019
「さあさあ、では家具や小物の選定をしましょう。カレン嬢が住むのですもの、可愛らしく整えましょうね!いいえ、優美な方がお似合いかしら!トゥバルト様、一緒に選んでくださいますよね?」
「…いや、私はキーランドとこの森を回って現状を把握してこよう。マリーに任せるよ。」
「そうですか?残念ですわ、どうぞお気をつけて。」
心なしか早口でキーランドを呼び、早足でフッテを出ていくトゥバルトを見送った後、マリーはくるりと体をカレンへ向けた。
「さ、殿方はいなくなったわ。遠慮なく希望を言ってちょうだい。」
「…ありがとうございます。」
「そうは言っても、私は町の人の暮らしはよく分からないのよね。ミラ、ミリ、カレン嬢に必要そうなものは何かしら?足りないものは何?まずはここにある設備は最新のものにするように。ミラ、一つずつ確認してちょうだい。」
「はい、奥様。」
てきぱきと指示を出すマリーに、俊敏に動き出したミラ。この場に呼び出された御用達は各種店舗の店長だと言う。ミラの横で寸法を測って何やら書き込んでいる様子を呆気に取られて眺めていたカレンは、はっと覚醒したように慌てて中断させた。
「マリー様!今あるもので十分です!」
「あら、これらはその時々に設置させたものだから古いものもあるのよ。どうせならすべて新しくなさいな。」
「ですがっ!」
「カレン嬢、貴族に恥をかかせるおつもり?トゥバルト様が私に任せてくださったのよ、カレン嬢は欲しいものを言えばいいだけ。」
マリーは正論を言っている。貴族が面倒を見ると言った以上、それを拒んだり遠慮したりするのは相手に恥をかかせてしまう。上司が驕ると言ったのに断るようなものだ。素直にありがとうございますと感謝すればいい。しかし、規模が違いすぎる。カレンが受け入れ難く言い淀んでいると、ミリが自分の家を改装するかのようにうきうきと提案してきた。
「ヒョーク様、ここはどーんと奥様におねだりしちゃいましょう!内装に濃いめの木材を使っているので淡黄、明灰、微緑辺りでお好きな色ありませんか?家具も濃いめにするのはありだと思うんですけど、ヒョーク様にはちょっとお似合いにならないと思うんですよねえ。ミラはどう思う?」
「言葉遣い!…私もヒョーク様には明るい色の方がお似合いかと。薄青もお勧めします。いかがでしょうか?」
「さあ、ヒョーク様!どれ!?」
「…淡黄がいいです。」
「それでは、設備の方は明るめの木材を使用したものをお勧めします。」
「あっ、それいい!みなさーん、どんどん寸法を測りましょ!」
ミラとミリから次々と出される指示を聞き逃さないよう、忙しなくペンを動かす店長達に同情の念を送る。カレンは何もしなくても住み心地のよさそうな家となるに違いない。最短納期で用意するよう依頼された店長達は、各々が寸法を測り終わると慌ただしい挨拶をした後で転がるようにしてフッテから辞していく。申し訳なさと怒涛の勢いに遠い目をしていたカレンは、次に2階へ連れていかれた。
「さあ、カレン嬢。採寸するわよ。あなたのドレスを用意しなくては。」
まだ何も置かれていない寝室の中央でミラとミリに着ているものを脱がされそうになって、カレンは慌てて身を捩った。だめだ、ぼうっとしていてはとんでもないことになってしまう。カレンはただ町の人と同じように暮らしたいだけなのだ。
「マリー様!お気持ちはとてもありがたいですけれど、ドレスは遠慮いたします。私、ミラさんとミリさんが普段着ているような服がいいです。」
「今に必要になると思うわよ?」
「では、その時になったら相談させてください。この森で暮らすのですから、汚れてもいいような動きやすい服がいいです。」
「…それならせめて普段着だけでも。ここまで足を運ばせてしまったのだもの。」
マリーがちらりと動かした視線の先には所在なさげに採寸の準備をしている女性が困惑顔で待っている。この人はアッカーベルグ家が懇意にしている服飾店の店長だと言う。ずるいな、とカレンは眉を寄せた。もちろん心の中でだが。そんな言い方をされてしまえば断りづらいではないか。口惜しいかな、ノーと言えない日本人のカレン。マリーはこの数日でカレンの性格をそれなりに掴んだらしい。ほとんど顔を合わせていないのに、だ。それぐらい出来なければ辺境伯夫人は務まらないのかもしれないが…カレンは感心半分萎縮半分の複雑な気持ちに奥に押し込めて控えめに唇を上げた。
