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011

 テーブルの上にある穢魔石をそのままにしておくわけにはいかない。大神官は集まった皆をテーブルから離すと、ひとりで穢魔石の前に立った。小さいが濃い。同じくらいの大きさのものと比べても明らかに濃い。


「これはどこで手に入れました?」

「森で…あっ、国境の森(グレンズワルド)じゃないよ!あそこは昨日から立ち入り禁止になってるし。畑仕事を手伝いに行った帰りに城館の森(スチロスワルド)でちょっと遊んできたんだ。そしたら穢獣がいてさ、小さかったからジェイと俺で倒した。今日は肉が食えるぞ!」

「…それは喜ばしいことですね、ケルビー。」

「褒めることではないですぞ、大神官様。ケルビー!ジェイ!お前達はまた勝手なことをして!小さい子がいるんだ、手本となれ!!」

「まあまあ、院長殿。孤児院を出てからもこうして面倒を見てくれるのですから。ジェイにもケルビーにも感謝をしなくては。」


 ジェイの頭を引っ掴んでいたのは孤児院の院長だった。ジェイの隣にいる青い青年はケルビー。こちらも院長から首根っこを掴まれているところを見るに、この二人は孤児院育ちの問題児らしい。院長相手にぎゃあぎゃあと喚いているのを横目に、花恋はオストシエドルング辺境伯に質問をした。グレンズワルドとスチロスワルドとは?と。グレンズワルドはルヘゾネがある森、スチロスワルドは城館近くの森。どちらも普段は特に規制なく領民が出入りしているのだが、グレンズワルドは先日の一件で立ち入り禁止になっている。スチロスワルドは城館近くとあって元から領民はあまり行かないのだが、あの二人は孤児院の子供達を連れて入ったらしい。畑仕事の帰り道だから、と。


「穢獣を食べても問題はないのですか?」

「穢魔石を採取すれば、肉体には何ら問題はない。我々が口にしている肉は魔獣か穢獣のものが多い。」

「そうなのですね。」


 ふむふむ、と頷いていると『聖女様』と呼びかけられる。途端にジェイとケルビーが目を剥いて花恋を見たが、花恋は構わずに自分を呼んだ大神官に寄った。


「これから穢魔石をご覧になることがあるかもしれません。手に取って確かめてみておくのも必要かと思われます。」


 自分の斜め後ろで立ち止まった花恋に穢魔石をしっかり見せるように、大神官は体をずらす。そして花恋を促した。穢れという見えないものに対しての恐れはあるものの、花恋は穢魔石をそっと指でつかみ上げる。表現するのは難しいがもやりとする何かを感じ、花恋は小さく眉を寄せた。もっとよく観察しようと手のひらに置いて確信する。この言葉に表せないものが穢れなのだろう、と。


「…こう…何と言うか、不快な気分になりますね。」

「それがおそらく穢れです。穢魔石は穢れで覆われてしまっているので、聖女様の言われる『不快』を取り除くと黄魔石としての価値が出ます。」


 大神官の言葉に納得だ。魔石は黄色をぎゅっと濃縮し、きらきらと輝きを放っている。太陽光を集めて黄色い点を花恋の手のひらに残していることからも、強い力を持っているであろうとうかがえる。ただ残念なことに、穢魔石と知っているせいか澱んでいるような気がしなくもない。これだけ綺麗なのにもったいない。花恋は手のひらの上にある穢魔石をじっと見つめて念じた。『祓い給え、清め給え』と。頭の中では神主がバッサバッサと音を立てている。


「…あれ?」


 綺麗になるといいなあ、程度の軽い気持ちだった。それなのに、穢魔石全体が明るくなったように見える。気のせいかと大神官を振り返れば、驚愕の瞳が花恋に釘付けだった。


「…あの、先ほどより綺麗になった気が…」

「…なんと…聖女様は復元魔法もお使いになるのですか…。」


 花恋の手から魔石を取り、まじまじと観察する大神官に首を傾げる。また知らない言葉が出てきた。復元魔法とは。説明を求めて大神官を見つめていると、視線に気が付いた大神官が興奮気味に口を開いた。


「あまり使える人がいない闇魔法の一つです。聖女様はこれを、穢魔石から穢れだけを完全に取り除いた純粋な黄魔石にされました。穢魔石を本来の魔石に戻したのです。素晴らしい!!」

