014
バザー当日。花恋はミラとミリに付き添ってもらい神殿へ来ていた。手にはバザー品が入った籠、服はミラからまた借りている。オストシエドルング辺境伯夫妻は当然のようにドレスを提供しようとしたのだが、花恋は丁重に断らせてもらった。高級なドレスを着ていては思うように動けないではないか。少しでも細かく町の様子を知りたいと言うのに。
広い神殿の敷地内のどこに孤児院があるのか花恋は知らなかったが、ミラとミリは知っていた。というのも、二人はこの孤児院の出身なのだ。『奥様に引き取っていただいたのです』と何でもないように言うミラとミリに、花恋は曖昧に笑って相槌を打った。花恋にとって『孤児院』、つまり縁薄い親子関係は身近ではない。どう反応してよいか分からなかった。アッカーベルグ家の馬車内がほんの少し微妙な空気になってしまったところで、馬車は停止した。
「着いたようですね。」
外を確認したミラが花恋に告げる。それを合図に、花恋は外套のフードをかぶった。寒くない時期でも羽織れるような薄手のマント型のもので、日焼けを防ぎたい女性はよく使用するのだと言う。花恋の場合はもうすでに知られてしまっている黒髪を隠すためでもあるのだが。まずミラが降りる。続いて花恋が降りようと腰を浮き上がらせると、ドアのすぐ横に見たことのある顔が立っていた。
「おはようございます、聖女様。」
にこりと笑って挨拶をしたのは青瞳青髪の青年だった。その隣には赤瞳赤髪の青年もいる。どちらも神殿敷地内の魔石店で見た顔だ、と花恋は会釈をした。
「おはようございます。」
「院長に聖女様を案内するよう言われました。こちらへどうぞ。」
言葉と共に左手が差し出される。先に降りたミラが肯定するように頷いたので、花恋はその手につかまった。降りてきょろりと見回せば、辺境伯と神殿に来た時とは違う景色に小首を傾げる。しかし、離れたところに見える神殿はあの神殿と同じだと思う。花恋はミラにそっと尋ねた。
「あの、ここは…?」
「本日のバザー会場ですが。」
何を聞いているのだ、とミラが訝しがる。花恋は言葉が足りなかったと苦笑してもう一度聞き直した。
「あー…すみません。前にオストシエドルング辺境伯様と来た時と景色が違ったもので。同じ神殿ですか?」
「ああ、失礼しました。おそらく旦那様といらした時は正門から入られたのではないでしょうか。こちらは裏門でございます。孤児院へ用事のある者はこの門を使うことがほとんどです。」
「なるほど。そうなのですね。」
「ヒョーク様。この者達をご存知のようですが、改めて紹介いたします。ジェイとケルビーと申します。」
ミラの紹介を受けて二人の青年が頭を下げた。赤瞳赤髪のジェイはぶっきらぼうに、青瞳青髪のケルビーは人懐っこそうに。花恋も二人の方へ体を向けてしっかりと頭を下げて復唱する。
「ジェイさんとケルビーさんですね。カレン・ヒオクと申します。聖女と呼ばれるのは抵抗があるので、ヒオクでお願いします。言葉遣いも普段通りで結構です。」
「…お貴族様に庶民の言葉遣いなんかできないだろ。」
「貴族なんかじゃありません。庶民です、ど庶民。」
「ど庶民は家名なんかないはずなんだけどな…」
白けたように呟いたジェイをケルビーが肘でつついて咎めた。そして『ほら、まず言うことがあるだろ』と促す。すると盛大に溜息をついたジェイが頭をガシガシ掻きながら仕方がないと不貞腐れた様子で口を開いた。
「この前は悪かった、です。」
「…『色なし』のことなら気にしないでください。私も何となく分かっていた上で大神官様に聞いたので。あの後、また叱られませんでしたか?」
「なあ、ほら!謝る必要なかったじゃねえかっ!」
いきなりの謝罪に反応が遅れたが、ジェイから詫びられるとしたら『色なし』発言しか思いつかない。花恋はそう予測し、自分も意地悪をしたことを素直に伝えれば、ジェイは勢いよくケルビーに食って掛かった。それを苦笑して宥めながらケルビーも『ごめんね』と花恋に謝る。花恋は笑いながら首を横に振って気にしていないことを示し、『こちらこそごめんなさい』と恨みがましい目で見てくるジェイに謝罪した。
「ちょっと、ジェイ!?あなたまた人様と揉め事を起こしたの!?」
「ちげえ!俺は注意しただけだっ!」
「しかもよりによって相手がヒョーク様って…」
「だからっ!」
すみません、となぜかミラが花恋に謝る。まるで我が子の代わりに謝る母親のように。それからジェイとミラが口論を始めてしまい、花恋は状況を理解できずにミリを見た。
「あの…」
「気にしないでください。ジェイとミラ…と言うか、私達4人は同じ時期に孤児院で育った幼馴染みたいなものなんです。年も近いからお互いに遠慮がなくて、あんなのはしょっちゅうです。」
「な、なるほど…」
「それにジェイとミラは特別仲が良くて。うふふ。」
「ミリ!余計なことは言わなくていいの!言葉遣い!」
意味ありげに口で弧を描いたミリに、花恋はピンときて頬が緩む。
「折角ですからミラさんとジェイさんはお二人で過ごされては?」