「…ではお言葉に甘えさせてもらい、1着だけ。」
「それなら外出着にしましょう。先々必ず用意することになるのだから。」
「…できるだけ簡素なものでお願いします。」
「ヒョーク様!アッカーベルグ家の皆様は他の貴族様方に比べるとすっきりした意匠ですよ!」
カレンのドレスを脱がせながらミリが教えてくれるが、これで飾り気がない方なのかとカレンは半眼になりそうになった。カレンとてお洒落をしたりお化粧したりするのが嫌いなわけではない。興味はあるし、綺麗になりたいと思うし、綺麗になれたのなら嬉しくもなる。けれど、いかんせん…いかんせん、カレンの常識を超えた高級さなのだ。触るのさえ躊躇われてしまうのに、着るとなったら動くのもままならない。この数日間、借りていたドレスを絶対に汚さないようにとても気を遣った。必要以上に疲れた。そんな生活が毎日続くのは勘弁してほしい。傍観者で十分だ。
「わっ!ヒョーク様、綺麗な体型してますねえ!お胸の形は理想的だし、何ですかこの腰!コルセットつけないでこの細さってずるい!!」
ぼんやりと意識を飛ばしていたカレンは、きゃあきゃあいう声に焦点を戻す。服飾店の店長、フラウ・ウルズラが記録している手元を覗き込んでミリが羨ましいと連発していた。
「腕ほそっ!足ながっ!全体的にうすっ!!でも欲しいところにはあるっ!!はーっ、羨ましい!!」
「ちょっとミリ!いい加減にしなさいよっ!」
「だってミラぁ…顔だけじゃなくて体型まで美しいって…ヒョーク様ぁ、どうすればヒョーク様みたいになれるんですかあ!?」
顔も体型も美しくない。カレンは胸中で叫ぶ。割と必死なミリに反論しようものならさらにかぶせてくるだろうことは目に見えているので、曖昧に笑ってはぐらかしているが。胸はできればもう少し欲しいし、腰回りは最近ヤバいし、全体的に薄いとか初めて言われた。しかも顔面偏差値が高いのはこちらの世界の人達の方だ。ミラやミリもそうだが、特にアッカーベルグ家は群を抜いている。家族全員が美形って…。芸術級って…。またもカレンの意識が違うところへ行ってしまっている間に採寸は終わったようだ。ミラとミリによってドレスを着付け直されながら、どんな服がいいのかマリーから希望を聞かれる。
「町の人達と同じようなもの…ええと、シャツやスカートなどがあれば…。」
「そう。それならミラとミリを連れて衣料店へ行けば問題ないわね。服に関しては二人に任せるわ。」
「畏まりました。」
「奥様、一つ提案させていただいてもよろしいでしょうか?」
「何かしら?」
「奥様はコットンをご存知でしょうか?」
「コットン?…ああ、最近人気が出てきた布よね。」
「はい、その通りでございます。シルクよりは落ちますが一般に出回っているリネンより肌触りが良く、通気性や吸水性にも優れております。余裕のある平民を中心に着られていますが、貴族の方でも部屋着などはコットン生地を選ばれる方が増えております。これから一式揃えられるのでしたら、私はコットンをお勧めいたします。」
「分かったわ。ミラ、ミリ、コットン生地のもので揃えるように。それと、靴と外套も忘れずに。」
「畏まりました。」
「奥様、化粧品についてもお任せください!」
「ふふ、そうね。カレン嬢、ミリが詳しいから何でも聞いてちょうだい。」
「お気遣いありがとうございます。」
「明日の後闇時にルヘゾネを訪ねるよう連絡してあるわ。カレン嬢のお肌に合うものをしっかり選びなさい。」
「はい!」
この流れはもしかして。カレンは嫌な汗が背中を伝うのを感じながら恐る恐るマリーを見た。
「コットンにするのなら想定しているより多く揃えられそうね。ミリ、腕の見せ所よ。」
「はい、お任せください!!」
「必要数で十分ですっ!!」
どうやら1ゲルドもカレンに出させないつもりだ。ありがたいけれど心苦しくてたまらない。絶対に必要最低限で終わらせてやる!とカレンは秘かに決意するのだった。




