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002

 眩い光が花恋に迫ってくる。あ、これ死んだな。妙に落ち着いて受け入れられた感情がおかしくて、花恋はフッと小さく笑った。どんな厄日だっていうのか。ただ寝ていただけのはずが、知らないところにいて、未知の獣に襲われて命を落とすなんて。白一色に包まれ何も見えなくなった空間で花恋は静かに目を閉じた。次に来るのは痛みなのか、上から自分を見下ろしているなんてよくある描写なのか、それとも『無』なのか。…ところが、何も起こらない。シンと固まった静寂の中で恐る恐る目を開ければ、光を放った白い獣が口を広げたまま呆然と花恋を見下ろしていた。


「…え…無事、なの…?」


 体に傷を負っていないか自分自身のあちこちを確認しながら花恋は呟く。しばらくそうしてから、はっと後ろを振り向いた。驚愕に目を見開いた子供が両手を広げたまま突っ立っている。見慣れない髪色、瞳も宝石のように鮮やかな赤、服装は『ああ、昔のヨーロッパ』とすぐに想像できるレースやフリルがひらひらとしているお金がかかっていそうなもの。見慣れないにもほどがある外見だし、時代錯誤もいいところだけれど、体を張って守ろうとしてくれた。花恋は子供が生きていることに安心してへにゃりと笑う。


「…ありがとう。怪我してない?」

「…ない。お姉さんは?」

「私もないみたい。ありがとうね、助けてくれて。」

「…私は何もしていない。むしろお姉さんに助けられた…」

「ううん、私こそ何もしてないよ…。え、じゃあ…」


 一体、何がどうなったというのだ。襲われたはずの二人が何もしていないと言うなら、一体だれが助けてくれたのか。頭の中が疑問符だらけの花恋と子供は顔を見合わせて首を捻る。互いに視線をぶつけたまま混乱を整理しようとして、花恋はまたハッとした。


「…私の言葉、分かるの?」

「え…うん。」

「私もあなたの言葉が分かる…。」


 先程まではただの音だった。それが唐突に理解できるようになるとは…。いろいろなことが一気に起こりすぎて飽和状態になった花恋へ、別のところから声がかかった。


「…我の攻撃を受け止めたとな?」


 …どこから聞こえてきた?あまり考えたくない方向からの声に動悸を激しくさせながら振り向けば、白い獣がじっと花恋を見下ろしていた。


「…獣が…話してる…?」

「獣ではない、聖獣だ。」

「聖獣…?」

「我は光の聖獣。そなたは闇の子。では、なぜ我の攻撃を受け止められた?」

「闇の子…?」

「黒い瞳、黒い髪。闇の子の特徴であろう?」

「え…よく分からない、けど…この見た目は生まれつきで…」

「分からぬのに受け止めたとな?…ふっ、おもしろい。気に入った。そなたを加護してやろう。我に名を与えよ。」

「名前…?」

「そうだ、我を呼べるのはそなただけだ。」

「…よく分からないけど、あなたの名前を付ければいいの?」

「ああ。」

「何でもいい?」

「構わぬ。」

「んー…じゃあ、『(コウ)』。」

「コウ、か。単純な名前で忘れられんな。」


 愉快そうに鳴く聖獣だったが、町の人たちは恐怖に顔を険しくした。誰一人として聖獣の言葉を理解できていないのだ。恐ろしいと感じても仕方ない。花恋の後ろで呆然としたままだった子供が『お姉さん、危ない!』と腕を引っ張る。重心が後ろに傾いて倒れそうになるのを堪えながら、花恋は自分がコウと名付けた聖獣を見上げた。


「私を襲うの?」

「加護すると決めたものを襲う道理はない。その者らには仕置きが必要だがな。」

「お仕置き?」

「近頃、この者らは聖獣と魔獣の区別がつけられぬようでな。森の中で静かに暮らしているだけの聖獣が狩られそうになることが増えた。そもそものところ、この者らが無遠慮に森に入ってくる自体が迷惑だと言うに…。だから我がこうして町まで出てきたというわけだ。」

「話し合いは?」

「その者らは我の言葉を理解できぬ。そなたの…そなた、名は?」

「花恋だけど…」

「カレンのように我と意思疎通ができるほうが珍しいのだ。いや、おもしろい者に出会った。」


 楽し気に体を揺するコウに、花恋は目を細める。ごく一般的な人間であるつもりなのに、こうも理解不能なことが続いた上に『おもしろい者』扱いされて面白いわけがない。だがしかし。とにかくこの現状を正しく理解することが最優先するべきことだろう、と花恋は気持ちを切り替えるように一つ息を吐き出した。


「…コウ、小さくなれる?私の手に乗れるぐらいに。」

「わけもない。」


 即答したコウの身がしゅるりと変わっていく。花恋に言われたように手のひらサイズに縮むと、大きさの目安を教えるために広げられた花恋の手の中に納まった。元の比率のまま縮小したわけでなく、まるでぬいぐるみのような子犬の姿になったコウを花恋は思わずぎゅっと抱きしめる。


