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015

 天蓋内に花恋とコウ、一人と一体の報告会はすでに日課となっている。オストシエドルング辺境伯…いや、人間のことをいまいち信用していないのか、コウは毎日のようにグレンズワルドへ行っていた。花恋も共に行動したい気持ちがあったが、まずはこの国やこの領地を知ることが先決だと悠然とした背中を見送る日々である。そうこうしているうちに数日が過ぎた。そろそろオストシエドルング辺境伯から調査結果が返ってくると思われる。花恋は膝の上で丸まっているコウへ漫然と考えていることを話し出した。


「辺境伯様から返答をもらったら、コウはどうしたい?」

「我はどうとでも。カレンの好きなようにすればよい。」

「…たぶん、オストシエドルング辺境伯様が領しているここはこの世界では暮らしやすい方だと思うんだよね。」

「ほう。」

「でも働ける場所を見つけないとどうしようもないでしょ?」

「ふむ。」

「でもって、話を聞く限りここで働く場所はなかなか見つけられなさそうなの。」

「ならばどうする?」

「まだ本格的に探してないから何とも言えないんだけど…。口約束で一つ紹介してくれることになっているから、もう少しこの町にいられるように辺境伯様に頼んでみようかなって。コウはずっと町にいることになっても大丈夫なの?」

「大丈夫とは?」

「聖獣って私の身近にはいなかったから生態がよく分からないんだけど、これまで自然の中で生きてきたのなら人工物に囲まれるって体に悪影響じゃないかなって。」

「影響はない。だが、好まぬ。」

「…そっか。」

「カレンはどうしたい?ヤーパンはもうよいのか?」


 コウの言葉に花恋は目を伏せた。よいわけがない。多少の不満はあったものの日本にいることが当たり前で海外で暮らすことすら考えたことないのに、今の現状に…世界を跨いでしまったと思われる状況になろうとはまさか想像だにしなかった。自分の身にこんな不可思議なことが起きることなど一欠片も望んではいなかった。伏せた目をコウに合わせ、小さく白い体を持ち上げる。膝を抱えるようにして座り直してからコウをそこに乗せ、ゆるりと撫でながら花恋は口端を弱弱しく上向かせた。


「…ここに来てから何日も経つけど、一向に戻れる気配がないのよ。たぶん、もう戻れないんじゃないかって…けっこう諦めてる。まあ、完全には諦めきれないんだけど。」

「そなたの言うヤーパンとはどこにあるのだ?」

「…私の育ったところはね、電力って言うここの考えだと雷の力を使った科学が発展した世界なの。天まで届きそうな高い山や光の届かない海の底、それこそ月までも行けちゃったりして。世界中どこでも調査されていて、未知の場所はないぐらい。…でも、魔法なんて…魔力を使う場所なんてなかった。」

「…カレンは『狭間の迷い子』であったか。」

「『狭間の迷い子』…?」

「時として世界では不可思議なことが起こるらしい。どう見てもこの世界に馴染んでおらぬ者が忽然と姿を現す。その者らは到底理解できぬことを口にすると言う。この世界とは別の世界があると言い切らんばかりに。その者らをこの世界に迷い込んだ者、『狭間の迷い子』と呼んでいる。」


 まんま、自分のことではないか。花恋の顔が悲しげに歪む。天蓋内の空気がずんと重くなった。コウは何も言わない。代わりに沈んでしまった表情を和らげようと、鼻先を花恋の鼻へ擦り寄せた。フワフワとした感触がくすぐったくて花恋の頬が緩む。遠慮なくグリグリと擦り返した花恋に、双方から息だけの笑いが零れた。


