010
花恋はこの世界のことを知らない。次に疑問を持ったのは、魔石についてだった。
「そう言えば、先ほど魔石にはいくつか種類があると仰いましたよね?」
「ええ。」
「具体的に伺ってもよろしいですか?」
「もちろんでございます。ご領主様、この後のご予定はございますか?」
「いや、ない。ヒョーク様に教えて差し上げてくれ。」
「畏まりました。では、案内いたしましょう。」
大神官は神殿の外へ花恋を手引いた。外壁に囲まれた敷地は広く、神殿の他にも建物がいくつもある。そのうちの一つ、街中に建ち並ぶ薄黄色の壁に木骨が特徴的な家と同じ戸建てのドアを開けた。どうやら店らしく入って手前には商談用のテーブルセットが4組あり、奥にはショーケースとレジが置かれている。花恋達が入ってきたのを見て、中にいた人達が立ち上がって礼をした。
「大神官様!ご領主様!」
「ああ、そのままで結構です。少しお邪魔しますね。」
「はい!…あの、こちらの人は?」
「聖女様です。」
「せ、聖女様っ!?」
大神官と辺境伯、オストシエドルング領で頂点に立つ二人と連れ立つ花恋を訝しげに見ていた人が慌てて居住まいを正す。反応に困った花恋は頭を下げるにとどめた。それに対してペコペコと返されて会釈合戦が始まってしまうのか不安に思っているところへ、『2階へ行きましょう』と大神官が奥に見えていた階段を指す。上がって最初に見えた部屋では数人が宝石を手に作業していた。いや…きっとダイヤモンドに見えた透魔石と同じで、あれらも魔石なのだろう。作業をしている人達が手を止めて立ち上がるのを制すと、大神官は簡単に声をかけて一番奥の部屋に花恋を案内した。この部屋は高額商品や上位顧客相手に売買する時に使用する、いわゆるVIPルームのようだ。素朴ながらふかふかとしたソファに座った花恋達に断ると、大神官は部屋を出る。しばらくしてから、トレイの上に小さな化粧箱をいくつも載せて戻ってきた。それを一つずつ花恋の前で開けていく。入っているものを見た花恋の口から小さな感嘆が零れた。
「うわ…綺麗…」
ルビー、エメラルド、サファイア、シトリン。色とりどりの宝石がキラキラと輝いている。…いや、宝石に見える魔石が。
「赤魔石、緑魔石、青魔石、黄魔石でございます。それぞれ火属性、風属性、水属性、土属性で、魔法補助や専用魔道具に使用します。」
例えば、土属性の人が野宿する時は赤魔石を使って火を熾す。風属性の人が遭難したとしても、青魔石を持っていれば水の心配はない。魔力の少ない人が自身と同じ属性の魔石を使えば自分だけでは無理なレベルの魔法も使えるようになるし、多い人が使えばそれはもう立派な武器である。
「…武器、ですか。」
「魔石の使い方は多種多様でございます。使う人が使えば武器にもなり得るでしょう。」
「他の道具と変わらない…と言うことですか?」
「その通りでございます。ペティナイフでも人を殺めることができるのと同じです。」
「…なるほど。」
「このように形よく研磨すれば装飾品にもなります。お守りとして持つことも多いのですよ。」
「それは良い使い方ですね!」
曇っていた花恋の顔が明るくなる。大神官もその様子に微笑みを深めた。魔石を手にとってもいいと許可が下りたので、花恋は化粧箱からそっと持ち上げてみる。やはり宝石みたいだ。自分もいつか持つのだろうか。花恋は想像してみたが、どうしてもアクセサリーしか思い浮かばなかった。
「…ありがとうございました。あの、光属性と闇属性の魔石はないのですか?」
「こちらでございます。」
別の化粧箱が花恋の前に二つ並べられる。中には真珠と黒真珠が…いや、先ほどまでの法則に従うなら白魔石と黒魔石が収納されていた。これまで見てきた魔石が硬質の輝きなら、この二つは軟質の輝き。まろやかな光沢に包まれた魔石に、花恋の口からまた感嘆が零れる。
「…海からも魔石は取れるのですね。」
「海?」
「あれ?違うのですか?」
「有色魔石…テーブルにある6つの魔石は主に魔獣から採取される。海にも魔獣はいると聞くが、我が領には海はないのだよ。」
「そうなのですね…では、この二つの魔石も陸上の魔獣からでしょうか?」
「ああ、そうだ。光と闇属性は魔獣にもあまりいなくてな、手に入りにくい。」
「光と闇属性は特殊魔力ですからね、他の自然魔力とはどうしても一線を画してしまいます。」
「…なるほど。」
