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013

 両開きの冷箱は花恋の知るところで言うと業務用冷蔵庫。魔石スイッチで温度、火力、時間を調整できる窯はオーブンと言ったところか。他にも換気口、炉口、混械など『電動』が『魔動』になっているが、花恋の知っている道具や器具がたくさんある。初めて入った厨房はレストランの裏側を見るようで、花恋は視線をあちこちに飛ばした。昨日のことである。

 買い揃えた材料で、すぐに厨房の端を借りて下準備をした。完成は次の日、つまり今日の楽しみにとっておいて。そのことを昨日の夕飯時にシギワルドに話したのだが、今朝になって『妹達が手伝いたいと言っている』と打診された。打診と言っても決定に近いものである。けれどシギワルドが困ったような弱い笑みと共に伝えるものだから、花恋は少しも嫌な気持ちを持たなかった。妹の思いを無下にできない優しい兄なのだなとシギワルドを評価したぐらいだ。『学園に通っているシアナ様の下校に合わせて準備して待っています』と返した花恋にシギワルドの表情が明るくなり、可愛らしいと二十歳を過ぎた男性には不本意であろう感想が頭に浮かんだのは口にしなかった。そんなことを思い出しながら、作ったクッキーの生地を冷箱から取り出す。たっぷり時間をかけて冷やした生地はしっとりと固くまとまっていて、花恋の口角が嬉しそうに上がった。


「…では、よろしくお願いします。」


 そう言う花恋の横にはマーラとシアナがいた。二人ともドレスが汚れないようにエプロンを着けた準備万端な姿で物珍し気に花恋が用意したクッキー生地を見つめる。お揃いの格好に仲の良さが垣間見えてほんわかした気持ちになった。崩れた表情の花恋に首を傾げながらもシアナが疑問に思ったことを口にする。


「…色が着いていますね。」

「はい。昨日のうちに生地に練り込んでおきました。」

「色付きのクッキーなんてあるの!?初めてだよ!」

「そうなの?」


 クッキー生地は室温に戻ると緩んで形成しにくくなる。花恋は均等の厚さになるよう、手早く生地を伸ばしながら二人と話した。


「木の実や乾燥果実を入れることはありますけれど、生地に色を付けたものは見たことが…」

「焼き上がりが可愛いですよ。お手伝いいただいても?」

「ええ、何をすればいいでしょうか?」

「シアナ様にはこちらの生地を爪の幅程度に切ってもらえると嬉しいです。」

「私は!?」

「マーラ様はこっちの生地を半分に切ってくれるかな?」


 シアナとマーラが花恋の指示を受けて回転包丁を使う。ピザやタルトを切る時のアレだ。離れたところで夕飯の仕込みをしていた料理長がチラチラと令嬢達の様子を窺っていた。もしかしたら辺境伯令嬢達は刃物を持ったことがないのかもしれない。便利な道具だが触れるところを間違うと指先を切ってしまう恐れに今更ながら気づいた花恋は、『どうか何も起きませんように』と内心で冷や汗をかきながら祈った。と言うか、自分が作業しているほうを頼めばよかったかもしれない。重ねた色違いのクッキー生地を空気が入らないようにぎゅっと巻いている手元を見て後悔したがもう遅い。無事に切り分けた二人に安堵の溜息が出たのは仕方ないことだろう。料理長もものすごくホッとしているし。怪我しなくて本当によかった…。


「できました。」

「わ、どれも同じ幅っ!理想的です、ありがとうございます。」

「…これくらいのこと、誰でもできます。それより、次は何をすればいいですか?」


 きれいに切り分けられた生地に感動して声が高くなった花恋に対し、シアナは何でもないように答えた。しかし、横を向いた顔の頬が色づいているのが見える。照れているのだと察知した花恋は頬が緩むのを抑えきれず、にこにこと次の指示を出した。マーラもきちんと半分に切り分けていて、それを称賛すればこちらはにーっこりと素直に自慢顔を見せる。ますます緩んでしまう頬をどうすれば戻せるのか。『可愛いんだもん、戻さなくてもいいよね』と自己解決した花恋に、マーラは次の指示を出すようねだった。シアナが作った格子縞柄、マーラが作った縞模様柄、花恋の作った渦巻き柄、それぞれ6色のアイスボックスができた。体温と室温で柔らかくなってしまったので冷箱で再度冷し固める。その間に別のものを作るべく、花恋は厨房の片隅に置かせてもらったものを取り出した。


「それもクッキー?」

「うん。待っている間にこっちの仕上げをしちゃおうと思って。」


 作業台に手をかけ前のめりになるようにして覗き込んだマーラの目が線対称七角形と正円のクッキーを捉える。どちらも昨日のうちに焼いただけの至ってシンプルなもの。今まで作っていたものとのギャップにマーラは首を傾げた。不思議そうに見てくる令嬢に微笑みかけ、花恋は粉糖から作ったクリームに着色を始める。みるみる変わっていく様子にマーラの目が輝く。


「シアナ姉様!見て!!」

「ええ、見ているわ。」

「ほんのちょっとの量なのにこんなに変わるんだ!」

「面白いわね。ヒョーク様、こちらは何でしょうか?」

「私のところではアイシングクリームと呼んでいました。着色料さえあればどんな色でも作れる飾り付け用のクリームです。味はほとんどありませんけれど。」


 着色がてら十分に練ったクリームを小さな絞り袋に移しながら花恋は答える。ここまで一気にやらないと滑らかに絞れなくなってしまうのだ。アイスボックスと同じく6色の絞り袋を準備して、花恋は焼いただけのクッキーを自分の前に並べた。縁をなぞるように、少し高い位置からクリームを絞っていく。先端を切った袋から垂れるようにして出てくる細い線を器用にクッキーの上に落としていけば、すぐにアイシングクリームが縁取った。次はその中を埋めていくようにクリームを絞り、表面が滑らかになるように先の細いもので均す。