「仕事中ですのでそれは致しかねます。」
「私はミリさんとケルビーさんに付き合ってもらえるので大丈夫ですよ?」
「奥様よりヒョーク様のお世話をするよう言い付かっております。ミリが申したことはどうか気になさらないでください。さあ行きましょう。」
ジェイとの口論を切り上げてミラはさっと歩き出した。それにジェイも続く。さりげなく近い二人の距離に花恋はミリと顔を見合わせて忍び笑うと、先に歩き出した二人の後をケルビーと一緒に追った。
バザーは孤児院の中ではなく、屋外が会場だった。簡易テントのようなものが屋台のように並び、そこに寄付されたものが並べられている。花恋はミラ達が引き合わせた院長に籠からバザー品を取り出して渡した。シアナやマーラが驚いたように色付きのクッキーに目を大きくした院長だったが、すぐに『なんともまあ可愛らしいクッキーですね。子供や女性の目を惹いて、あっという間に売れてしまいそうです』とにこやかに礼を言った。販売の手伝いはしなくていいのかと尋ねれば、それは子供達の仕事だそうだ。そうやって町の人達に孤児院の子供達の顔を知ってもらい、町全体で子供達の成長を見守れるようにしている。孤児院の子供達にとっても地域と関わり、社会を学ぶ機会でもある。いずれ自立しなければならない子供達にとって金銭の取り扱い方を学ぶ初めの一歩ともなる。院長の説明を聞いた花恋は、それなら自分は買い物客役だなと理解した。と言っても、花恋は自由に使える金を持っていない。買い物客ではなく冷やかし客で勘弁してもらおう。バザーが始まってすぐに町の人々は会場へ足を運んだ。神殿敷地内は市場のように活気に溢れている。花恋もどんなものが並んでいるのかのんびりと眺めながら雰囲気を楽しんだ。
「ジェイさんとケルビーさんって、普段は何をしているんですか?」
バザー会場の片隅には休憩できるようにと机と椅子が設置されている。出店で売られていた軽食をつまみながら、花恋は一緒に囲んでいるジェイとケルビーに尋ねた。ちなみに机の上に並べられた軽食は、会場の様子を見に来たオストシエドルング辺境伯があれもこれもと花恋へ買い与えたものである。固辞は聞き入れてもらえなかった。
「俺達?普段は魔獣を狩っているよ。たまに旅の警護、時間がある時は孤児院の子達と農場の手伝いしたり、かな。」
「魔獣を狩る?それって危険じゃないんですか?」
「危険な分、実入りがいいんだよ。俺達の仕事なんか聞いてどうするんだ?」
「実は仕事を探していて。私でも出来そうな仕事ってありますかね?できれば住み込みだとありがたいんですけど。」
「は?あんた、ご領主様のところにいるんだろ?仕事する必要ねえじゃん。」
「何もしていないのにいつまでもお世話になっているわけにもいかないですよ。身元保証なし、文字が読めない、住むところもない。…で雇ってくれそうなところありませんか?」
「…結構難しい条件だね。肉体労働なら何とか、ってところかな。女の子には厳しいよなあ。農場じゃ常に働き手を探しているけど、大変だよ?でも、本気なら孤児院の子達と一緒に行ってみる?」
「わ、ぜひ!お願いします!ちなみに、ここで暮らすとなると、月のどれくらい必要なんですか?」
「え?うーん…1500ゲルドぐらい?男が1か月働いた給料の平均がそんなもんだったはず。でも住むところがないとなるともっとかかるだろうね。女の子が野宿するわけにもいかないだろうし…」
『男が』とわざわざ付け加えたと言うことは、女性の給料はもっと低いのだろう。ケルビーが具体的に出した金額に、花恋は眉を寄せる。労働力の点で見ると間違いなく花恋の価値は低いだろう。高望みをするつもりはないが、せめて一人暮らしを始めた時程度の慎ましやかでも健康で文化的な最低限度の生活は欲しい。基本的人権の尊重ってものだ。…まあ、現時点でそれすらも高望みなことは分かっている。花恋は情けない溜息を吐きながら正面に座っているジェイとケルビーへ尋ねた。
「…農場だったら住み込みで雇ってくれそうですか?」
「…お勧めはしないよ。若い女の子の住み込みっていい話をあまり聞いたことがない。君みたいな美人さんは特に、ね。」
「…宿泊施設みたいなところは…」
「上を見りゃきりがないが、最低ラインだと素泊まりで10ゲルドってところだな。部屋鍵なし、風呂、便所男女共同。我慢できるか?」
「…そ、れは…」
「と言うか、そういうところに女の子が素泊まりするのもお勧めしないなあ。しばらくはご領主様のお世話になって焦らずに探すのがいいんじゃない?ねえ、ミラ、ミリ?」
「そうです!旦那様もきっとお許しになられますよ!」
「でも絶対にご迷惑ですし…」
「そんなことないです、ヒョーク様!」
「あんた聖女様なんだから、いざとなったら神殿に泣きつきゃ何とかなるんじゃねえの?」
「…最終手段として覚えておきます。碌に働きもせずに人に頼ってばかりなのって、大人としてどうかと…」
悶々と考え込む花恋へ、ジェイは『どう見てもあんたまだ未成年だろ』と呆れた視線を投げかけた。