「…ありがとう、コウ。大丈夫よ。私、泣くことしかできない子供じゃないから。」

「我はカレンと共に。」

「ありがとう。」


 ぎゅう、と抱きしめたコウをベッドの上におろす。すぐに隣を陣取り寝そべった白い体を梳くように撫でながら、花恋は話の続きを再開した。


「…この町で仕事が見つからなかったら旅に出ようかなって。だってどこにいたって同じでしょ?」

「ああ。」

「そうなったらコウは一緒に来てくれる…んだよね?」

「我を疑っておるのか?」

「まさか!…でもそうなっちゃったら辺境伯様には申し訳ないことをしちゃうね。辺境伯様はコウを領地に引き留めておきたいんだろうから。」

「カレンが気に病むことではない。そもそも我ら聖獣を人間の意に従わせようとすること自体が間違いなのだ。」

「そんなつもりはないと思うけど。あ、そう言えば。気になっていたんだけど、聖獣と魔獣の見た目って変わらないの?だとしたら本当に間違っただけかもしれないし…」

「人間と変わらぬ。魔力を持たない獣の外見は生まれたままのものが多い。魔獣は属性の色をしている。聖獣となったものは翼を持つ。」


 こうしてな。パタパタと翼をはばたかせて、コウは花恋の前で一回りする。慣習なのか連動するものなのか、空中なのに足が走る動きをしているのが面白い。まるで子犬が得意げに野原を駆け回るような可愛らしさに、花恋は優しい眼差しを向けた。そんなカレンの頭上をもう一回りしてからコウは花恋の肩に着地した。何とも器用にバランスを取れるものだ。


「だから魔獣と聖獣を間違えることはない。」

「そっか。それならコウが怒るのも無理ないね。」

「であろう?」

「ちなみに穢獣は?」

「聖獣と同じく翼を持つが、凶悪だな。魔獣も聖獣もいきなり襲うことはないが、穢獣は己以外の生物を認識したら迷わず攻撃する。」

「こわっ…」

「カレンは穢れを感じられるであろう?その場からすぐに離れれば問題ない。」

「だといいけど。」

「不安か?ならばこれをやろう。」


 コウはそう言うと、一点に集中するような仕草を見せた。そして咆えるためなのか口を開く。この世界へ来てすぐのことを思い出した花恋は思わず身構えた。あの時は見上げるほどだったのが今はぬいぐるみのようで、まるで大きさが違うのだが。あの時と同じようにコウの口元が光るが恐怖は感じず、花恋はじっと見つめた。コウの口から発された光が球体を形作る。足元に落ちたそれを銜えて、コウは花恋のそばまで来た。そして受け取れとでも言うように首を伸ばす。


「…綺麗。」


 花恋が差し伸べた手の上へころんと転がったそれは、拳大の真珠だった。いや、この世界では白魔石だろう。


「我の魔力の塊ぞ。持っていれば虫除けになろう。」

「魔力って…体、大丈夫なの!?具合悪くなったりしてない!?」

「これしき少し休めば元通りだ。心配されるものではない。」

「…本当?」

「カレンに偽りは申さぬ。」

「…ありがとう。大切にする。」


 嬉しそうに白魔石を光にかざす花恋を見て、コウはふふんと鼻を鳴らす。柔らかい光沢が表面をするりと滑ってとても美しい。こんな大きくて艶やかなものは他には絶対にない。世界でたった一つ、自分だけが持つ最強のお守りだ。花恋はゆっくり撫でると空間魔法を使った。何もせずにこの数日を過ごしていたわけではない。意外と忙しい毎日だったが、時間を見つけては自分がどんな魔法を使えるのか試していたのだ。コウと過ごしているこの天蓋内も、防御魔法を内側から外側に貼るようにイメージして音を遮断している。花恋とコウの会話は外に漏れることはない。


「…穢獣が何とかなりそうなら、やっぱり旅に出ようかな。どうにもならなかったらこの世界のヤーパンを探しに行く。『狭間の迷い子』って言葉があるくらいなんだから私の他にも同じ世界から来た人がいるかもしれないし、もしかしたらその人達や子孫が作った国があるかもしれないし。ここ以外の違う国でもしかしたら私が育ったのと同じような文化のところもあるかもしれないし。」

「そうか。カレンの望むままに。」

「聖獣がいなくなるのはその土地にとって悪いことだって言ってたけど…大丈夫だよね?」

「この国の人間が勝手にそう言っているだけだから問題ない。それに、あの森には我以外にも聖獣がおるしな。」

「そうなの!?なんだ、じゃあコウと一緒に旅しても大丈夫だね!」


 ぱあっと明るくなった顔に、コウは甘えるように膝へ乗る。思惑通り顎下へ差し込まれた手をクルクルと喉を鳴らして受け入れた。


「第一希望はこの町で職を得る。第二希望は農場で住み込みながら働く。それが無理ならヤーパンを探しながらの旅。…なんかどれも難しそうだけど、コウが一緒にいてくれるんだから頑張る!」

「カレンの好きなようにしろ。ただし辺境伯の持ってくる結果に我が納得できねば、有無を言わさずカレンを背に乗せてここを飛び立つぞ。」

「分かった。ありがとうね、コウ。うん、これからの見通しがなんとなく立って安心した。寝よっか。」


 すっかり慣れた手つきで透魔石を触り、花恋は明かりを消す。そして昨日までと同じく枕元で丸くなったコウへ『おやすみ』と挨拶をした。


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