 アイシングクッキー作りは花恋の趣味の一つだ。食べるためではなく目で楽しむお菓子は、作るのにも時間がかかる。そして凝ろうと思えばどこまでも凝れるので、ゴールは自分で決められる。一つにたっぷり時間をかけてもいいし、ライトなものを量産してもいい。花恋にとって没頭できる楽しい時間の過ごし方なのだ。それが雰囲気として出てしまっていたのだろう。花恋の手元を食い入るように見ていたマーラが弾んだ声で指摘した。


「ヒョーク様、楽しそう!」

「うん。私、アイシングクッキーを作るのが好きなの。マーラ様もやってみる?」

「うん!」

「シアナ様もどうですか?」

「シアナ姉様も一緒にやろうよ!」

「ええ、そうね。」


 そうと決まれば分担作業で。シアナが縁取りを、マーラは埋め立てを、花恋は均しを。初めのうちは一つを仕上げるのに時間がかかっていた二人だったが、慣れてしまうと何度も作ったことがあるかと思うぐらいの出来になった。慣れてしまえば単純作業なので集中しなくても失敗しない。そうなると…女三人寄れば、何とやら。一緒にバザー品を作っていたことで仲間意識も芽生え、花恋達の話は咲いた。


「やあ、やっているね。」


 そろそろアイシングも土台部分が終わろうとしていた頃、厨房に顔をのぞかせたのはシギワルドだった。


「兄様!」

「お帰りなさい、シグお兄様。」

「ただいま。ヒョーク様、妹達の我儘を聞いてくださりありがとうございます。」

「おかえりなさいませ。我儘などではありませんよ。シアナ様にもマーラ様にもたくさんお手伝いいただいて、とても助かりました。こちらこそありがとうございます。」

「ねえ、シグ兄様!ヒョーク様の作るクッキー、とても綺麗なんだよ!ほら!!」

「本当だ。僕が知っているクッキーとは少し違うみたいだね。」

「アイシングクッキーって言うんだって。シアナ姉様が周りを囲んで、私が中を塗ったの!」

「丁寧に塗れていて綺麗だ。ヒョーク様と一緒に作れてよかったね。」

「うん!」


 返ってきた兄に飛びついたマーラは作業の途中だったのを思い出し、シアナから流れてくるクッキーにクリームを乗せていく。真剣な眼差しの妹達を優しく見守っていたシギワルドは、同じく微笑んで見守る花恋の隣に移動した。


「ヒョーク様は何をされているのですか?」

「私はこうやって…マーラ様が塗ってくれたクリームを表面が滑らかになるように均しています。これで一日乾燥させて、明日また飾り足して完成です。」

「乾燥させるなら僕が手伝いましょうか?」

「え?」

「そのクリームの水分を飛ばせばいいのでしょう?そうしたら、明日を待たずとも完成できるのでは?」

「それはそうですけれど…どうやって乾燥させるのですか?」

「僕は見ての通り風属性ですよ。お任せあれ、というものです。」


 そう言うと、シギワルドは整然と並べてあるクッキーに手を翳して何やら呟いた。微風がふわりと空気を揺らす。同時にアイシングをしたクッキーを緑の光が包んだように見えた。ほんの一瞬の出来事に花恋はぱちくりと瞬きをする。今のは一体…?


「…これぐらいでいかがでしょう?」


 聞こえてきた言葉に隣に顔を向けて、またぱちくりと。事態を呑み込めずに幼い反応をする花恋を可愛らしいと思いながら、シギワルドは微笑んだ。クッキーを一つ手に取り、花恋に見せる。


「乾燥の程度はこれぐらいでどうですか?」

「え?あ、乾燥…」


 促されるままに手のひらに似せた花恋は、アイシング部分をそっと指でなぞり、少し力を入れて押してみる。パリッとした感触にデコレーションを足せると判断し、ようやく現状を把握した。


「あっ、風魔法…っ!?」

「ええ、そうです。」

「わ、すごい!魔法っ!魔法が使えるなんて…!」

「風属性は風そのものや空気関連の魔法を得意としますので、この程度のことなら何の問題もなく。と言いますか…ヒョーク様こそ先日、復元魔法をお使いになられたと聞きました。そちらの方がよほど驚くことです。」


 目の前で興奮している花恋にシギワルドは苦笑する。ほとんどの人が魔法を使えるのだ、それをいまさら…。花恋が使ったという復元魔法こそ希少でなかなか見聞きすることもないのに。そう指摘しようと思い、シギワルドは言葉を発しなかった。喜んでいるようにも見える花恋の気持ちを萎れさせることもあるまい。『せっかく乾燥させたのですから、デコレーションの続きを見せてください』とクッキーに意識を向けさせれば、花恋は器用にアイシングクリームで線を書き足して完成させた。4色の宝石…いや、魔石クッキーと、2色の円い魔石クッキー。それから冷箱に寝かせておいたアイスボックスを適当な厚さに切って焼いたクッキー。それらを透明な小袋に詰め合わせ、細いリボンで口を閉じてラッピングをして、バザー品は完成した。


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