「カレンって華やかなのは苦手?」
「苦手って言うか…おとなしめの方が好きっていうぐらいかなぁ。可愛いの、嫌いじゃないよ。」
「そう?じゃあエプロンは明るい色のものを選ぼう。」
「こ、濃いめも…。汚れが目立たないものがいい。」
「…まあ同系色の濃淡の組み合わせもありか。」
「本当にそんなにたくさん買うの?」
「カレン、諦めなさい。ミリが選んだもの、似合ってるわよ。」
「当然でしょ!私が選んだんだから!!」
「ストッキングはどうする?全部同じものでいい?」
「ちょっとミラ!お洒落は足元から!!全部同じってあり得ないから!エプロンと同じような色を選んできて!!」
「はいはい。」
「ストッキングリボンはスカートと同じ色ね!」
「はいはい。」
結局、ほぼミリが決めてしまった。もちろんカレンの意見もきちんと聞かれたし、ミリのセンスがおかしいとも思わないし、着るのが楽しみでもあるのだが…少し、ほんの少しだけ納得がいかない。買ったものを空間魔法でしまおうとしたら、人前で空間魔法はできるだけ使わない方がいいと忠告された。無限に『収納』できる便利な存在は悪用されやすいらしい。予定より大量になってしまった荷物を3人で分けて持つ。ミラとミリはカレンに荷物を持たせるつもりはなかったのだが、カレンにしてみれば自分の荷物を二人が持ってもらっているのだ。本当は一人で持つつもりだったのに、どう頑張っても無理な量なので甘えることにした。今日は靴も購入する。一度フッテに荷物を置きに行こうとスチロスワルドへ向かっている途中で、3人は声を掛けられた。脇道に見えた顔はジェイとケルビーだった。
「すごい荷物だねえ。」
そう言いながらケルビーはミリの荷物を受け取るようにしてひょいと持つ。
「はい、ヒョーク様も貸して?」
「え…」
「いいのよ、カレン。ケルビーに持たせちゃって。」
「あらら、いつの間に仲良くなったの?聖女様を呼び捨てちゃってバチ当たらない?」
「そんな力なんてないですよ。私が二人に頼んだんです。楽に話しましょうって。」
「だったら俺達とも同じように話してよ。どう考えてもヒョーク様が俺達に対して丁寧に話すのっておかしいじゃん。」
「…私のこともヒョークって呼んでくれるなら。『様』をつけられるような人間じゃないんで。」
「いや、流石に家名を呼び捨てにはできねえって。」
「…じゃあカレンで。」
「はいはーい、カレンね。俺もケルビーって呼んで。ってことで、はい荷物。」
空いている片手をずいと差し出しながらケルビーがにっこりと荷物を渡すよう催促する。そこまで言ってくれるのなら甘えるか、とカレンは手に持っていた荷物を渡した。気付けばジェイもミラの荷物を持っている。このままフッテまで運んでくれるらしい。思いがけず受けた紳士的な態度にカレンはニマニマするのを止められなかった。欧米風の女性の扱いは日本人のカレンにはある意味毒だ。
「ご領主様のお館から出ることになったの?」
「うん、フッテを貸していただけることになって。」
「仕事は決まったのか?」
「あ、それ!辺境伯様からお仕事を貰えたからなんとか。いろいろと相談に乗ってくれてありがとう。」
「俺達なんにもしてないけどね。じゃあ農場へは行かなくていいね?」
「…見学だけでもさせてもらうのはあり?栽培が簡単なものがあればせっかくだし作ってみたくて。」
「あんた本当に変わってんな。肉体労働なんて進んでやるようなことじゃねえぞ。大体、農場とそこらへんでやるのは違いすぎんだろ。それだったら孤児院のあいつらに手伝わせてやってくれ。」
「ああ、それいい!カレンさえよければの話だけど。農場の手伝いがまだ無理な小さい子でもそれだったらできるよ。俺達もちびっ子達がちゃんとできてるか見に行くし。」
「でも私、お返しできるものがないんだけど…」
「クッキーでも食べさせてやりゃいい。バザーの時のあれ、すっげえ好評だったらしくて、院長が喜んでた。」
それはよかった。自分がこの町に受け入れてもらえたように感じてカレンの顔が綻ぶ。
「確かに可愛いクッキーだった!カレンのおつきをしていなきゃ私も買いたかったよ。」
「フッテに遊びに来てよ。用意して待ってるから。あ、窯を上手に使えるようになってからになっちゃうけど。」
「えっ、行く行く!!フッテに置く窯は箱型のものだから使いやすいと思うよ。すぐに慣れるって。」
「孤児院の子達も食べたそうにしてたなあ。しっかり栽培できたらご褒美にあげれば喜ぶと思うよ。」
「そう?あれでいいならいくらでも。」
「ちょっと!その話って本気なの?カレンに頼りすぎじゃない?」
「練習する場所がありゃ、大きくなった時に働き口が見つけやすくなるだろ。いつまでも孤児院にいられるわけじゃねえんだし。」
「それはそうだけど…」
「ミラ、私は手伝ってもらえるならありがたいよ。孤児院の子達の将来に役立てるのなら嬉しいし。」
家庭菜園はしたことをしたことのないカレンにとっては、少しでも経験がある人が手伝ってくれるのなら心強い。たとえそれが農場で働き手とならない小さな子でも、日本の都市という自然から離れた環境で育った無知のカレンより何倍も頼りになるだろう。孤児院の子達は働く練習ができる、カレンは手伝いがもらえる、ウィンウィンではないか。来てほしいと自らお願いをするカレンに、ミラとミリは『私達も様子を見に行く』と協力を申し出た。
…あの孤児院はアッカーベルグ家が支援していると言っていた。これで少しは借りを返せるのではないかと言う胸算用はとても口にできない。