「え…ですが、大神官様もおできになるのですよね?」

「私の場合は水魔法を使って強引に魔石にしますので、どうしても水属性の魔力が含まれてしまうのです。これは他の者が行っても同じで、大なり小なりその者の属性魔力が魔石に入ってしまいます。しかし、聖女様は穢れを剥がしただけでございます!本来の状態に戻されただけ!素晴らしい、さすがは聖女様!!」

「…つまり、とても良い魔石になったと言うことですか?」

「ええ!」

「…お役に立ててよかったです。」


 大神官の勢いに腰が引けながらも花恋はそっと胸を撫で下ろした。オストシエドルング辺境伯をして『良い値になる』と言わしめたものをダメにしたとあっては、どう弁償していいのか見当もつかない。逆の結果となったことで少しは恩返しできたかなと俗物的な考えが浮かびつつ、気取られないようににっこりと微笑む。作業部屋に集まった人達からも称賛の声が聞こえ、『だから聖女じゃないってば』と花恋は胸中でぼやいた。




 今日もまた怒涛の一日が終わった。寝る前に得た情報を整理する。話し相手はコウだ。天蓋付きベッドはカーテンを下ろすとちょっとした秘密基地のようで、日中は無駄に伸ばしている背筋から力が抜けて気持ちが軽くなる。


「なんかね、私は魔力の量がすごいあるんだって。あ、闇属性だった。」

「そうであろうな。カレンは我が認めた闇の子ゆえ。」

「光属性が闇属性を、って面白いよね。あとねぇ、魔法も使えたの!防御魔法と、時空…と言うより空間魔法と、復元魔法?ってやつ。」

「ほう、復元を使えるのか。なかなかやりおる。」

「そんなすごい魔法なの?」

「どの魔法もそうだが復元魔法は特に、使い方次第で他属性の魔法以上の結果が得られることもあるぞ。」

「え、それってすごい…」

「カレンがどこまで極めるか楽しみだ。」

「うわ、プレッシャー。そこまで大それたことをするつもりはないよ。あ、でもね!今日、穢魔石を黄魔石に変えたんだ。なんか綺麗になれって念じたらできちゃったみたい。」

「それはよかったな。」

「うーん…実感があまりないんだけど、ありがとうって言っておくね。それより問題があって、私、この国の文字が読めないのよ…。」

「カレンのところとは違うのか?」

「違う違う、アルファベットに似てたけど。時間があればキーランドさんから習うようにってオストシエドルング辺境伯様に笑われちゃった。」

「文字に関しては、我はどうすることもできないな。この国で生活するのなら身につけておいて損はないだろうし、応援しているぞ。」

「ありがとう。この年になってまた勉強する羽目になるとはね…。あ!あと驚いたんだけど、この世界って200歳まで生きるって本当?」

「まあ、人間で長く生きる者はそれぐらいだな。150歳はザラにいるぞ。」

「…本当なんだ。ちなみにコウは?何歳?」

「我か?我はこの世界に誕生して700年ほどだったか…?」

「えっ!?魔獣ってそんなに長生きするの!?」

「いや、魔獣はそこまで生きぬ。聖獣…あるいは穢獣に変わると、時の流れから外れるらしくてな。我は聖獣の中ではまだまだ若い方だ。」

「…そうなんだ。」

「人間は早く死ぬ。カレンは長く生きよ。」

「…どんなに頑張っても100ぐらいまでだと思うけど…でも、ずっとコウと一緒にいたいから頑張る!」


 膝の上で丸くなっているコウの柔らかな毛を堪能しながら花恋は笑いかける。今日はたくさん動いた。頭もたくさん使った。明日は明日で、たくさん歩くことになるだろう。


「さ、そろそろ寝よう。今日は私が明かりを消すね!」


 そう言ってヘッドボードの端についている透魔石を触れば、天蓋に取り付けられた小ぶりのシャンデリアが消えた。部屋の明かりはすでに消えているから視界は暗くなる。その中でコウが見たのは得意げに口端を吊り上げた花恋だった。夜具に潜る花恋の枕元でコウも体を横にする。すぐに規則正しい寝息が聞こえてきた。

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