「かわいいっ!!えっ!?コウ、かわいい!!」

「カレンはこの姿が好みなのか。」

「え、だってかわいい!!さっきまでは神々しくて美しかったけど、やっぱり大きいから恐ろしくもあって…。え、やだ!かわいい!!」

「…騒ぎすぎだ。」


 呆れられた。初対面の異種生物に呆れられた。目を眇め溜息をつくコウだが、どんな表情でも花恋からは『かわいい!!』の感想しか出てこない。グリグリと頭を撫で回し、ムニムニと腹を揉み、スリスリと頬を摩る。コウもコウで、呆れつつも吝かではないらしい。花恋に全身を預け、気持ちよさそうに受け入れていた。そんな二人の様子に周囲が騒めいた。


「あの子は『色なし』なんかじゃない、聖女様だっ!!」


 わっと歓声があちこちから上がる。構えていた武器を下ろし、胸を撫で下ろし、隣と肩を叩き合って喜ぶ。あまりの歓喜っぷりは花恋を逆に身構えさせた。何が起こったとあたりを見回して、後ろを振り向いて、そこにいた子供の瞳がキラキラ輝いているのにぎょっとする。何がそんなに嬉しいのかとその子に聞こうとした時、少女が走り寄ってきた。


「マーラ!!」

「シアナ姉様!」


 マーラと呼ばれた子をぎゅうと抱きしめた少女は、その子が無事かどうか確かめるために全身をくまなく見まわした。体どころか服にさえ傷一つないのを確認すると、深々と安堵の息を吐く。そしてようやく花恋の方を向いた。


「…聖女様。マーラを救っていただきありがとうございます。」


 映像でしか見たことのないカーテシーをされて花恋は固まる。そんな礼のされ方は都市伝説だと思っていた。まさかそれをこの身に受けようとは想像だにせず、『うわ、お姫様』と暢気な感想がぽわんと浮かぶ。…いやいや、だからここは一体。少なくとも自分が生まれ育った国ではないことは確かなようで、花恋は頭が一層重くなるのを感じた。


「…いえ、あの…聖女ってもしかして私のことですか?私、違いますよ。そんな立派な人間ではないです。ただの一般人です。それよりも…」


 ここはどこですか?どうしたら日本へ帰れますか?そう聞こうとした花恋だったが、それは叶わなかった。別の声が目の前にいる二人を呼んだからだ。


「マーラ!シアナ!無事か!?魔獣はどこだ!?」


 よく通る低音と共に青年が駆け寄ってきた。赤い瞳、赤い髪、やはり花恋の周囲では考えられない容姿だ。


「お父様っ!」

「ああ、マーラ!無事か!よかった!シアナも無事だな!?」

「ええ。」

「なによりだ!危ないから下がっていなさい!ああ、君も後ろへ!それで、魔獣はどこだ?」


 二人をかわるがわる抱きしめた青年は花恋にも下がるように指示して、視線を辺りに巡らせる。巨大生物を想定しているのであろう、視線は上を向いていた。それに対して注意を引くように咳ばらいをすると、シアナは掌で花恋の胸を指した。


「そこよ。」


 ん?と困惑したように青年が花恋を見る。そしてその胸に抱かれていたコウに視線を流して首を傾げた。


「…魔獣は?」

「聖獣だよ、お父様。」

「うん?」

「聖女様が静めてくれたの。」

「…聖女様?」

「すごいんだよ、聖女様!聖獣の攻撃が当たったはずなのに怪我してないの!すんごい大きかった聖獣をこんなに小さくしちゃったし!!」

「聖女様はマーラも守ってくれたわ。」


 聖女とは君のことか?赤い瞳にそう問いかけられ、花恋は首を振った。花恋の持つ『聖女』のイメージは、清廉潔白で慈悲深く、博愛に満ちた美しい女性だ。なんなら、不思議な力も持っていたりするのだろう。そんなできた人間と自分は違う。無茶な仕事を回されれば呪うし…心の中でだが。なんの疚しさもない清廉潔白には程遠いし、自分本位で慈悲深くもない。当然、博愛なんて広い心は持っていない。自分と自分の周りが幸せであれば、それでいいと思っている。容姿が整っているかと問われても甚だ疑問だ。とてもじゃないが、聖女なんて器ではない。どう見ても違いますよね?と視線で返答した花恋だったが、彼女を上から下までじっと観察した青年は大きく一つ頷いた。


「そうか、君は聖女様なのか。娘達が世話になった。改めて礼を言わせてもらおう。私はトゥバルト・マルクグラフ・ヴォン・オストシエドルング・アッカーベルグだ。」


 …聖女とは。そう詰め寄りたいのを我慢して、花恋は違いますと首を振った。


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