「有色魔石が手に入らない時は透魔石に各属性魔力を送り込むことも可能ですが、熟練した技ですので限られた人しかできません。しかも純粋な有色魔石ではないので、効果は落ちてしまいます。」
「透魔石は魔獣からではないのですか?」
「透魔石は地中からだな。魔獣を狙うより安全だし、誰でも採集できる。稀に地中からでも有色魔石が取れるので、子供達が遊びがてら探すのだそうだぞ。」
「宝探しですね!楽しそう!」
「孤児院の子供達もお小遣い稼ぎのためによく森に入っているのですよ。ここではそうして集めた魔石を鑑定して専門業者に卸しています。有色魔石は研磨して下の階で売ることもあります。」
あれだけ立派な神殿とこれだけ広い敷地を維持するには、寄付や支援だけではおそらく足りないのだろう。しかも辺境伯の前で言っているのだから、了承済みもしくはお目溢しされているのだろう。神の施設で世俗的なことをしていいのか疑問だが、花恋はあまり深く考えないことにした。そうだ、何も聞いていない。花恋が曖昧に薄く笑って大神官からそっと視線を外した時、突然ドアが強く叩かれた。
「大神官様!」
ドアの向こうから焦った声がかかる。何事だろうと訝しがりながら大神官はドアを開けた。
「お話し中にすみません。子供達が穢魔石を持ち帰ってきて…」
「…どこにありますか?」
「隣の部屋です。」
「分かりました。ご領主様、聖女様、申し訳ありませんが席を外します。」
「穢魔石か…。ヒョーク様も見ておくといいかもしれないな。私達も行こう。」
問題の穢魔石は作業部屋にあった。そこで仕事をしていた大人達、持って帰ってきた子供達に囲まれて、テーブルの上で袋から顔をのぞかせていた。どちらかと言えば小さい部類に入るであろう魔石だが、色がとても濃い。何が違うとこうも色が変わってくるのか。宝石なら含まれる成分や原子の量で違いが出てくるのだが、魔石でもそうなのだろうか。
「…ずいぶん色が濃く見えるのですが。」
「穢魔石だからな。穢魔石は穢獣から採取される。穢獣は悪感情で成長した魔獣のなれの果て。元々魔力を持っている魔獣よりも成長した分、穢獣の方が魔力はある。だから、魔石も色濃くなる。」
「魔石は魔力からできている…と言うことですか?」
「その通りだ。色が濃いほど魔石自体も強い力を持つ。当然、価値も高い。あれは良い値で取引されるぞ。だが穢魔石だからな、流通させるには浄化しなければならない。しかし浄化魔法は誰でもできるわけではなく、ここでは大神官様しか浄化できないのだ。」
オストシエドルング辺境伯の説明を受けながら、花恋は穢魔石を覗き込むように首を伸ばした。要するに、とても強い魔石だが穢れを祓わなければ使い物にならないらしい。お祓いと言えば、白い紙のついたお祓い棒を神主がバサバサする様子を思い出す。花恋は頭にそれを描きながら穢魔石に近づこうとして、肩をグッと掴まれた。
「…色なしが近づくんじゃねえ。」
「え…?」
掴むだけでなく引き戻すような力の入れ具合に、肩に置かれた手の先を視線でたどる。そこにいたのは赤瞳赤髪の青年だった。…いや。この世界、見た目は当てにならない。ひとまず体勢を戻した花恋は誰だ?と言わんばかりに小首を傾げる。間違いなく初対面のはずだ。そしてまた聞いた『色なし』と言う言葉。赤い青年の隣にいる青瞳青髪の青年がまずい!と表情を歪めたのを見て、いい言葉ではないのを察知する。察知したのに聞いた。
「色なしって何でしょうか、大神官様?」
明らかにここの関係者であろう二人だからこそ、神殿の長を名指して聞く。ちょっとした意趣返しだ。こういうところからして聖女ではないんだよな、と自覚しながら花恋は何も分からない振りをして大神官を見つめた。
「…ジェイが失礼を申し上げました。」
「あら、失礼なことなのですか?」
「先ほど申し上げましたが、光と闇属性は特殊魔力ですので存在そのものが少ないのです。そして、それを持っている人はもっと希少な存在です。外見は光と闇の属性だけれども、魔力を持っていない方が圧倒的なのです。ほとんどの人は魔力を持って生まれてくる中で魔力を持たない存在…」
「だから、『色なし』と呼ぶのですね。ありがとうございます、理解しました。」
言葉を濁す大神官の語尾を拾い、花恋が説明を結んだ。小さく頷いた大神官に礼を言うと、花恋は近くにいた大人にむりやり押さえつけられて頭を下げているジェイと呼ばれた青年ににっこり笑ってみせる。ついでに隣の青い青年にも微笑みかければ、困ったような愛想笑いを浮かべて軽く頭を下げられた。




